評価結果に伴う減給はどこまで可能なのか?

以前お客様から、「評価結果が悪い社員に対して、基本給を“厳しく”減給する評価・賃金制度を導入したい」というご相談を頂きました。背景には、一定の等級に到達して以降、パフォーマンスが落ちているにもかかわらず、給与が高止まりしている社員が複数存在しており、改善行動も見られないため、抜本的な改革を行いたいとのことでした。

上記のようなご相談は、年々増加していると感じております。少子高齢化に伴う労働人口の減少が進み、労働市場の流動化が高まるに連れて、各社「優秀な人材の定着」を課題としておられます。こうした状況の中、限られた昇給原資から成果を上げている社員に報いる賃金制度を設計しようとすると、ローパフォーマーに対し“マイナス昇給”とすることは致し方ないのではと思われます。

 

減給について法律上はどのように定められているか

賃金の減額を伴う措置で考えられる方法としては、懲戒処分に伴う減給の制裁や、欠勤時の賃金控除、人事評価結果に伴う減給などがあります。このうち、法律上で上限が定められているのは懲戒処分に伴う減給の制裁のみであり、労働基準法91条において「総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」とされています。裏を返せば、制裁としての減給以外の賃金の減額を伴う措置については、法律上の制限はない、ということになります。

 

評価結果に伴う減給の限度に法律上の制限はない。ただし…

先述のように、法律上では評価結果に伴う減給に法律上の制限はないですが、実際にどこまで減給できるのでしょうか。結論から申し上げますと、法的に「ここまでは安全」といった明確な基準が存在しない、というのが実情です。というのも、過去日本の人事制度は、“職能等級制度“が主流であり、「能力≒賃金」が上がり続けることを前提としていたため、減給による裁判や判例が少ないためです。

ただ裁判では、評価制度の構造や運用自体に合理性があったかが問われたケースがあります。エーシーニールセン・コーポレーション事件は、低評価により降格した社員が、給与減額(金額にして18,000~6,500円・月給の3.4~1.3%)を不服として、減額分を請求した事案ですが、減額幅だけでなく、降格降給に伴う評価内容(目標設定に合理性があるかという点や、評価過程でフィードバックが行われているか)が合理的であったかが争点となりました。結果的に、降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕組みに沿った措置が採られた場合には、個々の従業員の評価の過程に特に不合理ないし不公正な事情が認められない限り、当該降給は許容されると判示されております。しかし、この合理性の判断基準が満たされるかどうかは、ケースバイケースであることに留意は必要です。

 

減給のある人事制度を導入する際の注意点

もし評価結果により減給する制度を導入する場合は、注意すべきことがあります。現行制度で、評価結果で賃金を下げる仕組みがないケースや、そもそも人事制度を導入していない企業様の場合、制度の導入は社員にとって、労働条件の不利益変更に該当すると判断される可能性があります。そのため制度導入には、A)事前に労働者からの同意を得るか、B)就業規則の変更内容を周知し、その内容が合理的である必要があります。

B)について、周知方法の例としては、改定内容を制度改定ガイドブックなどに明記した上で社員説明会を開催し、読み合わせを行うことなどが挙げられます。

また、改定内容が合理的であると認められるか否かについては、個別具体的に判断されることになりますが、制度導入の必要性や相当性、代償措置が考慮されているか、などが判断要素になると考えられています。代償措置の具体例をあげると、制度の導入直後に前制度の評価期間で査定され発生した減給については、数年間(筆者の支援先で多いのは2~3年間程度)の調整給を設定し、段階的に逓減するなどになるでしょうか。

なお、上記で挙げた周知方法・代償措置の具体例について、あくまでも筆者が考えた一例に過ぎず、これに従うと絶対に法的に安全、というわけではないことをご了承ください。

 

評価結果を、基本給ではなく賞与でメリハリをつけるのも一つの手

ここまで読み進めると、何の解決にもなっていないじゃないか…と思われるかもしれませんが、基本給ではなく賞与でメリハリをつけるという手もあります。労働基準法では、使用者に賞与の支払を義務づけてはおらず、裁量は基本給よりも大きいとされています。

そのため、評価結果や会社業績に応じて、賞与の支給額に大きなメリハリをある程度制限なくつけることが可能です。

 

前述のように減給額の上限に法的な安全基準がないことも踏まえると、法的リスクをとってまで大胆な減給を行うメリットは現状殆どないと筆者は考えます。現段階では減給額にこだわるのではなく、賞与でメリハリをつけたり、そもそも給与に見合わない社員を発生させない(年功的な昇格を防ぐ昇格基準の厳格化など)制度作りに焦点を当てるべきかと思います。

 

執筆者

鈴江 遼 
(人事戦略研究所 コンサルタント)

大学では人事組織経済学を専攻し、人的資本や行動経済学等の理論を学ぶ。企業内の人事ヒアリング調査を行った経験から、「人事制度の構築・運用のいろはを学び、会社経営の支援がしたい」という思いを持ち、新経営サービスに入社。
常に論理性と一貫性を保ち、本質を突いたアドバイスができるコンサルタントを目指し、日々挑戦している。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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