70歳雇用義務化に向けて何をすべきか
人事制度
昨今の労働人口の減少に伴い、就労年齢を引き上げてシニアに活躍してもらう環境を整備していくことは日本企業にとって必要不可欠となっています。
2021年には「70歳までの就業機会確保措置」が努力義務化され、今後は65歳定年や70歳までの雇用の法的義務化に向けた動きが、本格化してくることになります。
ところが現実的には65歳までの雇用義務化に伴う再雇用事情においても、企業が抱える課題は少なくありません。特に筆者の顧客企業先で多く聞かれるのは「再雇用者のモチベーションの低下」です。具体的には「急激にパフォーマンスが落ちている」「周囲に会社への不満を漏らしている」など、風土への悪影響を懸念されているケースがあります。
これらの背景には「仕事内容がほとんど変わらないのに給与が下がったことに対する不満」や「役職を降りたことによる喪失感」などが生じていると考えられます。
特に中小企業においては定年前と定年後の職務内容を大きく変更することは難しいため、シニア社員の処遇の変化に対する不満が生じやすい傾向にあるといえます。ならば給与を下げずに雇用できればよいのかもしれませんが、簡単ではないのが現実です。採用難による初任給引上げや物価高による賃上げの動き、さらに最低賃金の大幅な引き上げが企業の人件費事情を厳しくしています。そんな中、定年再雇用後の社員の給与維持を優先することは困難といえるでしょう。
そんな中、賃金が多少下がったとしてもシニアの勤労意欲を下げずに活躍してもらうにはどのような対策をとっていけばよいのでしょうか。今回は2つの観点でご紹介していきます。
1:ミッションを明確にする
再雇用になると、たとえ仕事内容に大きな変化がなくとも、役職から外れるなど「担う役割や立場」が変わってきます。会社側としても求めたい役割が変化しているにも関わらず、そのことがお互いに共有できていないケースが見られます。まずはシニア社員一人ひとりに対して求める役割や責任を明確にしておく必要があります。
そこでお勧めしたいのは「目標管理制度の活用」です。シニア社員に求めたい役割や責任は、所属する組織の状況や職種により異なることも多いため、一人ひとりにあった目標設定をしていくことが大切です。具体的な進め方としては、目標設定の前にきちんと時間をとって面談を行い、組織や上司からの期待事項を直接本人に伝達するようにしましょう。「経験のある〇〇さんだからこそ、ぜひ△△の実現に貢献してほしいと思っている」というような形でいわゆる「その人のミッション」を明確にしていくとよいでしょう。そして例えば「専門的な技術力や技能の伝承」が重要なテーマであるならば、「誰と誰に対して指導し、何を、いつまでにできるようにするのか」というレベルまで落とし込みを行い、「何をもって達成とするのか」を具体化しておくことが重要です。そして、目標に対して評価を行い、達成度に応じて賞与などに反映できれば、より動機付けにつながるでしょう。
ハーズバーグの二要因理論によれば、人が動機付けされる要因として「承認」「達成感」「責任」などが重要である、とされています。給与面では反映できなくとも「目標に対する達成感」と「承認」、「組織に対して一定の責任を負っている」という認識をもってもらうことがシニア社員の意欲向上につながるのではないでしょうか。
2:キャリアを考える機会をつくる
次に考えておきたいのが、事前準備です。
定年が近づいてくると、立場が変わっていくことについてはシニア社員の方々も自覚をしています。ところが「どのような働き方をするべきか」「求められる役割がどうなるのか」について漠然としたままで、十分に考えを深めることができていないケースが多いのではないでしょうか。そしてうまく切り替えができないまま再雇用を迎えてしまうと、身の置き方に迷ってしまうことが考えられます。
そこで定年を迎える5~10年位前から、シニア社員に自身のキャリアを考えてもらうための面談や研修などを実施していくことをお勧めします。「自身が定年後のキャリアをどうしていきたいのか」を考え、自らの意思を明確にする機会を意図的に設けることで、「主体的な目標」をもってもらうことが大切です。必要に応じて外部専門家なども活用し、一人ひとりの価値観や強みなどを掘り下げ、自身のキャリアを「上へあがる」ことではなく「横に広げる」「深化させる」など、思考の幅を広げる助力をしていくことで、キャリア転換へのイメージを、より具体的に描いてもらうことが可能になります。
昨今はリスキリングの重要性から、セルフ・キャリアドック制度などを取り入れる企業も増えています。特にシニア層においては、少し早めにキャリア観を再構築できるように会社からも働きかけを行っていくことが重要ではないかと考えます。
70歳雇用時代に向けて、法的対応やハード面(制度面)の整備だけでなく、むしろソフト面で丁寧な対応を行っていくことが、シニア社員の方々の貢献意欲を引き出し、真に強い組織を創ることにつながっていくのではないでしょうか。
執筆者
川北 智奈美
(人事戦略研究所 マネージングコンサルタント)
現場のモチベーションをテーマにした組織開発コンサルティングを展開している。トップと現場の一体化を実現するためのビジョンマネジメント、現場のやる気を高める人事・賃金システム構築など、「現場の活性化」に主眼をおいた組織改革を行っている。 特に経営幹部~管理者のOJTが組織マネジメントの核心であると捉え、計画策定~目標管理体制構築と運用に力を入れている。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
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