賃金制度の何が難しいのか?(その2 曖昧性)

本稿では、賃金制度の何が難しいのか、その本質的な原因を探りながら、制度を安易に改定する前に必ず押さえておきたいことを紹介する。
前回は、「原資の有限性」について取り上げ、支給目的を明確にすることの大切さに触れたが、今回は「評価の曖昧性」について取り上げる。
 
個人の貢献を公平に評価して処遇に反映させることは、至極当たり前のことであるが、これが実に難しい。「個人の貢献」とは一体何か?この問いに明確に答えることが難しいからである。
 
例えば、ある営業担当Xさんが、営業の個人成績が優秀だったとする。個人の貢献は大きく、高く評価して処遇にも反映したいと考える。
ところが、Xさんが販売していた商品が他社と差別化した付加価値の高い商品であり、その高い商品力により営業成績が良かった、あるいは会社のブランド力があった、これまで積み上げてきた強固な販売チャネルを活用しただけ、周りの手厚いサポート・協力があった、後輩の指導や周囲の協力は一切せず一匹狼で好き勝手にやっていた・・・といった要因を想定していくと、本当にXさんの個人の貢献は大きかったのだろうか、本当に評価・処遇を高くしてよいのだろうか、不安になってくる。
あるいは、競合他社が、Xさんの担当エリアから撤退した、コンプライアンス上の問題を起こし営業停止となった、世の中の○○ブームなどの時流に乗ったのでたまたま今回は個人成績がよかった等々。当然、他の営業担当よりもXさんが突出した個人成績を収めているのであればXさん個人の能力や努力が起因しているとも考えられる。
 
個人の貢献を評価しようとしたとき、貢献を生み出した要因として、少なくとも3つ考えられる。それは、純粋な個人的要因(能力や行動・態度・努力等々)、組織的要因(他者・他部門の協力や各種ノウハウ、商品力・販売チャネル・ブランド等々)、環境的要因(社会経済の動向、競合他社等々)である。これら3つの要因が複雑に絡み合って個人の貢献を生み出している。
 
ゆえに、もし個人的要因を重視して評価しようとすると、各人の貢献しようという意欲を喚起したり、努力や成長を促したり、積極的な行動を引き出したり、プラスに働くことにつながる。
しかし、競争意識を過剰に煽りたて、ストレスフルな環境を生み出し離職を高めたり、協調や協働を阻害したり、自分に関係することだけしかやらなくなったり、有益な情報やノウハウを共有しようとしなかったり組織行動を阻害しマイナスに働く危険性もある(これがいわゆる成果主義の弊害である)。
 
一方で、組織的要因を重視し個人的要因を軽視して評価しようとすると、プラスに働けば、前述の組織行動を促進することにつながるが、マイナスに働けば、フリーライダー(ただ乗りする人)を生み出したり、“なあなあ”な組織風土を助長したりして、誰も頑張らなくなる危険性がある。さらに、環境的要因を一切考慮しないと、不可抗力で無力感(どれだけ頑張っても無理という諦め等)を助長してモチベーションを下げる可能性もあるし、考慮しすぎると環境任せで当事者意識を持った主体的な関わりが阻害されるかもしれない。
 
このように、個人的要因・組織的要因・環境的要因が複雑に絡み合い、それぞれがトレードオフの影響を与え得る(ほかに、短期的な貢献と中長期的な貢献という観点もあるが、こちらについては、「二項対立で考える①」を参照されたい)。大切なことは、自社にとって適切なバランスは何かを考えることであり、偏りすぎないことである。事業特性や、職種の違い、役割の大きさ等々に応じて、ウェイトを最適化し、総合的に評価・処遇することが肝要である。残念ながら、魔法の杖や伝家の宝刀はない。
 
今回は、賃金制度を改定する前に押さえておくべきこととして、「評価の曖昧性」があるがゆえに、個人的要因・組織的要因・環境的要因の適切なバランスを探り、総合的に評価・処遇することが肝要であることを確認した。今後制度改定にあたっての参考になれば幸いである。

執筆者

飯塚 健二 
(人事戦略研究所 副所長)

独立系システム開発会社にて、システムエンジニア・人事・経営企画等の実務を経験。その後、大手金融系シンクタンク、監査法人系ファームにて人事・組織コンサルティングに従事した後、現職。主に人材・組織開発領域において、中小企業から大手企業まで規模・業界を問わず、15年以上の幅広いコンサルティング実績を持つ。
これまでに培った実践知と学際的な理論知(社会科学、認知科学、行動科学、東洋哲学等)を駆使しながら本質的・統合的・実践的なコンサルティングを行う。一社一社に真摯に向き合い、顧客目線に立った支援スタイルを信条とする。
キャリアコンサルタント。GCDF-Japanキャリアカウンセラー。iWAMプラクティショナートレーナー。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

バックナンバー