会計事務所、法律事務所など、士業の人事給与制度について

会計事務所や法律事務所など、士業の人事給与制度について考えてみましょう。

 

士業といっても、税理士、公認会計士、弁護士、司法書士、行政書士、弁理士、社会保険労務士など多岐にわたります。組織規模も、有資格者1名だけの個人事務所もあれば、数百名を超える有資格者や職員を抱える事務所・法人まであります。通常、有資格者と専門職員、管理部門で構成されますが、大きな事務所では、営業職やIT職などを雇用しているケースもあります。

 

今回は、数十名程度以上で、有資格者と専門職員、管理部門で構成する組織を想定して、人事制度構築のポイントについて考えてみましょう。

 

1.職種呼称

「職種呼称」は見過ごされがちですが、結構重要なポイントです。税理士や公認会計士、弁護士などは、その資格名をそのまま職種呼称とすればよく、問題ないでしょう。求人の際も、税理士募集、弁護士募集、社会保険労務士募集と記載する方が、わかりやすくて間違いありません。問題は、士業分野ごとの専門職員です。

 

会計事務所であれば、税理士ではないものの、顧客の会計や財務面のチャックやアドバイスを行う職種。法律事務所であれば、弁護士をサポートし、顧客からの依頼業務に関する調査や資料作成を行うような職種です。かつては、ほとんどが税理士補助職や税務会計スタッフ、法律事務職といった、資格者の補助的色彩が強い呼称を使ってきました。これは、事務所のトップが有資格者のため、資格者以外の職員に対して、あまり気をつかってこなかったことの現れだと思います。

 

しかし、昨今は、会計事務所であれば、「財務会計コンサルタント」や「タックスサービス職」、弁護士事務所であれば、「パラリーガル」、社会保険労務士事務所であれば「人事労務コンサルタント」などの職種名で、人材募集するケースも増えてきました。いかがでしょうか。仮に全く同じ仕事内容であったとしても、応募者からの印象も異なり、入社に際しての心構えも変わってきます。名刺に「コンサルタント」と記載されていれば、顧客先に訪問しても黙って書類の確認だけして帰ってくるといったことは、できなくなるのではないでしょうか。

 

2.キャリアパス、等級制度

数十名の組織ともなると、役割や能力に応じた等級制度を検討することになるでしょう。初級→中級→上級とプレーヤーとしての実力によりステップアップし、その後はマネージャー(課長・部長)として組織運営に加わるか、スペシャリストとして更に実力や実績を高めるか。業界的に、スペシャリスト志向の強い人材が多いため、報酬面などで、マネージャーを目指したくなるようなインセンティブも考えなければなりません。

 

士業の場合、マネージャーといっても専門スキルは部下以上の水準が求められるだけでなく、プレーヤーとしても高難易度や大量の業務を担当するケースが少なくありません。そのため、マネージャーの報酬については、「マネージャーとしての役割や成果に対する報酬」と考える事務所がある反面、「プレーヤーとしての報酬に、マネージャーとしての報酬を上乗せする」と考える組織も少なくないのではないでしょうか。どちらが正しいということではなく、組織の規模や人員構成、業務分担などの運営方針によって、選択することになります。

 

また、専門職員に関しては、資格取得を目指して勤務する人も多いため、受験のための学習支援も検討しなければなりません。業務量を抑制して学校に通えるコース選択を可能とすることや、有資格者が講師となり、受験に向けた勉強会を開催するなどです。

 

3.報酬制度

士業でも、成果主義色の強い事務所もあれば、それを否定した制度とする事務所もあります。これは、その組織あるいはトップの人事方針によります。

 

たとえば、近年急成長しているM&A仲介業。会計事務所や法律事務所などでも、新規事業として積極的に取り組むケースが増えてきました。上場企業の年収ランキングでも、M&A仲介業が上位に名を連ねています。これらM&A仲介企業の多くは、成果主義型の人事給与制度となっています。制約した仲介手数料や件数によりボーナスが決まり、同期の社員間でも年収差が数倍に開くことも珍しくありません。

 

士業では、ここまでの給与体系は極端にしても、顧客拡大などの営業成績や担当売上により、給与や賞与に大きく差をつける制度を選択しているケースはあります。このような組織では、顧客拡大実績や担当売上の大きな職員に報いることで、業績への意欲を高めてもらおうという意図がベースにあります。

 

しかし、営業は苦手だけど、業務は納期通り確実にこなす人、後輩の面倒見のいい人、WEBサイトや事務所通信の記事作成などで組織貢献の大きな人など、さまざまなタイプの人が存在します。そのような人材を重要と考えるのであれば、業績に対する報酬の割合は縮小し、業務の信頼性や組織内貢献度に重点を置いた報酬体系が好ましいと言えるでしょう。これも、どちらが正解ということではなく、事務所の組織方針によって、適した報酬制度が変わってくるのです。

 

あとは、資格保有に対する報酬や手当をどの程度に設定するか。もちろん、法的に有資格者にしかできない業務もありますが、仕事の出来不出来と比例しないケースもよく見られます。有資格者を増やしたいなら手厚めに設定し、あくまで仕事の実力で決めたいのであれば、そこそこに留めるという感じでしょうか。

 

4.評価制度

報酬制度と密接に関連する評価制度ですが、成果主義要素を入れるなら、「仕事の成果」をどのように判定するかが重要となります。

 

「仕事の成果」といっても、大きくは「仕事の量」としての担当売上高や業務量、営業受注高、「仕事の質」としての納期遵守や正確さ、という2つの側面に分かれます。担当売上高については、複数名で担当する案件であっても、売上按分するなどすれば、比較的容易に把握可能です。営業受注高についても、同様のことが言えます。法律事務所のパラリーガルなど、個人売上はカウントできないにしても、業務量の多い少ないは、判断できるでしょう。

 

ところが、担当売上といっても事務所から割り振られた業務が、たまたま効率の良い担当先だっただけかもしれません。自ら顧客拡大したと言っても、事務所のWEBサイトからの問い合わせ案件が、たまたま回ってきただけかもしれません。すると、担当顧客や見込み先の割り振りなどへの不満を感じる人が増えるかもしれません。また、ベテラン職員が効率のいい顧客や案件見込み先を後輩に譲らず、若手人材が育たない、といった弊害も考えられます。成果主義型の人事制度においては、経営層やマネージャー層が、メンバーに適切な仕事の割り振りを行えるかどうかが、より重要となります。

 

「仕事の質」については、きめられた納期に対する遵守率、たとえば税理士事務所の40日決算遵守率。これは、企業の決算日から40日以内に決算業務を仕上げた割合のことで、成果指標としている事務所も少なくありません。業務の正確さについては、上司チェックや顧客からの指摘により、ある程度判断できるでしょう。顧客満足度については、顧客アンケートや上司同行の際に確認するケースがありますが、高い満足度は他顧客の紹介などにも表れるでしょう。

 

「仕事の成果」以外にも、「その他の組織内貢献度」や「業務プロセス」「専門スキル」も評価すべきです。「その他組織内貢献」は、事務所方針に沿ったプロジェクト活動のほか、執筆やセミナー講師、後輩指導や他社支援などが対象となるでしょう。できるだけ、「自分の仕事しかしない」という人材をつくらないしくみとしたいものです。

 

 

以上、士業の人事制度について、ポイントを解説してきました。

 

近年、コンサルティング機能やIT対応など、士業が市場や顧客から求められるニーズは変化しています。事務所運営についても、昔ながらの「徒弟制度」的な発想のままでは、組織が成り立ちません。今後どのような組織を目指すか、どのような人材を採用・定着させたいか。まずは、このような組織方針を固めた上で、人事給与制度について検討してみてください。

 

執筆者

山口 俊一 
(代表取締役社長)

人事コンサルタントとして20年以上の経験をもち、多くの企業の人事・賃金制度改革を支援。
人事戦略研究所を立ち上げ、一部上場企業から中堅・中小企業に至るまで、あらゆる業種・業態の人事制度改革コンサルティングを手掛ける。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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