賃上げ問題について社員と共有する(その3)
〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑭〕
戦略的人事
■賃上げ問題について社員と共有する(その3)
今回のブログでも前回に続き、『パーパス(purpose)』をふまえた『賃上げ問題』について、社員と情報共有していくことの大切さについて述べていきたいと思います。
前回のブログでは、月給や賞与の水準などについて社員側にも同規模程度の世間水準に対して、自社はどうなのか?という点について知ってもらうことの大切さについて述べました。
今回のブログでは、『労働分配率』という指標について社員と情報共有する大切さについて述べていきたいと思います。
『労働分配率』というモノサシを社員と共有し、社員が自社の『労働分配率』状況も理解し、付加価値向上や企業変革を進めていく文化を形成することは今後の企業経営においても大変重要なポイントとなってくるかと思います。そのような前提もふまえてお読みいただければ幸いです。
・大企業の労働分配率は40%以下、中小企業の労働分配率は70%以上
『労働分配率』とは企業が生み出した付加価値を給料や賞与などの人件費として、働く人にどれだけ分配したかを示す指標で、人事制度や賃金制度を考える上でも大変重要な指標の1つです。
自社の賃上げが今後もどれだけ可能か?言葉を変えれば、今後も賃上げを実現していくために企業としての余裕が現在どの程度あるか?などを考える際に、労働分配率は切り離せない重要な指標です。
日本経済新聞社の調査によると、財務省が発表した2025年1〜3月期までの法人企業統計調査の結果をもとに、労働分配率について年度ベースで計算したところ、規模が大きい企業ほど労働分配率については低下している調査結果となりました。
例えば、資本金の区分で労働分配率を比較した場合、
・資本金10億円以上の大企業の労働分配率は36.8%と前年度から1.3ポイント低下
・資本金1億〜10億円未満の中堅企業の労働分配率は59.9%で前年度から0.7ポイント低下
その一方で、
・1000万〜1億円未満の中小企業の労働分配率は70.2%で前年度から0.1ポイント上昇
このような結果となっています。
(株式会社日本経済新聞社2025年7月16日発表記事より引用)
今回の日本経済新聞社の調査以外にも労働分配率に関する調査はこれまで様々な機関で調査されてきました。調査データの内容や実施年度によって結果となる数値の差は多少ありますが、大まかな傾向としては、大企業の労働分配率は40%台あたりを推移し、中小企業の労働分配率は70%台あたりを推移するような格差トレンドはほぼ変わっていないように思います。
加えて、このような調査結果をみていくと、社員の平均年収水準の高い企業(多くは大企業)ほど労働分配率が低くなる傾向も読み取れます。そして、このような傾向やパターンは今後も続いていくように思われます。
・社員の年収水準は高く、労働分配率は低い企業を目指そう
社員の年収水準が高いのに労働分配率は低いということは、社員1人当りにおいて稼ぐ利益(付加価値)が大きい(高い水準である)。ということになります。
非常に大雑把な言い方をすれば、企業として利益額や利益率の高いビジネスをしており、高い年収を社員に支払っても、稼いだ利益(付加価値)全体の中で占める人件費の割合は結果として低めとなる。ということになります。
一方で、多くの中小企業においては、ここ近年は賃上げ傾向が続いたこともあり、労働分配率は徐々に上昇している傾向があり、稼いだ利益(付加価値)に対して、人件費が占める割合が高くなってきています。
・労働分配率は60%以内を目指そう
労働分配率についての適正な水準については、業種や業態ごとの差は若干ありますが、できれば60%以内となっていることが健全です。一般的には労働分配率が70%を超えてしまうと稼いだ利益(付加価値)を圧迫して、経営が厳しくなりがちです。
勿論、コンサルティング業のようにビジネスモデルがヒト中心の労働集約型業務で、ヒト以外にそれほど大きな設備投資があまり要らない業種と製造業のようにヒト以外の工場や機械などに大きな設備投資が必要な業種との比較においては、労働分配率の適正値も少し異なることも事実です。
しかしながら、どのような業種・業態の企業であっても、自社の3~5カ年の「収支計画」や新たな投資を見込んだ「投資採算計画」などを綿密に作成していただくと、労働分配率が70%以上を超え、高くなっている状態であるほど、数年先の経営が厳しくなりやすいことが見えてくることが多いものです。
例えば、売上や利益が少し下がったりすれば、途端に収支状況が悪化し、経営に余裕がなくなりやすいことや新規投資のためにつぎ込んだ資金の回収が難しくなることなどが数字上でハッキリ実感できると思います。
(但し、自己資本比率も高く、企業として内部留保にも大変余裕のある企業の場合は、少々、赤字決算となっても持ちこたえる力はありますが、そのような企業は全体の中で少数派だと思いますし、そのような企業でもいつまでも利益がでない状態を続けるわけにもいきません)
・自社の年収水準を高くしていくためにも労働分配率指標を社員と共有する
以上、労働分配率について述べてきましたが、社員の年収水準を高めていく企業づくりをしていくためにも労働分配率というモノサシを社員と共有していくことも必要な時代となってまいりました。(特に中小企業ほど労働分配率という指標の共有が大切です)
しかしながら、中小企業の現場では、未だに労働分配率という指標については知らない社員も一定数おられるように思います。
そのような社員の方が多い場合は賃上げに関するニュースなどの見出しに出てくる大企業などの初任給額や賞与額の数字については知っていたとしても、自社の労働分配率については、知らないし、意識したこともないため自社の給与や年収水準の捉え方についても誤解が生じやすくなります。(ニュースで知った金額水準よりも自社は給与や年収水準が不当に低いなどと誤解してしまいモチベーションや定着率が下がるケースなどもあります)
上記のような誤解を避けるためにも、まずは社員の方にも自社の利益(付加価値)と自身の年収水準がどのような関係にあるかについて理解してもらうことが大切です。
そして、これからの時代は自社の年収水準が他社と比べてどうなのか?を論じるだけでなく、合わせて自社の労働分配率の状況や利益率、付加価値を生み出す生産性についても他社と比べてどうなのか?を考え、対策を講じることが重要です。
社員の年収水準向上も含めて、より良い企業となっていくためにどのような取り組みが必要となるかを労使双方で考え、必要な取り組みを労使双方で協働し、徹底していくことが組織マネジメントにおける重要なコツの1つとなってくることと思います。
次回は、今回のブログ内容もふまえて、付加価値を高めるための戦略と『パーパス(purpose)』の関係性について述べたいと思います。
<関連リンク>
■賃上げ問題について社員と共有する(その1)
https://jinji.jp/hrblog/14510/
■賃上げ問題について社員と共有する(その2)
https://jinji.jp/hrblog/14854/
執筆者

花房 孝雄
(人事戦略研究所 上席コンサルタント)
リクルートグループにて、社員の教育支援に従事。その後、大手コンサルティング会社にて業績改善のためのマーケティング戦略構築などの支援業務に従事。現在は新経営サービスにて大学の研究室、人材アセスメント機関などとの連携による組織開発コンサルティングを実施中。主な取り組みとして、人的資源管理研究における最新知見を背景とした「信頼」による組織マネジメントや企業ビジョンやパーパスを構造的に機能させるビジョン浸透コンサルティングを展開中。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
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