建設業・不動産業 人事制度の構築ポイント
-もくじ-
1. 建設業・不動産業の人事制度を構築するにあたって
ひと言で建設業といっても、ゼネコン、ハウスメーカー、マンションデベロッパー、工事業など、その業態は様々です。また不動産業であっても、総合不動産業、賃貸、分譲、仲介・斡旋、賃貸管理、土地活用事業など多岐に亘ります。それゆえに人事制度構築の際もその業態特性を考慮し、且つ組織の現状課題に合ったものを設計しなければなりません。
例えば「営業職」だけを見ても、総合建設業であれば大手ゼネコンや公共事業を司る官公庁からの情報収集など、ルートセールス的な要素が強くなる傾向であり、一般住宅建築業や不動産業の場合は、業態によって対象は若干異なるものの、一般ユーザー営業、オーナー営業、法人営業など、どちらかと言えば新規顧客の開拓が中心となります。
2.構築のポイント
業績評価の設計
建設業の場合は、現場管理者・工務職の案件毎の損益管理が重要な要素となります。不動産業の場合、営業職の個人の業績評価に悩まれる企業も多いことでしょう。
建設業における業績指標としては、案件毎の利益予算に対して、実際にどの程度の原価改善ができたのか、という「実行予算改善度」(工事利益/実行予算)など、実行予算に対して現場でどれだけ原価低減できたかというような指標が有効でしょう。
また管理可能な範囲が限定されている場合は、「工期遵守率」や「人時生産性」指標などで見る場合もあります。一般住宅建築などの工務職の場合は、「竣工実績数」「手直し・手戻り発生率」「追加工事売上実績」なども業績指標として有効です。
建設業における職種別業績評価例
営業職 | 現場管理職 | 設計・購買職 |
---|---|---|
担当売上高 担当売上高前年伸長率 担当粗利益高 担当粗利益高前年伸長率 担当物件粗利益改善度 新規開拓売上高 新規開拓件数 請負受注件数 |
実行予算遵守率 人時生産性改善度 竣工棟数 追加工事契約粗利益高 追加工事受注率 手直し・手戻り発生率 工期遵守率 |
部門限界利益高 部門限界利益率改善度 目標利益達成度 設計担当件数 企画提案件数 限界利益率改善度 案件決定率 納期遵守率 |
賃金制度の設計
賃金制度を設計する際は、まず「自社の賃金カーブをどのようにしたいのか」という概略イメージをもち、次にどんな要素で給与を支払いたいのか、について具体的にしていく必要があります。例えば基本給ひとつをとっても、年齢要素、勤続要素、職務要素、役割要素、能力要素など、事業形態や組織体制、社員育成の観点から、どのような要素を重視して設計を行うか検討します。
これに加えて、例えば売買仲介を主とした不動産業では歩合給の設計が社員モチベーションの重要なカギを握りますので、制度設計の際には慎重にシミュレーションを行いながら進める必要があります。
また建設業の賃金制度設計の留意点としては、会社業績の年次変動が大きいため、賞与で一定の人件費コントロールができるしくみにしておく必要があります。
柔軟な制度運用
工務職、現場管理職の場合、人事評価の運用がやや難しくなります。「工期が長いため、どの時点で業績評価するのか」「現場単位で業務を行っているため、組織上の直属上司が十分に観察できておらず評価し辛い」という問題が起こりがちです。
これらについては、評価期間の設定方法の工夫や、工事ごとの工事長による参考評価を実施するなど、柔軟な制度運用方法を事前に検討しておく必要があります。
3.建設業・不動産業における人事制度 事例
事例① 人材育成に活用しやすい人事制度
【制度改定の背景】
A社は、ある地方都市を拠点に、公共工事、土地活用を中心とした賃貸マンションの建設のほか、不動産の賃貸仲介、管理業務を行っている。創業50年を超える、地元では一定の知名度がある企業である。
- A社においては、人材育成が主な課題となっていた。職人気質の工事長を中心に、見て覚える、経験させることで次世代を育てようとしてきたものの、近年の若い世代には馴染まず、入社数年で仕事のハードさを理由に離職が相次いでいた。そこで、人材育成を見据えてOJTに活用しやすい人事制度の構築をテーマに制度改定に着手することとなった。
- また同時にA社では、社長が中心となって各事業を指揮していたが、社長の年齢は60歳を超えており、今後を見据えて後継経営者を育てる必要があった。しかしながら経営幹部はプレイヤー業務中心で、経営感覚が身についているとは言えない状態であった。そこで各事業に独立採算制を導入し、業績意識を高める制度づくりを目指すこととなった。
■等級制度
(1)ランクを分離
役職者の役割を明確にするために、これまでの職能資格制度を廃止。等級制度と役職制度を分離。等級基準=専門能力の判定、役職基準=役職者として求める役割行動レベルを判定できるように設定。(図表①参照)
(2)職種別に求める能力、行動を整理
等級制度は能力等級とし、「言語化した際に、各等級のレベル差が明確にわかる」ことを重視し、6等級制を選択。役職の数が多く、役割が不明確だった点を解消するため、役職は4ランクに改廃。新たな呼称を設定してその役割の違いが明確となることを目指した。
また等級基準は、工事職、営業職、設計職、購買職、事務職などの職種別にその業務内容を項目として設定し、各等級の基準、役職基準をこれまで以上に細分化して言語化することとなった。(次頁、図表②を参照)
(3)評価の中核を担う部門長を中心に基準
等級基準策定の際には、部門長を中心にメンバーを選抜して議論を重ねていくこととなった。具体的な基準作成の当事者となってもらうことで、人材育成への意識を高める狙いでもある。
図表① 等級と役職を切り分けたキャリアステップ例
等級 | 滞留年数 | 等級概要 |
---|---|---|
6等級 | ― | 専門分野における・・・・ |
5等級 | ― | 専門分野における・・・・ |
4等級 | 8年 | 専門分野の企画開発案件を遂行する |
3等級 | 6年 | 非定型的、複合的業務について、問題解決しながら遂行する |
2等級 | 4年 | 定型業務を独力推進する |
1等級 | 2年 | 指示業務を確実に実行する |
役職位 | 役職概要 |
---|---|
事業部長 | 一事業の中長期的戦略立案、推進を行う ・・・・ |
部長 | 部門を統括する 管理職の育成を行う |
マネージャー | 担当管轄を持ち、計画立案、推進を行う 部下育成を行う |
サブマネージャー | チームの業務管理、日常のOJTを行う |
図表② 等級基準(工事職)の例と役職基準例
■評価制度
(1)等級基準=評価基準として設定し、評価構造をシンプル化
等級基準書と役職基準書の項目、基準内容をそのまま評価表に使用。評価点があがる=昇格に近づく、というシンプルなしくみとすることで、部下の弱点を人事評価項目上で把握。フィードバック面談で改善項目を共有した上で、日常のOJTに生かしていく構造を目指した。
(2)工事職の成果評価を導入
工事職については、採算性意識を高めるため、工事案件ごとの成果評価を導入。工事終了時に工事長会議による判定を都度行う方式を導入。
左:図表③ 等級基準書を活用した評価表 / 右:図表④ 工事職の成果評価例
■給与制度
(1)年齢給を復活し、初任給、若年層の昇給率を引き上げ
昨今の採用難を背景に、採用競争力を高めるため初任給および若年層の昇給率引き上げを実施。年齢給を復活し、底上げを図った。また同時に、若手のキャリアアップ支援のため、資格取得支援制度や手当の拡充を図った。(図表⑤⑦)
(2)役職手当の引き上げによる給与逆転現象を是正
役職者に求める役割を明確にしたと同時に、役職手当(管理職部分)の引き上げを実施。非管理職との給与逆転現象部分を是正。役職者に役割責任の遂行を確実に求め、役職者としての評価も実施していくこととした。(図表⑥)
図表⑤ 年齢給と能力給の参考例
図表⑥ 役職手当の引き上げ例
図表⑦ 資格取得一時金、手当の拡充例
■賞与制度
部門別利益をダイレクトに賞与に反映
各部門毎の営業利益額の20%を部門賞与原資に設定。所属人員の基本給を賞与基礎額(=賞与ポイント)とし、その全員賞与ポイントの合計額で原資を除して1ポイントあたりの単価を算出。各人に割り振る形とした。
(但し、実際の配分の際は、個人の評価による評価係数を乗ずる)(具体的な数値は下表参照)
事例② 3つのキャリアコースを設けた人事制度
【制度改定の背景】
B社は、不動産の売買・仲介、賃貸物件の斡旋を中心に事業を展開している。また売買仲介により販売した土地への住宅建築の請負も行い、小規模ながらも工事管理部門がある。地元に密着した営業努力を重ねることで、業績は安定している。
- 売買・仲介を中心とする不動産業の場合、一般のルートセールスと違い、ベースとなる安定売上がない。自ずと、営業職の成績の変動も大きく、去年の成績の2倍に達する者もあれば、逆に半分にも満たないケースもある。これでは、会社業績の見通しが立ちにくく、不安定な経営となる。
- 同社はこれまで、年功中心の給与・賞与決定と成約による歩合給という賃金体系を敷いていた。 ところが、優秀な営業職数名が独立してしまったことや、個人ごとの実力格差が大きく、若手がなかなか育ちにくい風土があり、人事制度改革の必要性が生じてきた。
- 新制度の方向性として、独立指向の社員を繋ぎ止めるというのではなく、会社として積極的に支援し、その後もグループとしてネットワークを組み共存共栄を図るためのしくみを構築。また会社に残って活躍したいという社員にも十分な処遇を行い、やる気を持って定着してもらうためのしくみの整備を併せておこなうこととした。
- 若手層にはより一層の育成と支援を行った上で、実力に格差が出てくることを前提として、優秀な人材にスポットを当てた人事制度改革に取組むことになった。
■等級制度
~キャリアパスは3つのコースを設定~
B社の組織は、大きく分けて営業部門(約35名)、工事管理部門(約10名)、事務部門(約5名)となっており、営業部門と工事管理部門においては、ある一定の条件をクリアした社員については、専門職コース、管理職コース、独立支援コースのうち、いずれかを選択できるキャリアアップ制度を取り入れた。
図表① 営業職のキャリアパス
専門職コース | 管理職コース | 独立コース | |
---|---|---|---|
キャリア職 | 営業専門職(業績年俸制) ・月平均3件以上の売買 ・仲介契約実績を上げられる ・月平均400万円以上の粗利益をコンスタントに上げられる |
・管理職(業績年俸制) ・部長(部門業績) ・課長(部門+個人業績) |
以下のいずれかより選択 a.分社経営(子会社) b.グループ会社経営(共同出資) c.業務提携(資本関係なし) |
営業職で過去3年間の年平均粗利益が4,000万円を超えた者については、本人との話合いの上、上記3コースを選択することとする。 | |||
営業職 | ・宅地建物取引主任者の資格を取得している ・月平均2件以上の売買・仲介契約ができる ・月平均200万円以上の粗利益がコンスタントに上げられる ・物件の調査が独力でできる ・物件の査定が的確にできる ・物件の仕入れができる ・・・・・・・・ |
||
次の1つに該当する者は本人との話合いの上、次年度より営業職とする 1.人事評価で60点を上回った者 2.過去1年間の月平均受注件数が2件を超えた者 但し宅地建物取引主任者の資格取得者に限る |
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営業アシスタント職 | ・新卒後3~5年程度 ・上司・先輩社員の指導により不動産売買の実務を習得する ・宅建業法を理解、習得する ・オープンハウスなどで顧客を独力で案内し、対応することができる ・物件の調査が指示を受けてできる ・顧客の要望を正確に聞き、報告することができる ・・・・・・・ |
||
新 卒 入 社 |
図表② 工事管理職のキャリアパス
専門職 | 管理職コース | 独立コース | |
---|---|---|---|
キャリア職 | 工務専門職(業績年俸制) ・1級建築士の資格を保有 ・年平均6棟以上の建築請負受注ができる ・年平均20棟以上の建築 ・工事が担当できる ・・・・ |
・管理職(業績年俸制) ・部長(部門業績) ・課長(部門+個人業績) |
以下のいずれかより選択 a.分社経営(子会社) b.グループ会社経営(共同出資) c.業務提携(資本関係なし) |
次の1つに該当する者は次年度より本人と話合いの上、上記3コースを選択することとする。 1.入社後工務経験8年を経過した者 2.過去3年間の年平均担当施工売上が2億円を超えた者 |
|||
工務職 | ・2級建築士の資格を取得している ・年平均10棟以上の建築 ・工事がコンスタントに担当できる ・担当施工売上(社内見積額の累計)が月平均1,500万円以上 ・建築のプランニング、図面・仕様書の作成が独力でできる ・現場管理が独力でできる ・・・・・ |
||
次の1つに該当する者は本人との話合いの上、次年度より工務職とする。 1.人事評価で60点を上回った者 2.過去1年間の担当施工売上が1億円を超えた者 |
|||
工務アシスタント職 | ・新卒後3~5年程度 ・上司・先輩社員の指導により建築の実務を習得する ・建築基準法、宅建業法を理解、習得する ・現場管理が上司の指示を受けてできる ・顧客の要望を正確に聞き、報告することができる ・・・・・ |
||
新 卒 入 社 |
■評価制度
~職種別に人事評価表を作成~
成績以外の要素については、次の区分で職種別に人事評価表を作成。プロセス面を評価することとした。
- 営業職用
- 営業アシスタント職用(別紙サンプル参照)
- 工務職用
- 工務アシスタント職用
- 事務職用
図表③ プロセス面を中心に評価基準を作成した人事評価表(営業職)
■給与制度
~キャリア職は業績評価による年俸制、一般職とアシスタント職は月給制を導入~
月給制のうち、月例給与部分には、宅建主任者や建築士の資格取得を奨励するために、「資格手当」を設けている。また、若手社員の育成担当となった者に対して「育成手当」を支給することで、後輩の指導を促している。「報奨金」は売買・仲介の契約件数と収入額に応じて支給する。
図表④ 専門職の年俸テーブル(営業職以外)
等級 | 専門職1級 | 専門職2級 | 専門職3級 |
---|---|---|---|
ピッチ | 280,000 | 420,000 | 560,000 |
評価 | |||
S | 6,440,000 | 7,700,000 | 9,380,000 |
A | 6,160,000 | 7,280,000 | 8,820,000 |
B | 5,880,000 | 6,860,000 | 8,260,000 |
C | 5,600,000 | 6,440,000 | 7,700,000 |
D | 5,320,000 | 6,020,000 | 7,140,000 |
図表⑤ 管理職の年俸テーブル
等級 | 管理職1級 | 管理職2級 | 管理職3級 |
---|---|---|---|
ピッチ | 280,000 | 420,000 | 560,000 |
評価 | |||
S | 7,000,000 | 8,540,000 | 10,500,000 |
A | 6,720,000 | 8,120,000 | 9,940,000 |
B | 6,440,000 | 7,700,000 | 9,380,000 |
C | 6,160,000 | 7,280,000 | 8,820,000 |
D | 5,880,000 | 6,860,000 | 8,260,000 |
図表⑥ 一般職、アシスタント職の給与構成
基本給 | テーブル方式。1年間の人事評価結果により昇給 |
---|---|
資格手当 | 公的ライセンス取得者に左表の通り支給 |
育成手当 | 部下、後輩育成担当者に対して月2万円~5万円 |
報奨金 | 契約件数、手数料収入に応じて支給 |
通勤手当 | 実費支給 |
図表⑦ 資格手当
手当 | 公的ライセンス |
---|---|
60,000円 | 土地家屋調査士、司法書士、不動産鑑定士①、税理士⑦ |
40,000円 | 不動産コンサルティング②、一級建築士③、不動産鑑定士補① |
25,000円 | 宅地建物取引主任者②、一級建築施工管理技士④ 一級土木施工管理技士⑤、測量士⑥、日商簿記一級⑦ |
10,000円 | 二級建築士③、二級建築施工管理技士④、二級土木施工管理技士⑤、測量士補⑥、ファイナンシャルプランナー(AFP)、インテリアプランナー⑧ |
5,000円 | 日商簿記二級⑦、インテリアコーディネーター⑧、木造建築士 |
複数の資格を取得している者は2つまで対象但し、同一番号の資格については、上位資格のみ手当のみ支給
■賞与制度
~一般職の賞与は、「基本賞与」「評価賞与」「業績賞与」の3区分で配分~
- 営業部門は人事評価によって決まる評価賞与と個人成績(粗利益実績)の3%を業績賞与として決定する。
- 工事管理部門、事務部門、営業アシスタント職は、基本給に対して一律の基本賞与と評価賞与によって構成している。
~営業専門職の年俸は、3か年の粗利益実績をダイレクトに反映~
一方、営業専門職の業績年俸制は、過去3年間平均の成績(粗利益実績)の10%を基本年俸とし、その12分の1を月額支給する。3年間の平均をとることで、給与の業績連動と安定化を両立させる狙いがある。継続的に業績貢献できる人材に酬いるという意思表示でもある。当期の成績については、業績賞与として、半期ごとに粗利益実績の5%を配分している。従って、今年の努力は、賞与と来期以降3年間の基本年俸に反映されることになる。
図表⑧ 一般職の賞与計算方法
賞与区分 | 支給基準 | 営業 | 工事管理 | 事務 |
---|---|---|---|---|
基本賞与 | 基本給×1ヵ月~1.5ヵ月程度の一定率 | × | 〇 | 〇 |
評価賞与 | 基本給×0.5ヵ月~1.5ヵ月の間で人事評価結果により決定 | 〇 | 〇 | 〇 |
業績賞与 | (個人別粗利益実績-1,000万円)×3% | 〇 | × | × |
図表⑨ 営業専門職の賞与計算方法
年収額 = 基本年俸 + 業績賞与
・基本年俸=過去3年間の粗利益実績平均×10%
*月次支給額は、基本年俸×1/12に資格手当、育成手当、通勤手当
*業績賞与(半期ごと)=当期粗利益実績×5%
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