定年延長の失敗例 ~定年延長を目的化しないことの重要性~

定年延長を実施する企業が2024年以後も続々と増えてきています。元々企業で関心の高いテーマではありましたが、例えば2025年(厚生年金の報酬比例部分に関する支給開始年齢が65歳に引き上げられる、女性は5年遅れ)、2031年(国家公務員の段階的定年延長が65歳に到達して完了)などを定年延長を完了させる上での一つの期限として取り組む向きもあります。

 

一方で、定年延長を行うこと自体が目的化してしまい、社内体制の整備が整っていない状態で定年延長を急いでしまった結果、組織運営に悪影響を及ぼしてしまう例も少なくありません。

 

表1を見てください。A社、B社は何れも60歳定年-65歳までの再雇用制度を導入しており、再雇用時には定年前よりも職務/役割負担は減少し、同時に賃金も減少するという、企業一般に行われている雇用延長の仕組みを運用していましたが、このたび、両社とも65歳への定年延長を実施することになりました。

 

<表1> 65歳への定年延長事例

 

A社では定年延長を機に、これまで負担を減らしていた60歳以上のシニア層に対して現役同等の職務/役割を課しましたが、賃金水準は従来通り、定年前より下がったままの状態であったことから、当事者達から不満が続出することになっただけにとどまらず、50歳代の社員からも、将来に対する不安の声が聞かれるようになりました。

 

B社では逆に、定年延長を機に、60歳以上のシニア層に対して賃金水準を定年前と同等に戻しましたが、職務/役割負担は従来通り、定年前より下げたままの状態であったことから、賃金を引き上げた分の生産性向上を行うことはできませんでした。当事者達にとっては満足のいく定年延長ではありましたが、会社にとっては単なる人件費コストの上昇にとどまり、今後シニア層の活躍に向けた施策も行われていないことから、経営の観点で将来に対して不安を残す結果となりました。

 

以上、2社の事例をやや極端な対比として紹介しましたが、こうした事案は少なくありません。今後、A社においてはシニアの貢献度合いに見合った賃金処遇の仕組みを整備することが求められるでしょうし、B社においてはシニアの生産性を向上させるための、シニア活躍施策の取り組み(働き方改革を含めた職場環境整備、本業以外での活躍も含めたシニア活躍領域の拡大、リスキリングなどを含めたスキルアップなど)が求められるでしょう。

 

改めて、定年延長または再雇用期間の延長(65歳⇒70歳など)はあくまで手段なのであり、それ自体が目的化してしまうことは絶対に避けるべきであると考えます。

定年延長の導入を急ぐばかりに、本来的に重要な目的、すなわち雇用延長を機としてシニア層が活躍し続けられる組織を構築することが疎かになってしまうと、定年延長を行ったことが想定以上に組織に悪影響を及ぼす可能性さえあります。

 

一部の先進的な成功企業の例をみると、あくまで順番としては①シニアが活躍できる環境の構築⇒②定年延長、となっています。今後定年延長の取り組みを加速させようと考えている企業においては、ぜひ参考にしていただきたい考え方です。

執筆者

森中 謙介 
(人事戦略研究所 マネージングコンサルタント)

人事制度構築・改善を中心にコンサルティングを行う。業種・業態ごとの実態に沿った制度設計はもちろんのこと、人材育成との効果的な連動、社員の高齢化への対応など、経営課題のトレンドに沿った最適な人事制度を日々提案し、実績を重ねている。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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