同一労働同一賃金法成立と、人事部が考える視点

189国会で「同一労働同一賃金推進法」(労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律)が成立し、公布日の9月16日から施行されました。

 
人事部門の多くは、「改正労働者派遣法」への対応は考えていても、同一労働同一賃金推進法には関心が薄いかもしれません。特に今年は、マイナンバー導入やストレスチェック義務化、といった緊急テーマがめじろ押しです。そんな中、「(派遣労働者の待遇均等・均衡化について)3年以内に法制上の措置を含む必要な措置を講じるものとする」といった未確定な法律にまで、神経を使う余裕はないでしょう。

 
ちなみに、雇用形態ごとの待遇均等化については、すでに今年4月からのパートタイム労働法改正により、雇用期間の定めの有無によらず、①職務内容が正社員と同一、②人材活用の仕組み(人事異動等の有無や範囲)が正社員と同一であれば、正社員との差別的取り扱いが禁止されています。

 
では、この同一労働同一賃金推進法成立について、人事部門としては、静観でよいのでしょうか。
 
緩やかとはいえ、日本でも「同一労働・同一賃金」の思想が進んでいくとすれば、対処すべきテーマは少なくありません。むしろ、日本企業の人事政策を一変させるかもしれない、根本的な問題と言えるのです。

 
例えば、欧米の「職務給」に対して、日本では長年「年功給および職能給」が主流派でした。しかしながら同一労働であるかどうかを明確にするには、明らかに「職務給」が適しています。日本でも、パートタイマーや派遣社員の職務の範囲は、比較的明確になっていますので、問題は正社員です。総合職という言葉に代表される仕事内容のあいまいさを排除し、職務や責任範囲を明確にした上で「職務給」へ移行していくのか。でなければ、同一労働であるかどうかの判定段階で、躓(つまず)くことになります。

 
以下に、自社が同一労働・同一賃金を実現しようとした場合の、検討すべき視点を挙げてみたいと思います。
 
【1】正社員と非正規社員
バブル崩壊後のデフレ経済下、流通業を中心に、非正規社員比率を高めることで、人件費コストを抑制してきました。それは非正規社員の賃金が、正社員に比べて低かったことの証明でもあります。しかし、その前提が崩れるならば、企業にとって非正規社員を雇うメリットの大部分が失われます。雇用形態ごとの採用方針を、見直す必要が出てくるでしょう。
 
【2】中高年社員と若年社員
ここからは、正社員の中での問題です。あるメーカーの工場で、同じ製造ラインに20代と50代の社員が働いているとします。この会社が年功序列型の賃金制度であったならば、両者の給与水準に2倍の差がついている、といったケースは珍しくありません。ところが、この製造ラインに50代の派遣社員が配置された場合、どちらの給与水準に近づけるのが妥当なのでしょうか。職務中心の人事体系に移行するなら、年功賃金の見直しは、避けられないでしょう。
 
【3】家族持ちと独身者
先月取り上げた家族手当の問題です。家族手当のような仕事とは関係ない要素によって決定される給与項目は、どうなるでしょう。晩婚化が進む昨今、独身者から見れば、明らかな不公平です。また、派遣社員やパート社員には、家族手当を支給しなくてよいのでしょうか。悩ましい問題です。
 
【4】定年前社員と定年再雇用者
たいていの会社では、60歳で定年再雇用されると、賃金水準が大幅にダウンします。ところが実際には、59歳と60歳の1年間で、急激に能力が低下するわけではありません。アメリカであれば、年齢差別として訴えられ、おそらく企業側が負けるでしょう。先だって、トヨタ自動車が、工場勤務の定年再雇用者に対して、現役時代と同水準の処遇を維持する方針を打ち出しました。年功賃金の見直しとセットにはなりますが、定年再雇用制度も再考すべき重要な課題です。
 
【5】全国社員と勤務地限定社員
先述したパートタイム労働法でも、②人材活用の仕組み(人事異動等の有無や範囲)が異なれば、正社員との処遇差は正当化されています。しかし、「実質的に勤務地・職種が限定されている正社員」と、「非正規社員」の処遇格差は是正の対象となるでしょう。また、同じ職務の場合、正社員の中でも勤務地や職種が限定されているという理由だけでは、極端な賃金差は許容されづらくなることも予想されます。
 
【6】出向者とプロパー社員
先述したパートタイム労働法でも、②人材活用の仕組み(人事異動等の有無や範囲)が異なれば、正社員との処遇差は正当化されています
大企業では、多くの子会社・関連会社に、社員を出向させています。通常、子会社・関連会社の賃金水準は、親会社よりも低く、出向者には親会社の賃金制度が適用されるため、同じ仕事内容であっても、出向者とプロパー社員の処遇差は厳然と存在します。いずれは出向・転籍制度にも、メスが入るかもしれません。
 
このように、「同一労働同一賃金」を実現しようとすれば、さまざまな課題を検討しなければなりません。その際、ネックになるのが人件費の問題です。例えば、非正規社員の賃金水準を正社員に近づけるだけなら、小売業・飲食業などは、大幅なコストアップにつながってしまいます。
 
総額人件費は引き上げられないとすれば、【1】~【6】で挙げた「正社員」「中高年社員」「家族持ち」「定年前社員」「全国社員」「出向者」の賃金水準を引き下げる。もしくは、生産性向上による人員削減を行い、原資を捻出する必要があります。しかし、現在のように「賃金減額」や「解雇」の規制が厳しいままなら、財務的に余裕のある会社以外は、同一労働同一賃金を進めることはできません。国が本気で推進するのであれば、「賃金減額」「解雇」規制緩和とセットでの、法制化が求められます。
 
「人」基準から「仕事」基準への転換。言うは易しですが、長期にわたり日本企業で定着してきた人事(賃金)思想を変えるには、乗り越えるべき課題は少なくありません。

執筆者

山口 俊一 
(代表取締役社長)

人事コンサルタントとして20年以上の経験をもち、多くの企業の人事・賃金制度改革を支援。
人事戦略研究所を立ち上げ、一部上場企業から中堅・中小企業に至るまで、あらゆる業種・業態の人事制度改革コンサルティングを手掛ける。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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