不正を生む人事制度、生まない人事制度

企業の不正・不祥事があとを絶たない。品質データ改ざん、偽装、業法違反、不正受給、過剰営業等々、いわゆるコンプライアンス違反を犯すニュースが消えない。コンプライアンス違反企業の倒産件数も増えているようだ。あるいは健康被害の初動対応の遅れにより社会的問題を誘発する等、リスク管理体制問題なども繰り返されているように思える。

 

悪意がある場合は論外であるが、多くの場合は“こんなはずではなかった”というケースが多いのではないだろうか。あるいは、誰かが何か違うと違和感を覚えながらも、それが言えない風土が、黙認や放置状態を生み出した結果というケースもあるかもしれない。少なくとも、現場の社員は一人一人が真面目に、一生懸命に働いている、はずであり、そう信じたい。にもかかわらず、不正が生まれてしまうのはなぜなのか?

 

様々な要因が考えられるが、今回は“人事制度”という観点から考察してみたい。

“社員に対して、公正な人事評価を行い、貢献度に応じた処遇を行いたい”と考える企業は多い。が、これが難しい。特に、“公正な人事評価”。業績や目標達成度を評価したり、行動やプロセスを評価したり、能力やスキルを評価したり、各社で工夫を凝らす。

 

しかし、人事評価は評価者の主観であるがゆえに、評価者によって評価の尺度や判断が変わってくる。甘い評価をつける評価者もいれば、辛い評価をつける評価者もいる。どこかにあるであろう“答え”を探し求め奔走する。

 

数字偏重の罠

そこで、目をつけるのが、“定量化”という手段。

 ・売上が目標対比〇%以上なら〇点
 ・提案件数が〇件以上なら〇点
 ・訪問件数が〇件以上なら〇点
 ・コスト削減が前年比〇%以上なら〇点
 ・トラブル件数が〇件以下なら〇点
 ・ミス出荷件数が〇件以下なら〇点・・・。

たしかに数字にすると分かりやすい(ようにみえる)。しかし、この分かりやすい(ようにみえる)数字に偏重して評価・処遇する制度こそ、不正を生む制度に陥ってしまうリスクが高い。そのからくりを、 “UPPER型数字評価”と“LOWER型数字評価”の2つの観点から考えてみたい。

 

UPPER型数字評価

まず、UPPER型数字評価。一定の基準を超えることが求められる数字評価と定義する。前述の例でいうと、売上、提案件数、訪問件数、コスト削減のように、一定の基準をより超えることが良い評価となるパターン。ノルマはこの典型例といえる。

このUPPER型数字評価が強過ぎて、その結果いかんで処遇(賞与が上下する、昇格が決まる、降格させられる等)への影響度が大きいほど、「本当はできていないのにできたことにしたい」という心理が働く。何とか良い評価をされるために、あるいは悪い評価とならないように、色々な解釈をしてかさ上げをしようとする。ここに不正を生む温床が出来上がる。仮にそうならなくても、長時間労働を誘発し、過度のプレッシャーからメンタルの不調、最悪の場合過労死を引き起こす要因を作りかねない。

 

LOWER型数字評価

逆に、LOWER型数字評価は、一定の基準以内に抑えることが求められる数字評価と定義できる。前述の例でいうと、トラブル件数やミス出荷件数など。このLOWER型数字評価が強過ぎて、この結果いかんで処遇(賞与が上下する、昇格が決まる、降格させられる等)への影響度が大きいほど、「本当はやってしまったのになかったことにしたい」という心理が働く。結果、バレないように隠そうとしたり、なるべく報告しないようにしたりする風土が醸成されていく。

例えば、トラブル件数を目標にした際に、トラブル報告書の件数でカウントしていたため、報告書を出さないということが起きる。トラブルが表出化されないので本質的な解決策が打てない。ゆえにトラブルが繰り返される。トラブルを減らそうと評価しようとしていたにもかかわらず、トラブルを助長する結果になった。これは実際にあったケースであるが、何とも皮肉な悲劇である。

 

以上のようなメカニズムで、数字偏重の評価は、歪曲・隠蔽・改竄・不正行為を誘発する。

 

米国のある歴史学部教授によると、「数字は客観性があるような空気をかもしだし、主観的判断を排除しているかのような印象を与えるものだ。数字は「確実」とみなされ、したがって自分の判断に自信が持てない人々にとっては失敗のない賭けとなる。数値的測定基準は、透明性と客観性の印象も与える。その魅力の大部分を占めるのは、誰にでも簡単に理解できるように見えるという点だ。」(※)と論じている。実感としても、定量化すれば、分かりやすく公正に評価した気持ちになる。それどころか、定量化されないことは評価できないと断じる者さえ現れる。ところが、安易に数字に頼りすぎると、現実的には、短期主義を促進したり、リスクをとる勇気やイノベーションを阻害したり、協力や協働を阻害したりする。

 

不正を生まない制度にするためには、この紛れもない真実を受け止めることが出発点となる。

 

数字信奉の罠からの脱却

ではどうすればよいか。我々は、数字評価に頼り過ぎないようにし、数字信奉の罠から脱却することが必要となる。具体的には、以下のような工夫を施すことが考えられる。特効薬はないが、試行錯誤することが肝要である。

 

①結果(数字)だけではなくプロセスにも着眼して評価する

数字の基準がクリアしているかどうかだけでなく、その取り組み方も評価する。例えば、下表のように、評価の視点を結果とプロセスの2つに明確に分けて、それぞれで評価する方法が考えられる。こうすることで、結果が良くてもプロセスが悪いと貢献度が低いというメッセージを表現することができる。

 

結果とプロセスの2つに分けて評価する方法

②結果評価とプロセス評価のバランスを適正化する

さらに、上記のように2つの視点に分けて評価するだけでなく、結果評価とプロセス評価のウェイトを工夫することで数字重視を緩和することもできる。また、業績や目標達成度評価以外に、行動評価や能力評価などの定性評価を取り入れている場合は、そちらのウェイトとのバランスを適正化することも肝要である。

 

結果評価とプロセス評価のウェイトを工夫する方法

③調整弁を持つ

目標達成度に対する評価や既定の定性評価だけでは評価し切れない部分の調整弁を持つことも有効である。“厳密さ”よりあえて“曖昧さ”を設けることで数字偏重を緩和させるのである。
例えば、
 

〇「加点評価」

特筆すべき組織貢献があった場合に加点的に評価する方法がある。例えば、製造職や事務職など、やって当たり前、できて当たり前の職種は、どうしても、普通にやっていること自体は目立たずに評価されにくい。一方でミスがあるとマイナス評価がされやすく、減点主義的になりやすい。そこで、トラブルゼロ継続やトラブル再発防止への取組み、あるいは品質向上・コスト低減・生産性向上等への取組みがあった場合に、下表のような基準で加点評価することも一案である。(無論、どの職種でも可能)

 

加点評価

〇「調整評価」

担当者の力が及ばない外的要因があった場合に、一定以上の評価者が補正して調整できるルールを設ける方法もある。例えば、下表のように、売上という業績評価に対して、数字だけで決めるのではなく、外部要因などを勘案して、評価者の裁量で加減点できる仕組みを入れるのも一案である。

 

調整評価

 

明快な解決策はないが、以上のような工夫を取り入れることで少しでも数字信奉の罠に陥らないように留意し、創意工夫することが重要である。必ず不正が生まれない制度は存在しないかもしれないが、数字信奉の罠に陥っていないか再度点検されたい。
 
 

(※)出所:ジェリー・Z・ミュラー著、松本裕訳『測りすぎ—なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(みすず書房、2019)

 

執筆者

飯塚 健二 
(人事戦略研究所 副所長)

独立系システム開発会社にて、システムエンジニア・人事・経営企画等の実務を経験。その後、大手金融系シンクタンク、監査法人系ファームにて人事・組織コンサルティングに従事した後、現職。主に人材・組織開発領域において、中小企業から大手企業まで規模・業界を問わず、15年以上の幅広いコンサルティング実績を持つ。
これまでに培った実践知と学際的な理論知(社会科学、認知科学、行動科学、東洋哲学等)を駆使しながら本質的・統合的・実践的なコンサルティングを行う。一社一社に真摯に向き合い、顧客目線に立った支援スタイルを信条とする。
キャリアコンサルタント。GCDF-Japanキャリアカウンセラー。iWAMプラクティショナートレーナー。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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