経営者・人事担当者のための目標管理制度入門
目標管理とは、「仕事の目標を立て、達成に向けて進捗を管理し、その達成度を評価する。目標設定は上位組織の方針・目標との連動性・整合性を重視し、上司と部下がコミュニケーションを取りながら行う」という考え方です。
この考え方の起源はP.Fドラッカーであり、英語ではManagement by Objectives and Self-control(目標と自己統制による管理)と表現されます。目標管理とは本来、人事評価のためのツールとして開発されたものではなく、経営管理手法のひとつとして開発されたものです。
目標管理制度は、90年代後半~2000年代前半にかけて日本企業で広まりました。成果主義人事の導入が進み、その中で個人の成果・業績に応じた処遇を目指すために、一人一人の成果を明確化し、評価する必要性が出てきました。そこで、目標管理制度による個人成果の明確化と評価が推し進められたのです。ただし、実際には目標や難易度設定が困難であったり、部門間のバラつき、期中の目標修正の必要性が出たりなど制度の運用が難しく、導入後の運用で様々な課題を抱えている企業は多いようです。
この目標管理制度を適切に運用するためのポイントを「目標設定時」「評価期間中」「評価期間終了後」の3つのフェーズに分けて解説します。なお、今回は人事制度と結び付けて目標達成度を処遇に反映する場合を想定しています。
-もくじ-
1.目標設定時のポイント
目標設定時に押さえるべきポイントを解説します。なお、目標管理において、目標設定時の重要性は非常に高くなります。
(1) 目標設定の内容
適切な目標を設定することは、目標管理において最重要事項ともいえます。適切な目標と呼べるには、①~⑤の要件を満たす必要があります。
①経営目標に関連していること
経営トップが打ち出した戦略、ビジョン、中期計画、年度計画などを達成するために、各社員が個々の重点目標を設定できている状態を「目標連鎖」といいます。経営目標推進の手段として目標管理を活用する場合、この目標連鎖が不可欠となります。
目標連鎖を目指す上では、上位目標と下位目標を連結させることが求められ、上下2つを結びつける管理者の果たす役割が非常に重要となります。目標連鎖ができている状態というのは、理屈的には「全社員が個々の目標を達成した状態=全社目標が達成された状態」となります。この方程式を完全に成り立たせるのは非常に困難ですが、目標設定時に意識することは重要です。
なお、能力開発目標を設定可能としている場合では、必ずしも目標連鎖とはならないケースも出てきます。そのため、自社として能力開発目標の設定を可とするか否かはあらかじめ決めておく必要があります。
②自分自身の目標であること
設定する目標は、目標を設定した本人の働きぶりと関連性が強い目標とする必要があります。
不適切な一例を挙げると、5名で実施しているプロジェクトにメンバーの1人として参加している社員が「プロジェクトの●●という目標を達成する」といった目標を設定するケースです。この場合、あくまでメンバーの1人として参加しているため、プロジェクト全体の達成に関しての責任や影響度は小さくなっています。
このようなケースでは、「プロジェクトの●●という目標を達成するために、自身が担当となっている▲▲に関する情報収集・資料作成を■■までに完成させ、他のメンバーが必要とする情報を手に入れた状態にする」といった具合に、自らの働きぶりと関連性の強い目標へと落とし込む必要があります。
③目標の達成基準が明確であること
目標の達成基準が曖昧であると、達成したか否かの判断がつかず、評価ができません。加えて、上司と部下で目指すべき像の認識が合わず、目標達成に向けて必要な労力が割かれないということも発生してきます。
例えば、「業務改善プロジェクトで、●●業務の効率化を実現する」といった目標があったとします。“効率化”という部分が非常にあいまいであり、効率化できたかということに対する判断は千差万別になるでしょう。ゴールの認識が上司と部下ですり合っていない可能性も非常に高くなります。
上記のような目標に対しては、「プロジェクトの目的は何か?」「効率化されたときには具体的にどのような状態が実現されるのか」などの観点から深堀りすると良いでしょう。そうすると、「トラブルが発生した時の対応方法をマニュアルとして整理し、そのマニュアルを見れば誰でもトラブル対応できる状態にする」といった目標とすることができ、達成基準が明確になります。
④ストレッチな目標であること
努力を要することなくできることは、目標として設定する意味がありません。そのため、努力することではじめて達成可能となるストレッチな水準の目標を設定する必要があります。
実際の運用において見られる悪い例は、通常の業務そのものを記載するケースです。通常の業務を目標とする場合は、業務を通して何を成し遂げるのか・その業務の難易度の高い達成水準は何かということを踏まえた目標設定が求められます。一方、初めて行う未経験の業務であれば、それ自体がチャレンジしている状態なので、業務そのものを目標としても良いでしょう。
業務目標を記載してしまう具体例を挙げると、経理部門で「決算を期日までに行う」といった目標設定です。この場合、これ自体は通常業務としてやらなければならないことであり、目標としてはふさわしくありません。「昨年よりも5営業日早く決算を終わらせるために、ITシステムを導入し、伝票の流れの抜本的改善を行う」といった設定ではじめてストレッチなものとなり、目標としての適切さがあるでしょう。例外として、初めて行う業務であれば、それ自体がストレッチな状態であるため「決算を期日までに行う」といった目標でも良いでしょう。
目標として、ルーティン業務しか書くことがない・毎年同じ目標を記載しているという職種や階層では、そもそも目標管理を行う必要性があるのかを検討すべきです。特定の職種・階層のみに目標管理を導入するケースもあります。
⑤期日が明確であること
評価期間全てを使って終わらせるべき目標でなければ、期日を必ず設ける必要があります。一方、評価期間末が期日となる場合には、期日の記載が不要なこともあります。
なお、期日については、最大でも評価期間の末までとなります。したがって、研究開発部門などで製品開発スパンが長期間にわたる場合には、評価期間の末日まででマイルストーンを設定し、それまでに何を実施するかの目標を記載することになります。
これらをチェックリスト化し、満たしているかのセルフチェックの後に提出する、といった運用を定め、社員への意識づけを行うのも効果的でしょう。
(2) 目標のウエイト設定
複数の目標を設定する場合、全ての目標が同じ重要度とは限りません。ウエイトを設定することで、重要度を反映できます。
ウエイト設定においては、設定の際に留意すべき観点など、一定の指針を示すと良いでしょう。一例を挙げると、「目標ごとの相対的な重要度・優先度」「目標の会社・所属組織への影響度」「取り組みに必要となる業務量・業務負荷」などが考えられます。
(3) 目標の難易度設定
目標を設定する際の原則は、「自身の等級に求められる難易度相当の目標を設定すること」です。しかしながら、実際には「人手が足りず、等級相当以上の目標設定をしてもらう必要がある」などのケースは発生します。
そこで、設定する目標に対して難易度に応じた係数を導入することが考えられます。等級に対して難易度が高い目標には×1.2、難易度が低い目標には×0.8を点数に乗じるといった具合です。
運用のコツとしては、係数を頻繁に使うのではなく、難易度が明らかに高いもしくは低い場合にのみ適用する例外ルールとすることです。繰り返しになりますが、目標を設定する際の原則は、「自身の等級に求められる難易度相当の目標を設定すること」です。この原則通りの目標設定がなされた場合では、難易度係数を使用する必要もありませんので、あくまで例外ルールとして捉えた運用をお勧めします。
2.評価期間中のポイント
評価期間中に押さえるべきポイントを解説します。
(1) 進捗管理
目標の遂行過程では、実行計画が正しく遂行されているかを上司・部下がともに確認し続ける必要があります。進捗管理のプロセスでは、部下と上司が定期的にミーティングを行うことで、目標の達成度合い、具体策・行動計画を確認します。その際、予定通り進捗しており、達成のめどが立っていれば問題ありませんが、思うように進捗していない場合に、上司が介入または支援することになります。
目標遂行課程において上司が部下指導やアドバイスを行う際は、コーチングのスタンスを取ることになります。また、部下の習熟度に応じて以下のように支援の基準を決めておくことをお勧めします。
新 人 | ・本人から申し出があったとき ・トラブルが生じたとき ・不明な箇所が発生したとき |
週1回~隔週で手厚く、丁寧に |
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中 堅 | ・自らの判断に不安を感じたとき ・トラブルが生じ、自分での解決が困難なとき |
月に1回~2ヶ月に1回で 適度に距離をとる |
ベテラン | ・トラブルが生じ、自分での解決が困難なとき | 2ヶ月に1回~半期に1回で 任せる方向 |
なお、目標設定後に阻害要因が発生した場合、上司がすぐに救いの手を差し伸べることはできるだけ控えることをお勧めします。まずは部下本人に考えさせ、解決に向けて努力させることが部下の問題解決能力を高めることになり、次期以降その経験を活かせるようになるからです。部下の状況は十分に把握しつつ、適切なタイミングでアドバイスを行うことを心がけましょう。
(2) 期中の目標修正・変更
一度決定した目標は、原則的には修正・変更しません。しかし、大きな環境変化があった場合など、どうしても目標を修正しなければならない場合には適宜、修正・変更を行います。どのようなケースで目標修正・変更を許可するか、変更時にどのように対応するか等は、一定のルールを設けることで、運用時の混乱を防止できるでしょう。
3.評価期間終了後の実施事項
評価期間終了後の「自己評価の実施」「上司評価の実施」「評価結果フィードバックの実施」について解説します。
(1) 自己評価の実施
オーソドックスな進め方としては、通常の評価と同様、まずは被評価者本人が自己評価を行います。上司は部下の全ての行動を把握できるわけではありませんので、目標達成をするために何をしたか等のアピール・コメントを本人が記入する欄を設けても良いでしょう。ただし、評価期間中に上司が状況をタイムリーに確認することが重要であり、記載事項はあくまでも参考材料程度とするのが良いでしょう。そうでなければ、「コメントの記載が上手い人が高評価になる」という本質的ではない事態となってしまいます。
加えて、問題点・改善すべき点の振り返りを行う欄を設けるのも良いでしょう。評価結果とは直接関係しませんが、まずは自身で振り返りの機会を設けることは育成上有効でしょう。後述のフィードバック面談の内容を充実させるために活かすこともできます。
(2) 上司評価の実施
基本的には達成度合いを評価することになりますが、取り組み度合い姿勢なども考慮するケースもあります。その場合、取り組み姿勢をどのような観点で見るか・どの観点をより重視するかなど、あらかじめ示しておくと良いでしょう。例えば、改善と工夫>行動の継続>達成への貪欲さ といった具合です。
(3) 評価調整および評価結果フィードバックの実施
基本的には評価調整および評価結果フィードバックは、目標管理であってもその他の評価と基本的には同様になります。
しかし、評価調整に関しては、目標管理独自の検討が必要なものがあります。目指すべき遂行結果や難易度が目標設定時の想定と大きく異なった際の対応についてです。実際に運用する中では、目標設定時の想定と実際に進めてみた際の現実の間でギャップが発生し得ます。そうしたケースで目標ごとに点数の調整をするか・しないか等の指針はあらかじめ定めておくと良いでしょう。
4.制度を導入する上での注意点
最後に、目標管理制度を導入する上での注意点を紹介します。
目標管理制度においてよくある失敗として、「結果を重視するあまり、プロセスを軽視しがち」「管理・間接部門は数値目標を無理やり設定しているが、不適切」「管理部門・製造部門など比較的ルーティン業務に近い業務の部署は毎年同じ目標が記載される」「設定した目標以外のことは何もやらない社員が発生する」などといった事象を目にします。これらは、「目標だけですべての期待成果・貢献を包含できない」あるいは「部門・階層によっては目標管理がなじまないことがある」ということを理解していないことから発生していると考えられます。
評価の対象となる要素には以下のような4つの要素があり、それぞれに適切な評価手法があります。目標管理という評価手法のみに固執することなく、その他の手法を用いて評価することも選択に入れましょう。「評価対象」と「評価手法」の組みあわせやバランスは重要です。