中小企業が人事制度を導入する際の留意点②
人事制度
前回のブログでは、中小企業が人事制度を導入する際の留意点について、前半の3つのポイントをお伝えしました。今回は、後半の3つをご紹介していきます。
4:ルールを厳格化しすぎない
人事制度設計の際には、たくさんのルールを検討、決定していく必要があります。例えば①昇進昇格基準、②人事評価のランク(A、B、Cなど)決定基準、③給与の改定基準、④賞与支給基準などです。どれもこれもルールだらけです。制度ですからルールを設定するのは当然のことではありますが、この時に注意すべきは、「ルールを厳格に定めすぎない(厳格に表記しすぎない)」ということです。理由は、ルールを厳格にしすぎると、「守れないことが発生する」可能性があるからです。
どういうことかと申しますと、中小企業ではじめて人事制度を導入される場合、導入前の査定や賃金決定ルールはどのようになっていたのか、振り返ってみてください。恐らく社長や一部の経営幹部層の考えを中心に決定されていたのではないでしょうか。
このような場合、仮に様々な議論を経て制度のルールを確立したとしても、制度導入後、ルール通りの結果が出たあとに問題が生じることがあります。具体的には、社長が「少し手心を加えたい」とおっしゃることがあります。これは実際にご支援していると結構な頻度で起こりえるのです。お気持ちはわかりますが、ルールを破ると社員さんの制度へのロイヤリティも低下する要因になりかねません。
そこで、ルール作成の際に少し緩めた形で設計をしておくと、制度内でルールを破らずに運用することが可能になります。例えば、賞与の算定方法について、以下のような基準を設定しているとします。
個別賞与支給額 = 基本給 × 賞与評価係数 × 賞与支給率
このルールでは、S評価の人が一番評価が高く、最も多い掛け率で賞与がもらえます。逆に評価がDになると、基本給×0.8になります。ところが、評価Dをとった社員が、本人の努力と関係のない不可抗力的要因で評価が悪くなった場合はどうでしょうか。
ルール通りに計算すれば、救済の余地はありません。そこで、以下のような計算式にしておくと、この問題は解消します。
個別賞与支給額 = 基本給 × 賞与評価係数 × 賞与支給率 ± 役員調整
つまり、何かあった時に役員の方で調整可能な計算式を提示しておけば、ルールを破ることにはなりません。ただし、役員調整幅をあまり大きくしすぎると制度への信頼を損ないますので、例えば「役員調整は、賞与原資の10%の範囲内で実施することがあります」という注記をしておくとよいでしょう。
人事制度はルールを定めるものではありますが、一律にルールに従えばよい、ということではありません。制度の目的のひとつは「社員の頑張りが公平・公正に評価され、処遇に反映されること」です。その主旨に沿っていることを前提として、人事制度を作成する際にはルールを厳格化しすぎず、一定の「調整弁」を持たせておくことがポイントです。このような設計をしておくことで、ちょっと手心を加えたいケースが生じても、対処することができます。ただし、複数の眼から見て納得できる場合のみ調整可能とするなど、1人の独断で決めるような形にならないよう留意された方がよいでしょう。
5:運用主体者を決めて、責任意識を育む
5つ目のポイントは、「責任をもって運用する人」を定めておくことです。
これまで多くの企業において、制度策定から運用までのご支援をしてまいりましたが、人事制度をうまく運用されている企業には、共通点があります。個人的な意見ですが、そのひとつは「人事制度に対する意識が高く、問題が生じても誠実に向き合って対処されている方がいらっしゃること」です。中小企業の人事制度においては、これが一番大事だと考えています。
人事制度は、自社の風土やマネジメント構造などに合わせ、時間をかけて検討を重ねても、実際に導入してみると、様々な問題が生じます。「評価結果にバラつきが生じる」「事業の環境変化によって評価項目が合わなくなる」などが典型的な例です。それらの問題に対して、ひとつひとつ丁寧に検討し、解決していくことが求められます。これを自分事としてコツコツと対応してくれる担当者が必要です。社員の不満の声を聞き取りながら、必要であれば制度の微調整や修正の提言を行い、よりよい制度に育ててくれる「核となる人」がいるか、いないか、が制度運用の成功のカギといっても過言ではありません。
この主体となる人を醸成するには、制度設計の検討プロセスから巻き込み、制度がどのように考えた結果成り立っているのか、という根本的なところを理解してもらう必要があります。そして社長と制度運用の主体者の間で、人事制度を導入するに至った目的と重要性をしっかりと共有いただきながら、制度設計・導入を目指してください。
6:最初から完璧を求めない(制度を育てる意識をもつ)
最後に、中小企業が人事制度を導入する際には、「最初から完璧を求めすぎない」ということを念頭に進めていただくことをお勧めしておきます。
前述しましたが、人事制度はどれだけ検討を重ねても、実際に導入・運用していくと問題が生じてきます。重要なことはその問題を放置せず、一つ一つ丁寧に対処していき、より自社に適した制度へ育てていくことです。実際に私のご支援先では「設計4割、運用6割」くらいのバランスでエネルギーを注いでもらうようにお伝えしています。
はじめから完璧にしようと制度設計フェーズで労力をかけすぎず、「走りながら考える」くらいでちょうどよいのではないかと思います。
2回に亘って、中小企業が人事制度を導入する際の留意点をお伝えしてまいりました。
あまり一般的な考えではない内容も含まれているかと思いますので、疑問点などがございましたら、お気軽にお問い合わせください。
執筆者

川北 智奈美
(人事戦略研究所 シニアコンサルタント)
現場のモチベーションをテーマにした組織開発コンサルティングを展開している。トップと現場の一体化を実現するためのビジョンマネジメント、現場のやる気を高める人事・賃金システム構築など、「現場の活性化」に主眼をおいた組織改革を行っている。 特に経営幹部~管理者のOJTが組織マネジメントの核心であると捉え、計画策定~目標管理体制構築と運用に力を入れている。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。