資格手当の傾向と検討ポイント
賃金制度
1.資格手当の傾向
資格手当とは、企業が定める特定の国家資格や民間資格を取得・保有した場合に支給される手当のことを言います。厚生労働省が令和2年に実施した就労条件総合調査では、導入している企業の割合は50.8%となっています(但し、資格の取得・保有に関係なく、技能・技術のレベルに応じて支給される手当も含まれていると推察されるため、今回のテーマである「資格手当」の導入率はそれ以下と考えられます)。
この資格手当ですが、同調査を過去に遡ると、近年微増傾向にあることが伺えます(以下のグラフ参照)。
2.傾向の背景
この傾向は何を背景としているのでしょうか。ここからは筆者の推測となりますが、大きく2つの背景が影響しているように思います。
①人材確保の難しさ
一つは、労働人口減少に伴う人材確保の難しさです。例えば、人材の採用力を強化するために、或いは社員の定着を促すために、資格手当を解決アプローチの手段の一つとしている企業も見受けられます。
〈とある建設業の事例〉
いくつかの資格の保有者数が売上高に大きく影響するという企業でのお話しです。採用を通じて有資格者を増やしていきたい、或いは既存社員に積極的に資格取得を目指してもらいたいという想いのもと、賃金制度の改定に伴って資格手当の新設に踏み切りました。資格手当は、毎月の手当として支給される仕組みとし、理論上は資格手当だけで月額10万円超えも可能な金額設定としました。金額設定については様々な意見がありましたが、有資格者の必要性や、有資格者の採用・育成コストを考慮すると妥当であるという判断のもと、経営陣の本気度を社内外にアピールされたとのことでした。
②リスキリングの必要性
一つは、環境変化に対応するために、職務遂行上で必要とされる新しい知識やスキルを学ぶ必要性が高まってきていることです。あくまで資格取得は一つの手段でしかないですが、社員に学ぶ姿勢を意識づけるため、或いは知見を広げて生産性を高めていくために、資格手当を設定されている企業も見受けられます。
〈とある不動産業の事例〉
より高い付加価値を提供していくために、改善の意識を大切にされている企業でのお話しです。改善のために社員の学ぶ姿勢を伸ばしていきたい、或いは生産性向上に向けて、部署を超えて知見を広げてもらいたいという想いのもと、資格手当の新設に踏み切りました。資格手当は、一時金として支給される仕組みとし、各社員の職務内容に限定することなく、多岐にわたる資格が手当の対象として設定されました。対象となる手当の設定については効果性について様々な意見が出てきましたが、社員の意欲を大切にしたいこと、職務を超えて知見を広げることが生産性向上に向けた改善に繋がると考えられることを踏まえて判断されたとのことでした。
3.資格手当導入に向けた検討のポイント
資格手当の傾向と、その背景についてご紹介しました。自社の課題によっては、資格手当の導入を検討してみることも一つの解決アプローチになるかもしれません。続いては、資格手当導入に向けた検討論点について触れていきます。
① What(対象となる資格は?)
資格手当の支給対象となる資格を検討します。業務を遂行する上で保有が必須もしくは望ましい資格、市場価値の高い資格等、自社の課題に応じて設定していきましょう。但し、設定にあたっては職種間のバランスの説明ができることに留意が必要です。例えば、特定の職種における資格のみが対象として設定されている場合、その他の職種に従事している社員が不公平感を抱くおそれもあります。事業戦略や方針に合うのであれば、いずれの職種であっても対象となる資格が設定されている状態を目指すことも一案です。そうでないのであれば、事業戦略や方針上、意図的に特定の職種における資格を対象とした旨を丁寧に説明することが肝要です。
② Who(支給対象者は?)
資格手当の支給対象者を検討します。対象となる資格を取得した際に、全社員を支給対象者とするのか、特定の部門の社員のみを支給対象者とするのか、或いは業務に使用する場合に限って支給対象者とするのか等、自社の課題に応じて設定していきましょう。但し、設定にあたっては、①のときと同様に社員間の不公平感に留意することが必要です。
上記、不公平感についてはそれぞれの立場によって見方が変わるため、完全に排除することは困難です。自社の事業戦略や方針、課題と照らし合わせて矛盾のない設定とし、その考え方を丁寧に説明していくことが肝要と言えるでしょう。
③ When(支給形態は?)
資格手当の支給形態を検討します。対象となる資格を取得した際に、毎月の手当として支給するのか、毎月の手当として期限付きで支給するのか、或いは合格報奨金として一時金で支給するのか等、自社の課題に応じて設定していきましょう。
また、手当として支給する場合には、資格手当の純増金額のみではなく、残業手当の算出にも影響することに留意が必要です。
資格手当の金額や対象者数、月間平均残業時間の想定等にも依りますが、上記例の場合では、資格手当による年間賃金上昇金額の16%程度を占める金額が残業手当として影響してくることが分かります。誤差としては大きな数字となるため、コストシミュレーションに織り込んでおくことが肝要です。
④ How much(支給金額は?)
資格手当の支給金額を検討します。毎月の手当、もしくは一時金としていくら支給するのか、自社の課題に応じて設定していきましょう。その際には、Webサイトの記事や統計調査で相場が確認できる資格も多くあるため、世間相場を参考にしてみることも一案です。また、支給金額の設定にあたっては、賃金水準の社内公平性に留意することも必要です。例えば、前述の「とある建設業の事例」は、資格を多く有している一般社員が、資格をあまり有していない管理職の賃金水準を上回るという事象にも繋がり得る仕組みとなっています。本事例のように意図的にそうしたということであれば問題ないですが、予想外に賃金の逆転現象が発生してしまった(最悪の場合、資格手当の廃止や減額を迫られる)ということにならないようにモデル年収をシミュレーションしておくことが肝要です。
以上、本稿では資格手当の傾向とその背景、導入に向けた検討論点についてご紹介しました。最後に、自社の課題解決のための一つの手段となり得る資格手当ですが、一度導入してしまうと一方的な廃止や減額が困難である(不利益変更にあたるため、例えば、社員への説明や同意を得るといった然るべき対応が必要であるとともに、社員のモチベーション低下や離職等のリスクも懸念される)ことには留意が必要です。資格手当の導入を検討される際のご参考にいただけますと幸いです。
執筆者
辻 輝章
(人事戦略研究所 コンサルタント)
自らの調査・分析を活用し、顧客の想いを実現に導くことをモットーに、国内大手証券会社にてリテール営業に従事する。様々な企業と関わる中で、社員が自ら活き活きと行動できる企業は力強いことを体感。"人(組織)"という経営資源の重要性に着目し、新経営サービスに入社する。
第一線での営業経験を活かして、顧客企業にどっぷりと入り込むことを得意とする。企業が抱える問題の本質を見極め、企業に根付くソリューションを追及することで、"人(組織)"の活性化に繋がる実践的な人事制度構築を支援している。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。