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"ベア"について考える

2014年03月06日 カテゴリ:賃金制度

執筆者:岩下 広文

人事戦略研究所 コンサルタント

大学卒業後、国内事業会社において人事・総務等の実務に従事。その後、人事アウトソーシング会社、及び、外資系大手コンサルティングファーム(※監査法人系)にて人事コンサルティング業務に従事した後、現職。人事評価・賃金制度構築や退職金制度設計だけでなく、組織・人事面における幅広いテーマでのコンサルティング経験を有する。人事の実務経験を活かした運用性の高い制度設計に定評がある。

小生の当ブログでは、「賃金設計講座」の題名の下、これまで基本給や諸手当の設計ポイントについて解説してきた。
今回は、この「賃金設計講座」は一旦小休止させていただき、賃金に関する今話題のテーマについて、小生なりの考えを述べておきたいと思う。 具体的には、「ベア(ベースアップ)」についてである。

■ ベアは必要か?
小生が人事コンサルの仕事に携わるようになってから既に10年以上が経過したが、この間、ここまで「ベア」というものが世間的に騒がれたことは記憶に無い。
言うまでもなく、今回については現在の首相の発言によって、ベアに対する世間の大きな関心を集めるようになった(ムードが作られた)というのが実態である。20代の若い社員の中には、今回はじめてこの「ベア」という言葉/考え方を認識するようになった方も多いのではなかろうか。

「デフレ脱却のためには賃上げが必要不可欠」という論調については、小生も「その通り」であるとしか言えない。経済学者でなくとも、「賃上げ→消費拡大→物価上昇」という極めて基本的な流れくらいは理解している。
しかしながら、どうしても疑問に思ってしまうことは、経済が成熟している日本において、「ベア」という概念で賃上げを実施することが本当に実態に即しているのか、という点である。確かに、昨年から日本経済全体は好転の兆しをみせており、かつ大手企業を中心とした決算状況も非常に好調ではある。従って、「デフレ脱却」という壮大な目的は無くとも、各企業が付加価値の適正配分や社員の動機付けといった観点から、何らかの形で人件費・賃金を増やすこと自体には妥当性がある。
ただ、日本経済や日本企業の実態を考慮すると、今回の賃金アップの方法として妥当なのは、やはり賞与の増額であると考える。少子高齢化という人口構造面での大きな問題を抱える日本において、今後、経済や企業業績が持続的/飛躍的に成長していくとは正直考えにくい。さらに言えば、少しのきっかけで経済や企業業績が再びマイナスに転じる可能性も多いにあると考える。
以上を踏まえて、昨年あたりからの経済好転・企業業績好調といった状況をもってして、長らく封印されてきた「ベア」を復活させるというのは、いささか短絡的であるように感じてしまうのである。

少し難しく書いたが、小生が実際に耳にする情報から推察しても、一部の"超"大手企業を除けば、今春の昇給時にベアを実施する企業はかなり限定的であると思われる。中には、「ベアなんて大手企業の話」と一蹴する中小企業の経営者もいらっしゃる。バブル崩壊後のこの20年間、非常に厳しい現実に直面してきた中小・中堅企業の経営者にとって、固定費の上昇につながるベアなど論外なのであろう。これが、日本企業の多くの実態である。

誤解されると困るが、ベアを実施することが悪いという訳ではない。仮に、日本企業の全てがベアを実施すれば、確実にデフレ脱却につながるであろう。労働者の士気も今まで以上に高まり、日本経済は新たな高度成長路線に乗るのかもしれない。
しかしながら、繰り返しになるが、極めて冷静に考えて、このまま日本経済や日本企業の好調さが安定的に持続していくかと問われれば、小生の考えでは非常に懐疑的である。故に、昨年からの状況だけを踏まえてベアを実施してしまうことに、どうしても違和感や問題意識を感じてしまうのである。

もし今回ベアを実施するのであれば、今後、経済や企業業績が落ち込んだ時には、その逆の「ベースダウン」も実施すべきである。言わば、日本経済連動型もしくは企業業績連動型の賃金改定制度の導入である。これはこれで、これからの時代に即した仕組みなのかもしれないが、現実的には給与を引き下げるのは難しいだろう。だからこそ、「賞与」で調整すべきなのである。

色々述べてきたが、ベアを実施するか否かは、結局、最終的には各企業が労使間で決める、もしくは中小企業であればトップの経営判断で決めるべき事柄である。経済的な合理性や裏打ちが無くても、ベアを実施することで社員の士気が高まるのであれば、単純に「それはそれでよいのでは?」と思わなくもない。小生だって、自らの給与が上がれば、(幾らかは)やる気が出ると思う。

今後、どのくらいの企業が実際にベアに踏み切るのか、興味を持って注視していきたいと思う。

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※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。