2023年の初任給平均の実態と今後

昨今の物価上昇や政府要請に伴う賃上げを背景に、初任給を引上げる企業が増えています。
ますます厳しくなる採用市場において、優秀な人材を確保するために、引上げざるを得ないという企業様が多いのではないでしょうか。
まずは2023年の初任給の平均水準がどの程度になっているのか、みていきたいと思います。
 
一般社団法人労務行政研究所が5月12日に、「2023年決定初任給の水準」の調査結果の速報値を公表しています。調査対象は、今年の3月下旬から調査を開始し、4月11日までに回答のあった、東証プライム上場企業1784社のうち157社となっています。
調査によれば、23年度の初任給額は、高卒(事務・技術)で183,388円、大卒で225,686円(原則として時間外手当、通勤手当を除く諸手当込の所定内賃金額)となっています。また同一企業における前年からの上昇率は、高卒で3.7%、大卒で3.1%です。日本経団連が5月19日に発表している、2023年の春季労使交渉の1次集計結果による「大手企業の定期昇給とベースアップ(ベア)を合わせた賃上げ率3.91%。今年のベースアップ水準に比例して、初任給水準も上昇しているといえます。(図表①)

 

2023年決定初任給の水準

また、学歴ごとの初任給の分布は以下のようになっています。(図表②)
 

2023年決定初任給の水準

高卒では、「17.5万円以上18.0万円未満」が23.8%、「18.0万円以上18.5万円未満」が17.9%、「18.5万円以上19.0万円未満」が16.7%です。また高卒初任給において18万円以上の初任給を支給する企業の割合は、合計57.3%と半数以上を占めています。
一方で大卒では、「23.0万円以上23.5万円未満」が16.7%と最も多く、ついで「21.5%以上22.0%未満」が15.0%、「22.0万円以上22.5万円未満」が14.2%となっています。また大卒初任給を22万円以上支給している企業の合計は66.0%で、約3分の2となっています。
20年以上中小企業の賃金を取り扱ってきた中で、いよいよ大卒の初任給が22万円台に突入した、という印象です。
 
では中小企業における初任給の状況を見ていきましょう。
中小企業における2023年の各調査期間におけるデータは、まだ多くはないものの、図表③は、東京都労働局が都内各公共職業安定所で受理された2023年卒の学校卒業者の求人初任給を調査したものです。東京都のデータですので、全国の都道府県では一番高い水準ではあるものの30人以上規模企業においては、大卒(専門・技術)でおおよそ22万円水準となっていることがわかります。
またこのデータで興味深い点は、企業規模が大きいからといって、必ずしも高い初任給を設定しているわけではないことが見てとれます。
企業規模の大きい企業においては、応募者から見て安定感が魅力となり、むしろ一定の給与水準であれば人材の確保がしやすい面があり、逆に企業規模が小さければ、募集賃金を引き上げて給与面での魅力を打ち出さざるを得ないのが実情ではないでしょうか。

 

令和5年3月新規学校卒業者求人初任給調査結果

このような背景の中、政府からは「新しい資本主義の実現」に向け、最優先で「構造的賃上げに取り組む」との発表があり、経団連側もこれに沿った方針を表明しています。
つまり2024年以降についても、相応のベースアップ・賃上げが想定される中、当然ながらこれに伴う初任給の引上げ傾向が続くと考えられます。
もちろん人件費を引き上げる余裕のある企業であれば、純粋に給与水準を引上げればよい、ということになります。ところが、中小企業にとっては収益構造上そう簡単にはいかないケースも多いことでしょう。
弊社支援先においても、初任給の引上げを検討されている企業の多くは、全体の総額を変えずに、賞与支給率を引き下げ、給与比率を引き上げる形で対応されているケースが少なくありません。
 
下の図表④⑤は、令和3年11月に内閣官房が法人企業統計調査をもとに作成した「賃金・人的資本に関するデータ集」から抜粋した大企業・中小企業それぞれの財務動向(2000年と2020年の比較)を示したものです。
 

大企業の財務の状況(資本金10億円以上の企業)

中小企業の財務の状況(資本金1千万円以上1億円未満の企業)

(図表④⑤)出所:内閣官房 「新しい資本主義実現会議(第3回)『賃金・資本に関するデータ集』」
 
大企業では、2000年から2020年にかけて、経常利益が+91.1%、内部留保が+175.2%であることに対し、中小企業では経常利益が+14.9%、内部留保が+92.0%となっており、中小企業側の収益力は大企業に追いついていません。もちろん企業側の付加価値向上努力等の影響が大きいとはいえ、中小企業においては大企業と比較して価格転嫁が進みにくい構造にあることも大きな要因です。
 
構造的な賃上げの実現には、企業側の生産性向上努力、リスキリングなどによる人的付加価値の向上に加え、大企業の利益が中小企業に還元されるような循環構造が必要ではないかと考えます。それでこそ中小企業も含めた持続的な賃上げの実現につながるのではないでしょうか。
 
出所
・一般社団法人労務行政研究所 「2023年決定初任給の水準」
・東京都労働局 「令和5年3月 新規学校卒業者求人初任給調査結果」
・内閣官房 「新しい資本主義実現会議(第3回)『賃金・資本に関するデータ集』」

執筆者

川北 智奈美 
(人事戦略研究所 マネージングコンサルタント)

現場のモチベーションをテーマにした組織開発コンサルティングを展開している。トップと現場の一体化を実現するためのビジョンマネジメント、現場のやる気を高める人事・賃金システム構築など、「現場の活性化」に主眼をおいた組織改革を行っている。 特に経営幹部~管理者のOJTが組織マネジメントの核心であると捉え、計画策定~目標管理体制構築と運用に力を入れている。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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