賃金設計講座 諸手当の設計

 月例給与に含まれる「諸手当」は、その支給目的や支給背景、会社の賃金ポリシー次第で、ラインナップや支給要件、支給水準が異なり、個社ごとの違いが出やすい賃金です。冒頭で日本企業における諸手当の位置付けや意味合いに触れた上で、その後、主要な手当の設計方法について解説します。

-もくじ-

  1. 諸手当は「日本的な賃金」
  2. 諸手当の分類
  3. 諸手当における「支給要件」
  4. 諸手当における「支給水準」
  5. 各手当の設計ポイントと留意点
    1. (1)役職手当
    2. (2)家族手当
    3. (3)住宅手当
    4. (4)地域手当
    5. (5)資格手当

1.諸手当は「日本的な賃金」

 多くの日本企業では、基本給と併せて何らかの諸手当を支給しています。これら諸手当の金額は決して低くはなく、給与構成において一定の存在感を持っている場合が多いです。

 一方、アメリカなどでは、月例給与の内訳を基本給と諸手当に区分して支給しているケースは少ないと言われています。これは、「賃金=職務対価」という概念が明確になっており、いわゆる職務給として給与を支給しているからでしょう。賃金を決めるにあたり、家族も住宅も関係ない、ということです。

 日本企業の場合、「賃金=職務対価」という考え方は、欧米と比べると非常に希薄でした。故に、賃金の決定に際して、「職務価値」以外の様々な要素が入り込む余地があったのだと考えます。年齢しかり、家族しかり、住宅しかりです。

 賃金(人件費)の原資が企業活動の結果である付加価値によって生み出される、と定義するのであれば、企業活動を構成する「職務」を基準として賃金は決めるべきなのかもしれません。

 しかしながら、別の捉え方もできます。労働者に賃金を支給することで、企業は付加価値を生み出しているという考え方です。そのように考えるのであれば、職務価値云々よりも、まずは労働者のインセンティブを高めるような賃金の決定方法を検討すべき、ということになります。

 「卵が先か、鶏が先か」の議論になってしまいますが、日本企業の場合は、まずは社員のモチベーションに焦点を当てるため、職務価値以外の賃金決定要素が重視されるようになったのではないでしょうか。

 いずれにしても、諸手当という賃金形態は、単に「日本独自の賃金」というだけではなく、日本的な意識から生まれた「極めて日本的な賃金」であると言えます。

 諸手当は、これからも日本企業の賃金制度の中では無視できない仕組みであり続けるでしょう。90年代後半からの成果主義の流れの中で、諸手当の中でも特に日本的な「家族手当」や「住宅手当」は、廃止の方向で進んできました。しかしながら、依然としてこれらの手当を採用している日本企業は数多く存在します。

 この日本的な賃金である「諸手当」を、今後の日本企業はどのように活用していくべきなのでしょうか。

2.諸手当の分類

 諸手当と一口に言っても、日本企業で導入されている諸手当の項目には様々な種類があります。代表的な手当としては、「役職手当」や「家族手当」、「住宅手当」などになりますが、それ以外にも色々な種類が存在しているという事実は、日本企業の賃金制度における諸手当の重要性を表していることに他なりません。

 しかしながら、項目としての種類は様々であっても、賃金としての性質や支給目的の観点から見れば、いくつかのグループに分類できます。そして、諸手当の導入や見直しを考えるにあたっては、まずはこの大きなグループレベルで諸手当の必要性や位置付けなどを考えることが必要です。

・生活補助的な手当

 例:家族手当、住宅手当など

 社員各人の生活状況に応じて、家計を補助する目的で支給されている手当です。属人的な要因によって支給の有無や支給額が決定されるため、「属人的手当」と呼ばれることもあります。「地域手当」や「別居手当」もこのグループに分類されます。

・職務価値としての手当

 例:役職手当など

 仕事の職務価値(難易度や責任度など)に応じて支給される手当です。例に挙げた役職手当は、基本給自体が職務給である場合には付与する必要はありませんが、そのような日本企業(特に中堅・中小企業)は依然として少ないでしょう。従って、役職手当は多くの日本企業で採用されている採用率の高い手当となっています。

・勤務条件に基づく手当

 例:年末年始出勤手当、交替手当、特殊作業手当など

 勤務条件の厳しさや勤務の特殊性などに応じて支給される手当です。これ以外にも、海外駐在員に対して心身面での負担を勘案して支給される「ハードシップ手当」は、このグループの手当とみなすことができます。

・福利厚生的な手当

 例:食事手当、寒冷地手当など

 名称の通り、社員に対する福利厚生面の充実を目的とした手当です。支給目的の観点からいけば、「生活補助的な手当」に包括してしまうことも可能ですが、家族手当や住宅手当と比べると企業における採用率は非常に低いため、ここではあえて分離します。

・実費弁償的な手当

 例:通勤手当など

 賃金ではあるものの、一方で就業・勤務上で必要な費用を補助する意味合いを持っている手当です。

・法定手当

 例:時間外手当、休日手当、深夜手当など

 労働法に基づく手当です。法律上の基準や要件を満たすことが必須になります。

3.諸手当における「支給要件」

 諸手当の場合、基本給とは異なり、すべての社員に一律に支給されるケースは少なく、どのような条件を満たした場合に手当を支給するのか、というルールが必要になります。これが諸手当における「支給要件」であり、手当の項目ごとに設定します。

 この「支給要件」は、手当の支給目的や支給背景、会社の賃金ポリシーなどによって決定します。例えば、家族手当について、“昨今の少子化傾向を踏まえて会社として育児面の福利厚生を充実したい”ということであれば、支給対象となる子どもの範囲(年齢・人数など)は広く設定することになるでしょう。逆に、家族手当は採用・継続するものの、属人的手当のウェイトは極力抑えたいという賃金ポリシーであれば、支給対象の範囲は狭くなるでしょう。

 給与の設計では「水準面」に意識が行きがちですが、手当の場合には「支給要件」によっても、人件費インパクトが変わってくるので注意が必要です。手当の水準を低めに設定していても、支給要件が緩やかであれば、当該手当の支給対象者は多くなり、結果として人件費が想定以上に膨らむおそれがあるということです。

4.諸手当における「支給水準」

 手当ごとの支給額をどの程度に設定するのか、ということです。「支給水準」の設定にあたっては、以下2つの観点があります。

観点1:世間水準

 人事・労務系の様々な調査機関や専門誌において、手当関連の世間水準が調査・発表されています。このようなデータを参考にしながら、手当ごとに目安となる支給水準を把握します。但し、注意点は、世間水準だけを判断材料として、新設手当の支給水準を設定したり、現行の支給水準の妥当性を判断したりしないことです。これは、次に述べる「給与の構成割合」も併せて考えなければならないからです。

観点2:構成割合

 例えば、他社と比較して、給与全体に占める基本給の割合を高めに設定している場合、手当自体の支給水準は低めに設定するべきでしょう。基本給のウェイトが高いのに、手当の支給額を世間水準並みに設定してしまうと、給与全体で見ると(意図せず)世間水準を上回ることになりかねないので、注意が必要です。大切なのは、昇格モデルに従って給与全体での支給水準カーブを描き、その中で手当の支給水準も決めていくということです。

5.各手当の設計ポイントと留意点

(1)役職手当
■役職手当の定義とトレンド

 役職手当は、組織内で担っている役職・職位の種類ごとに支給される手当です。組織内で一定レベル以上の役職に就けば、相応の管理責任が発生するのが通常であるため、該当者には担うべき職責の“重さ”に応じた手当が支給されることになります。

 日本企業では賃金の決定要素として「職務」を採用するケースは、依然として欧米と比べると少ないですが、役職手当についてのみ言えば、「職務」をベースとした賃金になります。但し、日本企業が一般的に導入している役職手当は、例えば「部長であれば職種や部門に関係なく一律〇〇円」というように、職種による違いまでは金額に反映していないケースが多いです。その点を踏まえると、日本企業における役職手当は、厳密に言えば「職務」というよりも「役割」に基づく賃金になります。

 役職手当の導入割合は、複数の調査結果によれば、日本企業において高い導入割合を示しています。ここ最近のトレンドとして、基本給自体を役割給・職務給として設定するケースも増えてきているので、以前と比べれば「役職手当」としての純粋な採用率は下がっているかもしれませんが、それでも諸手当の中では導入割合の高い手当の一つです。

■役職手当の設計にあたり特に留意すべきポイント

役職手当の水準は、自社の状況(給与構成・企業規模等)を踏まえて設定する

 役職手当の世間水準については、複数の調査機関がデータを公表しているので、それらを参考にすれば、ある程度の相場は把握できます。但し、注意点としては、給与の構成割合によって自社にとっての“妥当な水準”は変化するということです。例えば、基本給として役割給を採用し、給与全体に占める役割給の比重を高く設定している場合には、役職手当の金額は世間水準よりも低くて然るべき、というケースもあります。

 また、そもそも同じ役職名であっても、企業の規模や組織の構成などによって、担うべき役割や職責の重さは企業ごとに異なります。

 従って、目安として世間水準を参考にすることは必要ですが、あくまでも自社の状況(給与構成・企業規模等)を踏まえて役職手当の金額を設定することが大切です。

「逆転現象」を可能な限り“回避”できるような水準を設定する

 一般的に、賃金水準に関する「逆転現象」とは、「残業代の支給対象ではない管理職(管理監督者)の給与を、残業代の支給対象である非管理職の給与が超えてしまう現象」を指します。

 このような逆転現象を月給ベースで回避するには、基本給と役職手当の双方を通じて、管理職と非管理職との間で一定の格差を設定しておくことが必要です。但し、基本給については、非管理職から管理職に昇格した直後はそれほど差がつかない(もしくは差をつけにくい)場合も多いので、役職手当の方で然るべき格差を設定しておくことが重要となります。具体的には、管理職の役職手当の金額は、非管理職の残業代相当分を十分に見込んだ上で設定することが必要です。

「呼称」としての役職ではなく、「組織上」の役職を支給要件とする

 例えば、営業社員が多い会社では、営業時の対外面を考慮して、組織上での実際の役職・役割よりも“かさ上げ”した役職名を名刺に記載するケースがよくあります。営業施策としては必要性の高い措置であり、それ自体に特段の問題はありませんが、こと役職手当の支給となれば話は変わってきます。

 たとえ上記のような「対外呼称」を導入している場合であっても、役職手当の支給要件は「組織上での実際の役職・役割に応じて支給する」というルールになります。役職手当が「役割」をベースとした賃金である以上、実際に担っている役割・職責の重さに応じて役職手当を支給することに、当該手当を導入する意味があるからです。

(2)家族手当
■「家族手当」の定義とトレンド

 家族手当は、社員が扶養している家族の構成・人数等に応じて支給される手当であり、「属人的手当」の代表格と言えます。家族の扶養有無や構成状況は、極論すれば業務遂行とは無縁のものであるため、成果主義やジョブ型(役割・職務主義)に基づく賃金とは対極をなす給与項目です。

 従って、90年代後半からの成果主義ブームの中で、この家族手当は真っ先に廃止の対象となりました。家族手当や住宅手当のような属人的手当は廃止し、役割や能力に基づく基本給に一本化するのが当時の主流でした。

 それでは、日本企業における近年の家族手当の採用率は低いものになっているかというと、実はそうでもありません。調査機関や業種・規模等によってデータが異なるため一概には言えませんが、少なくとも過半数の企業は家族手当を引き続き導入しているようです。90年代までと比べればその導入割合は減ったと思われますが、依然として半分以上の企業は継続しているようです。

 さらに近年のトレンドを述べると、子どもに対する支給額の増額や、支給対象範囲に介護対象家族の追加、などを行う企業が増えています。“成果主義の揺り戻し”といった安易な理由ではなく、少子高齢化の中で改めて家族手当の意義や必要性が見直されつつあることの結果でしょう。

■家族手当の設計にあたり特に留意すべきポイント

家族手当の「これからの支給目的」を明確にする

 基本的な考え方としては、扶養家族が多ければ生計費も増えるため、それを補てんするのが一般的な支給目的になります。但し、ここで言う支給目的とは、さらに深堀した目的を指しています。具体的には、これからの社会情勢や自社の人員構成、報酬ポリシーなどを踏まえた上で、家族手当の“今後のあり方”を自社として明確にしたもの、という意味になります。

 単に、扶養家族がいる社員には手当を支給します、というだけでは、成果主義やジョブ型の考え方が浸透しつつある昨今において、一部の社員(特に若手・独身で優秀な社員)の納得を得ることは難しいでしょう。例えば「少子化傾向の中で、次世代育成支援の考え方に基づいて家族手当を支給する」や「高齢化社会の中で、社員の家族介護を支援するために家族手当を支給する」といったように、明確な支給目的を掲げることが必要です。

 また、当然ではありますが、その支給目的の内容に従って、支給要件や支給金額を合理性のある中身にしていくことが求められます。(例:次世代育成支援が目的であれば、子どもに対する支給金額を多くする、など)

「支給要件」は十分に精査・検討した上で設計を行う

 手当の設計においては、「支給要件」と「支給水準」という2つの重要な観点があり、家族手当の場合は、特に「支給要件」の設定が肝となります。

 一口に支給要件といっても、家族手当の場合には、対象家族の「範囲」「同居の有無」「年齢」「所得」「上限人数」など複数の項目があります。

 これらの項目ごとに、具体的にどのような支給要件を設定するか、あらかじめ十分に検討しておかないと、支給対象者が想定外に膨らんでしまうことがあるので、注意が必要です。

支給要件のうち、所得要件の「判定時期」の設定に注意する

 例えば、家族手当の支給対象者に「配偶者」を含めている場合、よくあるのは、配偶者の所得要件を「所得税法上の“配偶者控除”対象者であること」と設定しているケースです。

 その際に問題となるのが、年始の時点では配偶者の予定年収が所得要件を満たしていたため、家族手当の支給対象としていたものの、年の途中・終わりで(想定以上に年収が増えるなどにより)所得要件を満たさなくなってしまった場合です。この点について、所得要件の判定時期や要件を満たさなくなった場合の取り扱いを、あらかじめルールとして明確にしておくことが必要です。

(3)住宅手当
■「住宅手当」の定義とトレンド

 住宅手当は、社員の住宅形態や世帯状況などに応じて支給される手当であり、家族手当と同様に「属人的手当」の代表格です。

 住宅手当についても、90年代後半からの成果主義ブームにおいて、廃止に踏み切る企業が数多く見られました。しかしながら、家族手当と同じく、現在でも日本企業の多くがこの手当を採用しているようです。

 但し、近年のトレンドという観点で両者を比較すると、住宅手当と家族手当とではその様相が異なります。先述の通り、家族手当については、ここ数年において金額増加や支給対象範囲の拡大といった傾向が見受けられ、これらは少子化高齢化に対する会社側の対応の表れと言えます。一方の住宅手当はというと、支給額の増大や支給要件の緩和といった世間動向が一定の潮流になっているか問われれば、特にそのようなことはないでしょう。

 日本企業の置かれている諸環境を鑑みれば、人事制度(賃金制度)に対する企業のポリシーが、成果主義やジョブ型(役割・職務主義)から大きく逆戻りするのは、およそ考えにくいことです。その前提に立てば、少子・高齢化への対応を理由とした家族手当の拡充は別として、その他の属人的手当については、中長期的に見れば廃止・減額はあっても新設・増額はほとんどないでしょう。住宅手当も同様です。

■住宅手当の設計にあたり特に留意すべきポイント

割増賃金の算定基礎から除外したい場合は、支給要件や算定方法の設定に注意する

 住宅手当は割増賃金の算定基礎から除外することが法的に認められている賃金です。しかしながら、「住宅手当」と称するものすべてが対象外になるかというと、そうではありません。割増賃金の算定基礎の除外対象として法的に認められる住宅手当であるかどうかは、支給要件や算定方法について、以下の行政通達に基づいて判断されます。

行政通達 【平成11.3.31 基発第170号】

  1. ①割増賃金の基礎から除外される住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいうものであり、手当の名称の如何を問わず実質によって取り扱うこと。
  2. ②住宅に要する費用とは、賃貸住宅については、居住に必要な住宅(これに付随する設備等を含む。以下同じ。)の賃借のために必要な費用、持家については、居住に必要な住宅の購入、管理等のために必要な費用をいうものであること。
  3. ③費用に応じた算定とは、費用に定率を乗じた額とすることや、費用を段階的に区分し費用が増えるに従って額を多くすることをいうものであること。
  4. ④住宅に要する費用以外の費用に応じて算定される手当や、住宅に要する費用にかかわらず一律に定額で支給される手当は、本条の住宅手当に当たらないものであること。

【本条の住宅手当に当たる例】

  1. イ)住宅に要する費用に定率を乗じた額を支給することとされているもの。例えば、賃貸住宅居住者には家賃の一定割合、持家居住者にはローン月額の一定割合を支給することとされているもの。
  2. ロ)住宅に要する費用を段階的に区分し、費用が増えるに従って額を多くして支給することとされているもの。例えば、家賃月額5~10万円の者には2万円、家賃月額10万円を超える者には3万円を支給することとされているようなもの。

【本条の住宅手当に当らない例】

  1. ハ)住宅の形態ごとに一律に定額で支給することとされているもの。例えば、賃貸住宅居住者には2万円、持家居住者には1万円を支給することとされているようなもの。
  2. ニ)住宅以外の要素に応じて定率又は定額で支給することとされているもの。例えば、扶養家族がある者には2万円、扶養家族がない者には1万円を支給することとされているようなもの。
  3. ホ)全員に一律に定額で支給することとされているもの。

(「本条の住宅手当」とは、「割増賃金の基礎から除外される住宅手当」のことを意味する)

 上記から分かるように、法的な除外対象要件を確実に満たす住宅手当というのは、運用が非常に煩雑になります。従って、住宅手当を導入している企業であっても、当該要件を満たしていないケースは少なくないと推察されます。当然、除外対象要件を満たしていなければ「割増賃金の基礎から除外される賃金には該当しない」ことになるのでご注意ください。

 「運用面を重視した住宅手当」とするのか、「割増賃金の算定基礎からの除外を重視した住宅手当」とするのかによって、設計の方向性が大きく異なってくるので、事前に十分な検討が必要です。

(4)地域手当
■「地域手当」の定義とトレンド

 地域手当とは、日本国内における物価水準や生計費の地域間格差を、自社の賃金にも反映することを目的とした手当です。基本的な定義としてはこの通りですが、実際にはよりダイレクトな目的として、賃金水準の地域間格差を自社の賃金に反映するケースというのも、一定割合あります。

 いずれの定義にしても、地域間の経済的な格差を自社の賃金水準にも反映することが主たる目的になりますが、このような地域手当を企業が採用する理由としては、2つの内容が考えられます。

【地域間の物価・生計費格差を賃金に反映することで、“実質的な賃金水準ベース”を地域間で揃える】

 わかりやすい例として、ある地方地域よりも、ある都市部地域の方が生計費水準が1.2倍である場合、両地域間で賃金の絶対額が同一であったとすると、物価・生計費に対する賃金の相対的価値は都市部の方が低くなってしまいます。このような実質賃金の格差を是正するために、地方地域よりも都市部地域の地域手当を高めに設定し、水準調整を図ることになります。

【地域間の経済的水準格差を賃金にも反映することにより、地場相場を踏まえて人件費もコントロールする】

 例えば、創業期は都市部のみで事業を行っていたものの、その後の成長に伴って地方も含めて事業所展開したような企業の場合、都市部の賃金水準をそのまま地方にも適用してしまうと、地場相場に対して賃金が割高になってしまうおそれがあります。これを回避するため、地域手当を活用して賃金水準を地域ごとに調整します。

■地域手当の設計にあたり特に留意すべきポイント

物価・生計費の水準格差の”本当の実態”に目を向ける

 地域手当の採用目的を、上述の「物価・生計費水準に基づいた実質賃金水準の是正」とする場合、基本的には物価や生計費に関する統計データを根拠として、地域手当の地域別金額を決定していくことになります。この時に注意すべきことは、”統計データの捉え方”です。

 例えば、2021年の「平均消費者物価地域差指数」において、「総合指数」では東京都区部の105.3に対して那覇市は99.6となっています。しかしながら「”家賃を除く”総合指数」で見てみると、東京都区部の103.0に対して那覇市は100.2となっていて、両地域間の格差は小さくなっています。

 上記の意味するところは、東京都市区部と那覇市の物価格差に大きな影響を及ぼしているのは「家賃」であるということです。このことは、統計データを深く分析するまでもなく、多くの方が既に理解・認識している事実でしょう(※消費者物価指数のデータにおいて、わざわざ“家賃抜き”の総合指数が算出されていることからも、当該事実を類推できます)。当然、東京と那覇との関係に限った話ではなく、東京等を中心とする都市部地域とその他の地方地域との間では、同様の関係にあると思われます。

 従って、地域間の物価・生計費水準を賃金に反映させる場合であっても、既に住宅手当を採用しており、かつ当該住宅手当が地域別に金額設定されているのであれば、地域手当の設定は必ずしも必要ではない(妥当ではない)、ということになります。

(5)資格手当
■「資格手当」の定義とトレンド

 資格手当とは、国家資格や民間資格などの一定の資格・免許の取得・保有状況に応じて支給する手当です。

 成果主義やジョブ型が進展すると、制度論的な観点に立てば、資格の保有有無・保有種類によって手当を支給するケースは減る傾向になる(※成果主義やジョブ型では、仕事の結果や内容にフォーカスして賃金を決定・支給するため)と推察しますが、統計データを見る限りでは、採用率に大きな変化はないようです。

 世間動向に関係なく、将来に向けて資格取得者に対する報奨のあり方を考えるのであれば、手当よりも一時金の方が、妥当性があるでしょう。社員の能力開発を自己啓発の観点から推進していく上で、資格取得者に対して何からの報奨を行うことは一定の効果性が期待できます。しかしながら、会社として真に重要なことは、資格取得を通じて得た知識やスキルなどを仕事上で実際に活用してもらうことです。

 「資格は取得したけれど仕事上の成果やパフォーマンスは今まで通り」といったケースでは、資格取得に対する報奨を支給している意味がありません。従って、資格取得者に対してはその時点で報奨金等を一時払いし、以降に関しては通常の人事評価を通じて社員を処遇していくべきと考えます。

■資格手当の設計にあたり特に留意すべきポイント

業務との関連性を考慮すること

 ある仕事をする上で法律上必ず取得しなければならない資格や免許もありますが、これらについては業務との関連性をわざわざ考慮する必要はありません。しかしながら、職務遂行上、必ずしも法的に取得が必要とはされていない資格や免許も多数存在しており、資格手当の対象になるのはこちらの方が多いと思われます。このような資格・免許の取得者に対して資格手当を支給するのであれば、業務との関連性を十分に見極めることが必要です。

 わかりやすい例としては、例えば「社会保険労務士」の資格は人事・労務業務に携わる上では非常に役立つものの、それ以外の業務ではあまり有用ではありません。

 従って、資格手当の設計に際しては、支給対象となる資格・免許ごとに「業務従事要件」を定めるべきです。すなわち、「○○の資格に対する資格手当は、■■の業務に就いている場合のみ支給する」といった要件です。あくまでも大切なのは、「資格取得の効果を業務上で活用してもらうこと」であり、従事している業務と直接関係のない資格にまで手当を支給することはナンセンスです。

支給対象となる資格の種類や手当額を定期的に見直すこと

 例えばIT系の資格などは、短期間で名称や内容が変更となるケースがあります。特に、IT系の民間資格(ベンダー資格)は、その傾向が顕著です。IT業界の場合には、日進月歩で技術レベルが高度化したり、主流となる技術内容が変遷したりするため、資格手当についてもそれに応じて変更していく必要があります。

 上記のように、資格自体の内容等が変更になった場合には、改めて自社の資格手当の要件や金額の妥当性を確認しておかなければなりません。例えば、変更に伴って資格取得の難易度が変わった場合には、資格手当の金額見直しも検討すべきです。

 また、資格自体の変更に伴う見直しだけでなく、自社の業務との兼ね合いで定期的に資格手当を見直すことも忘れてはなりません。例えば、かつては業務上の必要性が高い資格であったとしても、事業の見直しや業務領域の変化に伴ってその資格の重要性が低下するケースも想定されます。そのまま放置しておくと、会社としては無駄なコストを払い続けることになってしまうため、数年ごとに自社の資格手当の必要性や有意性を検証し、状況に応じて然るべき見直しを行ってください。

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