賃金設計講座 基本給の設計

 月例給与の中心的な支給項目である「基本給」は、一般的には能力や経験、年齢、勤続、役割、職務などによって決定されます。いずれを採用するかは会社の考え方(=報酬ポリシー)が反映されるものであり、また総額人件費のあり方次第でも変わってきます。その他、賃金レンジや昇給ルールなども基本給設計の重要な切り口になります。以下、それぞれの設計観点ごとにいくつかのパターンを挙げながら、具体的な設計方法について解説します。

-もくじ-

  1. 基本給の決定要素及び構成
  2. 隣り合う賃金レンジの関係性
  3. 基本給の設定水準
  4. 昇給の仕組み

1.基本給の決定要素と構成

 仕組みとして基本給テーブルを設定する以上、基本給額の決定に際してはその「根拠」が必要です。例えば、基本給の全部または一部を「年齢給」としている場合の決定根拠は、当然に「年齢」ということになります。この「決定根拠」のことを、ここでは基本給の「決定要素」と呼びます。

 基本給の「決定要素」としては、概ね以下の5つの要素に区分できます。

年 齢

勤 続

能 力

業績・成果

役割・職務

 いずれを採用するかは、会社の考え方(=報酬ポリシー)が反映されるべきであり、十分な議論・検討が必要です。

 年功的な処遇制度の見直しが進んだとはいえ、未だに「年齢」や「勤続」を基本給の決定要素にしている企業は多くあります。これは、過去からのしがらみに囚われているというよりは、日本企業の志向の根底に「長期勤続に対する報奨」という価値観が深く根付いていることが主たる理由であると推察します。また、多くの日本人が「(普通に頑張って働いていれば)毎年昇給して当たり前」という考えを持っているという事実も、会社が年齢給・勤続給の採用を否定しづらい大きな理由の一つでしょう。

 基本給の決定要素が決まれば、自ずとその構成は決まってきます。決定要素が1つであれば構成項目も原則は1つであり、決定要素が2つになれば構成項目も2つに分けるのが基本です。これは、決定要素によって、基本的な「昇給のあり方」が異なるからです。

 なお、別途設計する評価制度において、例えば「能力評価」と「業績評価」を採用し、これら2つの総合評価によって基本給の改定を行う場合、結果的には、“構成項目は1つだが決定要素は2つ”というケースも発生します。このような仕組みは、日本企業の基本給では珍しくありません。しかしながら、本例の「能力と業績のミックス」の場合、“能力という下方硬直的な要素”と“業績という変動的な要素”をミックスして給与改定を行うことになるため、決定要素と支給額の相関があいまいになりやすいという点は理解しておく必要があります。あいまいになるのを避けたければ、基本給の構成項目を「能力給」と「業績給」の2本立てにすべきでしょう。

2.隣り合う賃金レンジの関係性

 賃金レンジとは、その名の通り「基本給等の給与の幅のこと」を指します。換言すると、「給与の上限額と下限額の金額差」と言い表すこともできます。基本給等を「シングルレート(単一給)」で設定しない限りは、当然にこの「賃金レンジ(給与幅)」が発生することになります。

 一般的には、等級(もしくは役職)ごとに基本給を設計するため、それぞれの等級ごとにこの「賃金レンジ」を設計します。その際、水準の設定と合わせて大きな検討ポイントになるのが「隣り合う賃金レンジの関係性」です。具体的に言うと、例えば、1等級と2等級の賃金レンジ同士が「重なるのか否か」ということです。

 この隣り合う賃金レンジ同士の“重なり具合い”をどのように設定するかによって、基本給の性質が大きく変わります。通常、賃金レンジの重複が大きい場合、“より年功的な給与”としての性質を持つことになります。一方、賃金レンジの重複がなく、かつ、非重複部分の開きが大きい場合には、“より実力主義的(もしくは仕事主義的)な給与”の性質を持ちます。

 なお、隣り合う賃金レンジの関係性については、一般的に以下の3つのタイプに区分できます。それぞれにメリット/デメリットがあるため、どのタイプを採用するかは自社の報酬ポリシーに基づいて決定することになります。

給与水準の等級間格差

重複型 接合型 開差型
解説 賃金レンジ同士が重複している 賃金レンジ同士は重複していない
なお下位等級の上限額と上位等級の下限額が接合している(=非重複部分に乖離がない)
賃金レンジ同士が全く重複しておらず、かつ非重複部分に一定の乖離がある
メリット 滞留者に対する昇給インセンティブを確保できる 年功的な運用を回避しやすい
  • 昇格インセンティブを確保できる
  • 実力・仕事と給与の間にミスマッチが生じにくい
デメリット 年功的な運用に陥りやすい 滞留者に対する昇給インセンティブを確保しにくい
  • 滞留者に対する昇給インセンティブを確保できない
  • 非合理的な昇格圧力が高まるおそれがある

 かつての年功的賃金制度の下では「重複型」のタイプが主流でしたが、近年では実力主義・仕事主義への移行に伴い「開差型」のタイプもかなり増えています。特に、役割給や職務給のような“仕事ベース”の基本給の場合、開差型のタイプを採用し、各等級の賃金レンジは広く設定しないケースが多いです。

3.基本給の設定水準

 基本給の設計において最も重要かつ悩ましいのが、「設定水準をどうするか」という点です。新しい基本給をどの程度の水準で設定するかによって、人件費インパクトが大きく変わるだけでなく、制度改定に対する社員の納得性にも大きな影響を及ぼすからです。

 人件費コントロールに偏った水準設定をしてしまうと、社員の納得性を大きく損なうリスクが発生します。逆に、社員の納得性を意識しすぎた水準設定をしてしまうと、人件費が大きく膨らむリスクが発生します。

 このようなトレードオフの関係の中で、落とし所としての最適な“水準設定”を見極めることが、賃金制度改革を成功に導くための鍵となります。

 基本給の水準設定に関する一般的な設計フローは、以下の通りです。

STEP1:新しい水準設定の方向性を決める

 賃金制度改革の目的によって、新しい水準設定の方向性も自ら決まってきます。具体的には、新しい基本給の水準を「①引き上げる/②引き下げる/③現状維持」のいずれにするかを決めることになります。

 例えば、新制度の改定目的が「人件費の高止まりを是正する」ということであれば、新しい基本給の水準は「引き下げる」方向になるでしょう。また、新制度の改定目的が「業界内において採用競争力のある報酬水準を設定する」ということであれば、新しい基本給の水準は「引き上げる」方向になります。

STEP2:ポリシーラインを決める

 ポリシーラインとは、各等級の基本給レンジにおける中心となる金額のことです(※あくまでも“設計上の中心金額”を意味するものであり、金額的な”中央値”を意味するものではありません)。 このポリシーラインを設定するにあたっては、設定ターゲットをどこに置くかがポイントになります。

 主な設定ターゲットとしては、以下の4通りです。

  1. ①業界水準(や世間水準)をターゲットに据える
  2. ②現行水準をターゲットに据える
  3. ③等級間格差をターゲットに据える
  4. ④上記①~④のうち、2~3つを同時にターゲットに据える

 設定ターゲットが決まると、当該ターゲットからの引き上げ/引き下げ幅を決めます。これについては、制度改定の方向性に基いて政策的に決定します。

 例えば、世間水準と同程度に設定するのであれば、引き上げ/引き下げ幅を設けずにそのまま世間水準をポリシーラインに据えることになります。また、現行水準からの引き下げを図るのであれば、引き下げ幅について検討することが必要になります。

STEP3:レンジを決める

 ポリシーラインが決まると、それを軸に等級別のレンジ(上限額/下限額)を設計します。ポリシーラインだけでなく、このレンジの長さによっても、基本給全体の水準が左右されます。

 レンジの設定方法にもいくつかの考え方やパターンがあり、昇給方式によっても変わってきます。以下に、最も一般的な「標準モデルベース/積み上げ方式」の場合のレンジの設計方法について列挙します。

  1. ①各等級の標準モデル年数を設定する
  2. ②ポリシーラインの金額から、標準モデル年数分の昇給額を差し引いた金額を、レンジの下限額として設定する(※標準モデル年数で各等級のポリシーラインに到達する設定とする場合)
  3. ③標準モデル年数を超える滞留年数を考慮した上で、レンジの上限額(=ポリシーラインを超える部分のレンジ)を設定する

 レンジを設計する際に注意すべきことは、レンジをポリシーラインから上方向に伸ばしすぎないことです。延伸の度が過ぎると、基本給テーブルが年功的になってしまい、人件費コントロールが効きにくい仕組みになるからです。

 以上のSTEP1~STEP3の設計フローは、あくまでも“理論的なアプローチ”になります。従って、上記アプローチで設計した基本給水準をそのまま採用できるケースはほとんどありません。最終的な基本給テーブルの確定までには、“個人別の移行シミュレーション”を何度も繰り返しながらテーブル金額を調整していくことになります。

 このようなシミュレーションと調整を通じて、賃金制度改定に伴う人件費インパクトや各人への影響度合い(特に、不利益変更性)を最適な落とし所に持っていくことになります。

 但し、この個人別移行シミュレーションでは、個人の“顔”が見えるが故に、往々にして経営者や制度改革メンバー等の“私情”が入り込みやすいので、注意が必要です。

4.昇給の仕組み

 等級ごとのレンジ(上限額/下限額)が決まると、次に決めるべきことは「レンジの中でどのように昇給させていくか」という点です。従来型の年功型賃金であれば、年齢や勤続年数、評価結果に応じて“積み上げ方式”で昇給していく仕組みがほとんどでしたが、昨今では人件費コントロールを意識した様々な昇給システムが採用されています。

 また、かつては「賃金改定=昇給」が一般的なパターンでしたが、この点についても近年では「賃金改定=昇給orステイor降給」が多くなっています。毎年自動的に全社員の給与を引き上げるような仕組みは、人件費コントロールの観点からは維持しづらく、また社員のパフォーマンスに応じた動機づけにも寄与しない、ということです。

代表的な3つの給与改定システムと、それぞれの特徴

代表的な3つの給与改定システム

・積み上げ方式

 これは、いわゆる従来型の昇給システムを指します。具体的には、年齢や勤続年数に応じて自動的に固定額が昇給していくパターンと、評価結果に応じて昇給額が異なるパターンの2つがあります。前者は年齢給や勤続給などの場合、後者は能力給や単一給ではない役割給・職能給の場合が該当します。

 給与を安定的に昇給させていくことは社員のモチベーション維持や帰属意識の向上につながるため、今後もこの「積み上げ方式」が給与改定システムの主になるでしょう。但し、適切な人件費コントロールやパフォーマンスに基づく公平性を実現するには、少なくとも評価結果に応じて昇給額に変化をつける仕組みが望ましいでしょう。

・ゾーン方式

 これは、積み上げ方式の変形タイプです。同一等級/同一評価であっても、基本給レンジ内の金額位置によって昇給額が異なる仕組みです。さらには、基本給レンジ内のある一定金額(※一般的にはポリシーライン)を超えると、評価によっては降給となるよう設計するケースもあります。

 この仕組みの特徴は、同じ等級に滞留し続けた場合には、同じ評価を取り続けても昇給額が下がっていく点です。標準滞留年数を超えても上位等級に昇格できない社員の昇給額を抑えることができるため、人件費コントロールや社員に対する昇格動機づけ等の観点では、積み上げ方式よりも優れた仕組みと言えます。

・洗い替え方式

 その名の通り、毎年の評価結果に応じて基本給の金額が上下変動する(可能性のある)仕組みです。一般的には、評価ランクごとに基本給の金額が固定的に設定されています。“定期昇給”という概念とは全く異なる給与改定システムであると言えます。営業職などの成果給や業績給として採用されるケースが多いです。

 営業職のように個人ごとのインセンティブが重視される職種や、組織業績の達成に向けて強いコミットメントが求められる管理職には、このような洗い替え方式の給与改定システムはフィットするかもしれません。しかしながら、それ以外の職種や階層に導入するのはかなりハードルが高いと言えるでしょう。

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