小売業・飲食業 人事制度の構築ポイント
-もくじ-
1.小売業・飲食業の人事制度を構築するにあたって
小売業、飲食業が、厳しい外部環境下で生き残るだけでなく、高収益を実現するには、店舗力の強化が必要です。
最低賃金の上昇や同一労働同一賃金の法制化、社会保険の適用範囲の拡大など、外部環境において様々な変化が起こっています。また、内部環境に目を移してみると、多くの企業では平均年齢が上がり続けています。
小売業や飲食業、宿泊業などの店舗型ビジネスにおいては、社員の平均年齢を低く保ち、加えてパート・アルバイト社員の比率を高めることで人件費を一定水準に抑え、利益を捻出する事業構造でしたが、それが崩れつつあります。すなわち店舗ビジネスにとっては、人事の観点から見ても収益を確保しづらい環境が続くと予想されます。
このような時代に勝ち残るためには、明確な人事戦略をもち、それを根気強く実現していくことが求められていると言えます。
2.構築のポイント
限定社員制度の活用
人件費を一定水準に抑え、かつ企業の活力を維持・向上させるには、どのような方法があるでしょうか。
打開策の一つは、限定社員制度の活用です。従来の人事制度では、転勤するのは当たり前、様々な部署を渡り歩くのは当たり前、残業するのは当たり前、というものでしたが、限定社員制度とは、それらの当たり前にメスを入れる制度です。
限定社員制度では、勤務地や職務、勤務時間に制限を設けます。具体的には、様々な企業でエリア社員制度、地域限定社員制度と呼称される「勤務地限定社員」、専門職制度に代表される「職務限定社員」、短時間勤務や短日数勤務、残業免除などに代表される「時間限定社員」などです。これら勤務地、職務、時間といった要素に制限を設ける代わりに、企業は、何も制限を設けない社員と比較して賃金水準を低く設定し、人件費の抑制を図ります。
限定社員制度は、社員の勤務志向と会社の人件費抑制施策がマッチしており、会社と従業員がWin-Winの関係を築くことができる、非常に有効な制度です。
販売職・接客職の評価シートの作り方
小売業における販売職や飲食業における接客職の場合、個人の販売高や接客実績が把握できるかどうかが大きなポイントとなります。個人業績が把握できるのであれば、それを中心に評価し、どの程度賃金に反映させるかを検討することになります。
逆に個人実績が把握しにくいのであれば、担当部門の業績を中心に評価することになります。ただし、店舗全体の業績評価だけでは、全員一律になってしまい、メリハリがありません。気をつけなければならないのは、あくまでも店舗の構成員ですので、自分の担当部門だけがよければいいといったセクショナリズムは避けなければなりません。隣の部門のことは知らん顔というのでは、店舗全体のイメージダウンになってしまいます。
そこで、担当部門だけでなく店舗全体の業績にも意識が向くよう、評価基準に盛り込むか、店舗全体の業績達成に対する報奨金の設定といった施策が不可欠といえます。とくに、店舗ごとの人数が多い場合、業績に対する意識や自らの貢献が実感しにくくなりがちなので、個人の貢献を何らかのかたちで評価することが求められます。
小売業・飲食業の給与制度事例
小売業や飲食業では、できる限りシンプルなしくみがよいと言えます。等級別の基本給と役職手当、場合によっては皆勤手当を含める程度といったところでしょうか。
加えて、人事評価点が一定以下であれば昇給しない、厳しいしくみも必要です。逆に、優秀な人材は一足飛びで昇給していくしくみも設けます。
役職手当については、期間評価による変動制を検討できます。半年ごとの業績を中心とした人事評価結果により、手当額が決まります。前回より評価の低かった場合には、自ずと役職手当も下がりますが、6ヶ月後には、すぐに挽回可能なしくみです。
3.小売業・飲食業における人事制度 事例
事例 キャリアやマネジメント要件を整理し、店長・人材育成方針を反映した人事制度
【制度改定の背景】
●企業概要
A社は創業60年を超える老舗企業であり、ある地方都市とその周辺に食品スーパーを展開している。当時は35店舗を展開していたが、毎年3~5店舗の出店が続いている状況であり、数年後には50店舗を超える見込みであった。
●主な課題
- 最も大きな課題は、出店ペースに人材育成・採用が追いついていないことであった。1店舗の標準フォーマットは、店長、副店長、部門チーフ、部門スタッフで合計10名(正社員のみ)であり、年間で50名程度の増員が必要となっていたが、特に店長人材の育成・採用が課題となっていた。
- 売上偏重の社風であり利益に意識が向きにくく、加えてインセンティブ制度が機能しなくなっている(後述)といった課題があり、今後の人材マネジメント強化、ひいては新たな社風形成により組織を強固なものにしたいという目的を持っていた。
- 人事制度については、過去にメーカー出身の役員が作ったものがあるが、業態にマッチしておらず、有効に機能しているとは言えない状況であった。
■等級制度
- (1)等級と役職との関係性を整理する
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店舗型小売業では、等級と役職の関係性を整理することが非常に有効である。一般的に、等級は個人の実力(≒能力)を表し、役職は組織上の役割を表すことが多い(いわゆる職能資格制度)。
店舗型小売業では、同じ店長職でも「抜擢的に店長を任せられる」レベルもあれば、「会社として合格点を出した店長」や「不振店の立直しや新規出店ができる優秀な店長」といったレベルもあり、同じ店長であってもレベルは様々である。
下表では、5等級店長は「抜擢」、6等級店長は「合格」、7等級店長は「優秀」を表している。
別の見方をすれば、5等級の実力をもった社員は主任、副店長、店長のどのポストを担うかは状況による、ということを表しており、特に新規出店が続くA社にとっては、柔軟な役職登用ができる人事制度となり、有効に機能した。メーカーの人事制度がベースであれば出づらい発想である。 - (2)社員がイメージできるキャリアパスを明示する
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店舗型小売業で等級制度を作る際は、社内でどのようなキャリア形成ができるのかを打ち出すと効果的である。
特に、店長ポストなどには限りがあり、自身のキャリア形成がイメージできるか否かは優秀な人材ほど気になるところである。店長を目指したい、職人として現場一本でやりたい(表中では5等級主任)、現場でトレーナーとして後進の指導にあたりたい、本部でバイヤーやスーパーバイザー、セールスプロモーションを担当したい、等が明示できるよう工夫している。
なお、最低限は現場主任(店舗内の部門責任者)が務まるレベルでなければキャリアパス以前の問題であることを併せてメッセージとして示している。
- (3)部門別に求める要件を整理する
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店舗内には加工食品やデイリー、精肉、鮮魚、青果、総菜、日用品などの様々な部門があり、ジョブローテーションの必要性を感じながらも、多くは単一部門でキャリア形成している企業が多い。加えてA社では、加工食品の出身者しか店長になっていないという課題があり、店長が生鮮部門の部門チーフに意見をしづらいという問題が生じていた。
そこで、店長になるまでに生鮮・非生鮮の両方で経験を積む機会を作るとともに、3等級からはマネジメント要件を明確に入れることでマネジメント力のある店長を育成すべく、等級基準を整備した。下表は、要件を洗出す際のフレームである(内容は割愛)。
カテゴリー 期待項目 3等級 4等級 5等級 役割責任 顧客・取引先対応 顧客対応、顧客管理 クレーム対応 取引先対応 商品 商品(品質・開発) 品揃え・発注 売場 売場 設備 設備 販売、販売促進 販売、販促企画 競合店対策 方針 全社方針、部門方針 組織運営 リーダーシップ 人員管理 部下管理 コミュニケーション 上司 部下 部署内・他部署 業務管理 事務作業 業務改善 計画 業績管理 業績・コスト意識 計数管理 知識 業務・一般知識 専門知識
■賃金制度
- (1)年功給や生活関連手当は廃止
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勤続年数の長い社員や中途採者の賃金が高止まりしており、若手に配分する人件費が少なかったA社は、人件費の配分についても大きく見直した。
具体的には、①年齢給を廃止し等級(≒能力)連動型の基本給へ変更、②家族手当を廃止、③ほぼ全員に支給し有名無実化していた皆勤手当を廃止、④店格(店舗の規模や重要度)連動の役職手当の導入、などを行うことで、優秀な若手社員に人件費を配分しやすい状況を作った。
- (2)固定残業代については段階的に廃止
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固定残業代とは、あらかじめ設定した時間外手当を固定的に支払う仕組みである。設定した時間を上回った分は追加で時間外手当を支払うが、下回った場合は減額せず固定で支給する。
A社のネックになっていたのが、金額の大き過ぎる固定残業代であった。過去の様々な経緯から、(時間外労働の上限規制が導入される前であったものの、)最大で60時間もの固定残業代を支給している状況であったが、実際の残業時間は半分に満たないことが多く、支給目的が不明瞭な手当となっていた。
検討当初は固定残業代の廃止を目指したが、人によっては固定給が大幅に減給となる事実を鑑み、段階的に廃止することとなった。具体的には、新人事制度導入時は、等級と部門を加味して20~45時間を固定残業代とし、5年をかけて段階的に減らしていき、最終的には固定残業代を廃止した。
- (3)インセンティブ制度を改善
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A社では、店舗の販売実績に応じた販売インセンティブを支払っていた。具体的には、売上と粗利を予算比で計測し、四半期に1度、主任で最大10万円、店長に至っては最大20万円ものインセンティブが支給される制度である。
見た目には非常に魅力的な制度であるが、支給されない店舗はいつも支給されず「諦め」になり、逆に支給される店舗はいつも支給されるので「当たり前」になっており、モチベーション喚起につながっていなかった。加えて、当時の人事評価は販売インセンティブと同じ指標を使っていることが拍車をかけ、年間で1億1,000万円を使ったモチベーション喚起施策は機能しているとは言い難かった。
そこで、賞与およびインセンティブ制度全体で原資を考え、よりモチベーション喚起につながる制度に改定すべく、下記のとおり制度改定を行った。具体的には、店舗の販売インセンティブの一部と、賞与の一部から原資を切り出し、新たに「キャンペーン報奨」を設けた。キャンペーン報奨の内容は、重点販売商品の拡販や会員カードの入会率、情報提供件数などである。また、売上高や利益率を大幅に伸長・改善した店舗には更なる報奨金を支給した。加えて、当時は店長と主任にしか支給していなかったインセンティブを、新たに一般社員・パートスタッフにも「大入り」と称して少額支給することで、店舗内での一体感の醸成を狙った。
以前の成果配分
支給名目 評価方法 『貢献』の定義 年間コスト 問題点 店舗の販売インセンティブ
(年4回)販売実績 売上・粗利 (予算比) 2,000万円 ☑ 販売インセンティブを獲得できる拠点は固定化してしまい、獲得する店舗は「当たり前」、獲得できない店舗は「諦め」になっていた。
☑ 売上・利益は2重に評価され、たまたま就任した店舗の違いにより年収ベースで大きな偏りが出ていた。
⇒ 結果、年間1億1,000万円もの人件費を成果配分として充てているにもかかわらず、モチベーション向上に繋がっていない。個人の賞与
(年2回)人事評価 売上・利益(70点)、役割・能力(30点)の合計100点 9,000万円 制度改定後の成果配分
支給名目 評価方法 『貢献』の定義 年間コスト 問題点 店舗の販売インセンティブ
(年4回)販売実績 売上・粗利
(予算比)1,500万円 ☑ 繁盛店への『販売インセンティブ』は重要な貢献指標であるとの認識から、年間コストを3/4にするものの、制度自体は残した。
☑『賞与』に対する貢献として、売上・粗利を外し、個人の役割・能力のみを成果とした。代わりに、年3ヶ月を想定していた賞与総額については、年2.5ヶ月に引き下げた。
☑ 新たに『キャンペーン報償』制度を設け、売上・利益や個人の役割・能力以外の貢献指標を検討し、スポットのキャンペーンとして優秀店舗に対する報償制度を設けた。個人の賞与
(年2回)人事評価 個人役割・能力のみ
(売上・粗利を加味しない)7,500万円 店舗のキャンペーン報償
(年3回)キャンペーンの内容による ・「重点販売商品」拡販
・「会員カード」新規入会
・「店舗利益」改善 等2,000万円
■評価制度
- (1)目標管理の導入は時期尚早
- 人事評価基準を考える際、目標管理の導入を必須として考えがちである。しかし、これまで厳密な評価や評価者訓練を行ってこなかったA社では、目標を設定する力、結果を公正に評価する力が不足していると考え、議論の末、一部の部門を除き目標管理は見送った。
- (2)成績の評価
店長やバイヤー、SVなど、食品スーパーの多くの職種では数値による成績評価が可能であるため、定量的な成果評価は積極的に導入すべきである。ただし、店長職の評価については難しさが残る。
店長の成績評価を行う際、売上の評価は問題ないとして、利益の評価が難しいところである。粗利(売上総利益)の評価では、販管費に入る販促費、人件費といった重要指標が評価できない。かといって営業利益の評価では、店長では改善できない費用、例えば店舗の家賃やテナントからの賃料についても評価することになり、公正な評価とは言えなくなる(店長に賃料交渉の権限があれば別かもしれないが)。
そこでA社では、下記の計算式で算出できる指標を設け、「管理可能利益」と名付けた。ちなみに、本部費については「売上比」となっていたものを「売場面積比」に修正している。
なお、覆面調査を成績評価の一部にする案が挙がったが、“たまたま偶然”が評価の一部に入ることになるため、当時は導入を見送った。管理可能利益 = 商品粗利 - 人件費 - 販促費 -水道光熱費・通信費 - 交際費・会議費 - 本部費
- (3)プロセスの評価
店舗型小売業の評価については、概ね数値の評価が機能するものの、近隣へ競合が出店して売上が下がったり、意図していなかったブーム(テレビで取り上げられた商材が売れる等)で急激に売上げが上がるといった現象もあり、やはり社員の実力を見るべきだとの意見から、成績よりもプロセスに重きを置いた評価体系とした。
当時、メーカーで使用していた人事評価指標をそのまま使っていたA社は、非常に曖昧な評価基準の中で評価を行っていた。具体的には、責任性や積極性、規律性、協調性といった評価基準である。これらは、その言葉から連想すべき仕事ぶりが評価者によって大きく異なってしまうのが欠点であり、一般的には評価難易度の高い評価項目と言える。
そこで、より実務に近い評価基準を設けられるよう、下記のように職務プロセスの評価を行うこととした。
■人材育成の活性化
人事制度策定のプロジェクトを推進することで、店長育成の方針・方法が明確になり、等級基準を作成することで「何が出来ないといけないか」を会社・社員が認識することができた。また、人事評価制度の運用においては、評価者研修や管理者研修を実施することで評価の制度を高めるとともに、いかに人事評価を人材育成につなげるかのトレーニングを継続して行っていった。
その後A社は、特に若手社員の強化(人材育成と定着率向上)が進み、人事・組織面でのストレスなく出店計画を推し進めることができ、地元でも有数の成長企業として躍進を続けている。
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