制度やスキルだけで人は育たない! 人を育てる極意⑤
教育・能力開発
人材育成で悩みを持つ企業が多いなか、この連載では、“人を育てる極意”と銘打って、“育てるマインド”を数回にわたって書き綴ってきた。
これまでの連載の振り返り
簡単に振り返ると、
一つ目に「育つ立場にある人(部下や後輩など)とどう向き合うのか?」という観点から、
“人として対等である”という前提を持つこと
←①回目(https://jinji.jp/hrblog/12883/)
“相手の成長を願う”ことの大切さ
←②回目(https://jinji.jp/hrblog/13474/)
二つ目に「(育てる側の)自分自身とどう向き合うのか?」という観点から、
“自分のための動機を知る”ことの意義
←③回目(https://jinji.jp/hrblog/13964/)
“自ら学び続ける姿勢の大切さ”
←④回目(https://jinji.jp/hrblog/14351/)
について述べてきた。
今回は、いよいよ締めくくりとして、「人の成長をどう捉えるのか?」という観点から、人を育てる極意について触れてみたい。
育成に必要な“信念”とは?
あなたは、そもそも人の能力は努力によって変わり得ると思っているだろうか。
それとも、人の能力は生まれつき決まっているものであると思っているだろうか。
育てる側の人間が、どちらの考え方を持っているかが、
育つ側の人が育つかどうかに影響するという理論がある。
「人の能力は努力によって伸ばせる」「可変である」とする考え方を増大理論、
「人の能力は固定的で変わらない」「生まれつき決まっている」とする考え方を固定理論
と呼ぶそうである。
どちらが正しいかということが重要なのではない。
注目すべきは、フィードバックする人が持つ「暗黙の知能観」が
フィードバック効果に大きな影響を与えるということである。
つまり増大理論を持った上司に育てられる方が人は育つということである。
両者では、フィードバックや指導という行為がどれだけ行われるかに差が出ると推察される。
増大理論を持った人は、何度も繰り返し具体的なフィードバックや指導を行う。
例えば、部下が失敗したときに『この経験から何を学べる?』と問いかける。
しかし、固定理論を持った人は、そもそもフィードバックや指導を行っても変わらないのであるから、具体的なフィードバックや指導をそもそも行わない、あるいはすぐにあきらめる。といったことが想定される。
例えば、部下が失敗したときに『やっぱり向いてないんだな』と判断してしまう。
また、相手へのフィードバックの伝わり方に差が出ることも推察される。
これは、2回目に“相手の成長を願う”ことの大切さで述べたとおりである。
(https://jinji.jp/hrblog/13474/)
この違いが、人の成長を促すかどうかの差となって生じるのだと考えられる。
人が育たないと嘆き、憂うる前に、
自分自身の「人の成長」に対する考え方(マインドセット)自体が、
増大理論になっているか問わなければならない。
本当に人の成長を支援したいのであれば。
育成の限界と向き合う心構え
ただし、である。
ここまで述べてきた極意を実践し、何度も何度も、手を変え品を変え、
悩み、耐え忍び、育てたとしても、である。
悲しいかな、実際に、相手が育つかどうかは分からない。
悔しいかな、自分の育てる力の至らなさを思い知らされるかもしれない。
そのときに、思い出される諺がある。
馬は水辺に連れていくことはできるが、馬に水を飲ませることはできない
You can take a horse to the water, but you can’t make him drink.
馬に水辺に連れていくということは、育つ環境を整え、フィードバックや指導を行うなど、育てる側ができることであり、育てる側の責務であると言える。
しかし、(そこまでやったとしても)馬が水を飲むかどうか、つまりその人が実際に育つかどうかは、育つ側の問題(その人の適性や学ぶ姿勢等々)である。
いわばポジティブな「諦観の念」を持っておくことも重要だと私は思うのである。
でなければ、育てる側が、疲弊してしまう。心身が持たない。病んでしまう。
ある意味で当たり前のことであるが、
できることしかできない、
できることをやる、
それでも無理なこともある、のである。
人の成長に必要な2つの要素
社会心理学者のクルト・レヴィンは、
「人の行動には、その人の特性と周囲の環境が関係している」という理論を提唱している。
B[Behavior行動]=f (P[Personality本人の特性], E[Environment周囲の環境])
ここからも、人の成長を行動の変容と捉えるならば、本人の特性と周囲の環境が
それぞれ関係していることが分かる。
馬に水辺に連れていくことは、周囲の環境であり、
馬が水を飲むことは、本人の特性と捉えることができる。
両方が必要なのである。
ならば、人が成長するということは、育てる側と育つ側が奏でるハーモニーともいえる。
そのうえで、育てる側に立つならば、
「水辺に連れていくこと」「周囲の環境」についてどれだけのことを行ったかが問われる。
自らの胸に手を当てたとき、やれることだけのことはやり尽くしたと胸を張って言い切れるか、
そこまでは育てる側の責務として全うしなければならない。
あとは、本人に委ねるしかない、ポジティブな諦観の念をもち、
人事を尽くして天命を待つ。
こういったマインドで人を育てる旅を続けたい。
忍耐、忍耐、また忍耐。
しかし、それは必ずや、自らの人間性を高めることにほかならないのであるから。
まずは、
・自分は増大理論か固定理論のどちらの知能観を持っているか?
・育てる側にできうることをやり切れているか?
を振り返ってみることである。
以上、5回にわたる連載が、読者の人を育てる力の向上につながることを願って。
執筆者

飯塚 健二
(執行役員 人事戦略研究所 副所長)
自社の経営に携わりながら、人材・組織開発、経営計画策定、経営相談など、幅広くクライアント業務に従事。中小企業から大手企業まで規模・業界を問わず、17年以上の幅広いコンサルティング実績を持つ。これまでに培った実践知と学際的な理論知(社会科学、認知科学、行動科学、東洋哲学等)を駆使しながら、バランス感覚を備えた、本質的・統合的・実践的なコンサルティングを行う。一社一社に真摯に向き合い、顧客目線に立った支援スタイルを信条とする。
キャリアコンサルタント/GCDF-Japanキャリアカウンセラー
iWAMプラクティショナートレーナー
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
バックナンバー
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