中小企業が人事制度を導入する際の留意点

今回は「中小企業が人事制度を導入される際に気をつけていただきたいこと」をお伝えしたいと思います。中小企業が初めて人事制度を導入される場合に、一番考慮すべきことをひとことでお伝えすると「運用のしやすさ」です。人事制度は、構築にも手間と時間がかかりますが、それ以上に「制度運用を軌道に乗せるまで」が大仕事です。この導入初期をよりスムーズにしていくために、制度策定時に気を付けていただきたいポイントをご紹介します。

 

【中小企業が人事制度を導入する際の留意点】

 

1:できるだけシンプルなものにする

2:目標管理制度の活用は慎重に検討する。

3:各部署のキーマン(評価者)は、制度策定時に巻き込んでおく

4:ルールを厳格化しすぎない

5:運用主体者を決めて、責任意識を育む

6:最初から完璧を求めない(制度を育てる意識をもつ)

 

1:できるだけシンプルなものにする

制度を初めて導入する際には、できるだけシンプルなものにしてください。なぜなら制度が組織に浸透し、きちんと運用できる状態に至るためには、まずは社員一人ひとりが正しく制度を理解する必要があるからです。
 
例えば、①評価点はどのようにして算出されるのか、②その評価点がどこに反映されるのか、③どんな評価をとれば何にどの程度反映されるのか、などを理解する必要があります。この理解が進むことで、社員が人事制度を自分事として捉え、自身の能力向上に活用していこう、という前向きな姿勢へとつながっていきます。
 
複雑であればあるほど理解が難しくなり、制度への無関心を招いたり、形骸化させることになりかねません。まずはできるだけコンパクトに、シンプルな制度づくりを心がけていただければと思います。

 

2:目標管理制度の活用は慎重に検討する

目標管理制度は、大手企業を中心に多くの企業が採用しているといわれるしくみです。各人ごとに設定するため、仕事の実態に則して目標設定できることが最大の利点です。但し、人事制度をはじめて導入する際に目標管理制度を活用しようとすると、制度運用が軌道に乗るまでに膨大な手間と時間を要することになります。
 
よくある例では、①部下が適正な目標内容、達成水準を設定できない、②目標設定内容と達成水準のレベル感が人によって違いすぎる、③評価の際の評価者の目線が合わない、など数多くの課題に遭遇します。これを一つずつ適正な目標設定、評価基準にする作業が必要です。具体的には、上司と部下間で複数回の面談をする、管理職が集まってレベル合わせの会議を何度も開催する、ということになりかねません。中小企業においては評価者である上司のほとんどがプレイングマネージャーであり、この時間を割くことは非常に難しいのではないでしょうか。かといって、そのプロセスを踏まなければ、制度が効果的に機能しません。
 
目標管理制度を評価に活用することは可能ですが、運用における手間を十分に想定し、自社のマネジメント構造が、それに耐えうる状態であるか、よく検討して導入を判断されるとよいでしょう。

 

3:評価者を制度策定時に巻き込んでおく

人事制度をうまく機能させるために最も重要なことは「評価に対する社員の納得度を高めること」です。どんなに精密な制度を作成しても、社員の納得度が低ければ、制度への信頼が失われるだけでなく、不満要因となってしまいます。社員の納得を高めるためには、
 
・評価内容(項目や基準)が実態に則していること

・評価が、公平・公正に行われていること

・評価結果を適切にフィードバックすること
 
などがポイントになります。これらを適正に保つためのキーマンが「評価者」です。
 
例えば、制度策定時には、評価内容が各部署の業務実態に合っているかどうか、現場をよく知る部門長(評価者)に検証しておいてもらう必要があります。また制度導入後においても、評価内容が実態に合わなくなれば修正を加えていくことになりますが、その際にも各部門長からの主体的な提案があれば、よりスムーズに改定できます。
 
ゆえに評価者には制度策定時から関わってもらい、制度への深い理解を促すと同時に、「自分は制度を作成した当事者である」という認識をもってもらうことが重要です。
 
制度運用上でも同じことがいえます。例えば評価調整会議を実施する場合、評価者同士で話し合いながら各評価基準に対する認識のすり合わせをしていきます。この際、評価者が策定時から関わっていれば、基準に対する共通認識をもつことが容易になります。
 
また制度内容への理解が進んでいれば、部下へのフィードバックの際も、より具体的な説明やアドバイスができ、部下の評価への納得度が高まりやすくなるでしょう。
 
制度策定の際には、できるだけ評価者を巻き込み、制度への深い理解や当事者意識をもってもらえるようにしておくことをお勧めします。

 

4:ルールを厳格化しすぎない

人事制度設計の際には、たくさんのルールを検討、決定していく必要があります。例えば①昇進昇格基準、②人事評価のランク(A、B、Cなど)決定基準、③給与の改定基準、④賞与支給基準などです。どれもこれもルールだらけです。制度ですからルールを設定するのは当然のことではありますが、この時に注意すべきは、「ルールを厳格に定めすぎない(厳格に表記しすぎない)」ということです。理由は、ルールを厳格にしすぎると、「守れないことが発生する」可能性があるからです。

 

どういうことかと申しますと、中小企業ではじめて人事制度を導入される場合、導入前の査定や賃金決定ルールはどのようになっていたのか、振り返ってみてください。恐らく社長や一部の経営幹部層の考えを中心に決定されていたのではないでしょうか。

 

このような場合、仮に様々な議論を経て制度のルールを確立したとしても、制度導入後、ルール通りの結果が出たあとに問題が生じることがあります。具体的には、社長が「少し手心を加えたい」とおっしゃることがあります。これは実際にご支援していると結構な頻度で起こりえるのです。お気持ちはわかりますが、ルールを破ると社員さんの制度へのロイヤリティも低下する要因になりかねません。

 

そこで、ルール作成の際に少し緩めた形で設計をしておくと、制度内でルールを破らずに運用することが可能になります。例えば、賞与の算定方法について、以下のような基準を設定しているとします。

 

 

 個別賞与支給額 = 基本給 × 賞与評価係数 × 賞与支給率

賞与の算定方法基準例

 

このルールでは、S評価の人が一番評価が高く、最も多い掛け率で賞与がもらえます。逆に評価がDになると、基本給×0.8になります。ところが、評価Dをとった社員が、本人の努力と関係のない不可抗力的要因で評価が悪くなった場合はどうでしょうか。

ルール通りに計算すれば、救済の余地はありません。そこで、以下のような計算式にしておくと、この問題は解消します。

 

 個別賞与支給額 = 基本給 × 賞与評価係数 × 賞与支給率 ± 役員調整

 

つまり、何かあった時に役員の方で調整可能な計算式を提示しておけば、ルールを破ることにはなりません。ただし、役員調整幅をあまり大きくしすぎると制度への信頼を損ないますので、例えば「役員調整は、賞与原資の10%の範囲内で実施することがあります」という注記をしておくとよいでしょう。

 

人事制度はルールを定めるものではありますが、一律にルールに従えばよい、ということではありません。制度の目的のひとつは「社員の頑張りが公平・公正に評価され、処遇に反映されること」です。その主旨に沿っていることを前提として、人事制度を作成する際にはルールを厳格化しすぎず、一定の「調整弁」を持たせておくことがポイントです。このような設計をしておくことで、ちょっと手心を加えたいケースが生じても、対処することができます。ただし、複数の眼から見て納得できる場合のみ調整可能とするなど、1人の独断で決めるような形にならないよう留意された方がよいでしょう。

 

5:運用主体者を決めて、責任意識を育む

5つ目のポイントは、「責任をもって運用する人」を定めておくことです。

これまで多くの企業において、制度策定から運用までのご支援をしてまいりましたが、人事制度をうまく運用されている企業には、共通点があります。個人的な意見ですが、そのひとつは「人事制度に対する意識が高く、問題が生じても誠実に向き合って対処されている方がいらっしゃること」です。中小企業の人事制度においては、これが一番大事だと考えています。

 

人事制度は、自社の風土やマネジメント構造などに合わせ、時間をかけて検討を重ねても、実際に導入してみると、様々な問題が生じます。「評価結果にバラつきが生じる」「事業の環境変化によって評価項目が合わなくなる」などが典型的な例です。それらの問題に対して、ひとつひとつ丁寧に検討し、解決していくことが求められます。これを自分事としてコツコツと対応してくれる担当者が必要です。社員の不満の声を聞き取りながら、必要であれば制度の微調整や修正の提言を行い、よりよい制度に育ててくれる「核となる人」がいるか、いないか、が制度運用の成功のカギといっても過言ではありません。

 

この主体となる人を醸成するには、制度設計の検討プロセスから巻き込み、制度がどのように考えた結果成り立っているのか、という根本的なところを理解してもらう必要があります。そして社長と制度運用の主体者の間で、人事制度を導入するに至った目的と重要性をしっかりと共有いただきながら、制度設計・導入を目指してください。

 

6:最初から完璧を求めない(制度を育てる意識をもつ)

最後に、中小企業が人事制度を導入する際には、「最初から完璧を求めすぎない」ということを念頭に進めていただくことをお勧めしておきます。

 

前述しましたが、人事制度はどれだけ検討を重ねても、実際に導入・運用していくと問題が生じてきます。重要なことはその問題を放置せず、一つ一つ丁寧に対処していき、より自社に適した制度へ育てていくことです。実際に私のご支援先では「設計4割、運用6割」くらいのバランスでエネルギーを注いでもらうようにお伝えしています。

 

はじめから完璧にしようと制度設計フェーズで労力をかけすぎず、「走りながら考える」くらいでちょうどよいのではないかと思います。

 

今回は中小企業が人事制度を導入する際の留意点をお伝えしてまいりました。

あまり一般的な考えではない内容も含まれているかと思いますので、疑問点などがございましたら、お気軽にお問い合わせください。

 

 

執筆者

川北 智奈美 
(人事戦略研究所 マネージングコンサルタント)

現場のモチベーションをテーマにした組織開発コンサルティングを展開している。トップと現場の一体化を実現するためのビジョンマネジメント、現場のやる気を高める人事・賃金システム構築など、「現場の活性化」に主眼をおいた組織改革を行っている。 特に経営幹部~管理者のOJTが組織マネジメントの核心であると捉え、計画策定~目標管理体制構築と運用に力を入れている。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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