賞与の一部を基本給化する際のメリット・デメリットと留意点

昨今の人材採用難への対策として、初任給水準や基本給テーブルの引き上げを検討されている企業も多いのではないでしょうか。ベースアップ等を実施することで初任給水準や基本給テーブルを引き上げられると理想ですが、コストがネックとなる場合には別の施策を講じることも一案です。本稿では、賞与を安定的に支給されている企業における手段の一つとして、賞与の一部を基本給として支給していく際のメリット・デメリットと留意点について紹介していきます。

 

【メリット】

①コストを抑えて目的達成に繋げられる

社員の賃金の内訳を変更することにより、コストを抑えて初任給水準や基本給テーブルを引き上げることが可能です。但し、基本給アップによる残業手当や賞与等への影響に留意しましょう(詳細は後述)。

 

②コストを抑えて社員の安定的な収入に繋げられる

企業ごとの仕組みにもよりますが、賞与は会社業績に応じて支給額が変動するものです。一方で、基本給化されると毎月の安定的な収入となるため、既存社員にとってもメリットのある移行であると言えます。

 

【デメリット】

①ネガティブに捉える社員も想定される

世間ではベースアップ等を手段として基本給水準の引き上げを図っている企業の報道が散見されます。そのようななかで、賃金の内訳を変更することによる基本給水準の引き上げに物足りなさを感じる社員が発生することも想定されます。処遇改善のための施策ではないことを説明するとともに、前述の通りのメリットがあることを丁寧に伝えていくことが肝要です。

 

②人件費コントロールがしづらくなる

会社業績に応じた人件費コントロールのバッファーとして賞与を位置付けている企業においては注意が必要です。過去の賞与支給実績も考慮しながら、どの程度までなら基本給化して問題なさそうか精査することが肝要です。

 

【留意点】

①賞与水準に応じて基本給化する金額が異なる

例えば、賞与4ヵ月分を標準としている企業において、全社員一律に内1ヵ月分を基本給化する場合には、下記のイメージの通り、上位等級(下表では6等級)の社員ほど月額給与への加算額目安が大きくなります(下表Eの列)。

 

全社員一律に内1ヵ月分を基本給化する場合

 

各等級の月額給与への加算額目安【E】に基づいて基本給テーブルを書き換えた場合には、上位等級ほど引き上げ金額が大きくなり基本給テーブルの構造が変わることに注意が必要です。

 

或いは、下位等級(上表では1等級)の月額給与への加算額目安【E】に基づいて基本給テーブルを書き換えた場合には、上位等級ほど基本給レンジの上限に近い形で移行する(移行後の昇給余地が小さくなる)ことになるため注意が必要です。

 

移行シミュレーションを実施しながら、自社において最適な着地点を検討いただければと思います。場合によっては等級に応じて基本給化する賞与に差を設けることも一案です。

 

②残業手当への影響も考慮する

基本給アップに伴う残業手当への影響を想定しておくことも肝要です。仮に1万円を基本給に加算した場合の具体的なシミュレーションイメージは下記の通りです。
 

<残業手当への影響(例)>

年間想定賃金上昇金額

=  1万円   ÷  153時間 × 1.25 ×  20時間  ×  90名 × 12ヵ月

残業単価上昇金額   月所定労働時間  割増率 月間平均残業時間 残業手当対象者

 

= 年間 約176万円

 

90名の社員が平均20時間の残業をしている場合には、年間で約176万円の人件費増に繋がることが見込まれます。想定外に人件費が上昇したということにならないように、移行シミュレーションの際に織り込んでおくことをお勧めします。

 

③賞与への影響も考慮する

前述の例(賞与は基本給の4ヵ月分を標準)に基づいて、賞与4ヵ月分の内1ヵ月分を基本給化する場合の移行前後の年収差額を確認していきます。移行後の賞与を3ヵ月分とした場合に、ベースとなる基本給が上昇しているために年収ベースで賃金がアップすることが見込まれます(下表Iの列)。

 

基本給化する場合の移行前後の年収差額

 

残業手当への影響と同じく想定外に人件費が上昇したということにならないように、移行シミュレーションの際に織り込んでおくことをお勧めします。或いは、賞与への影響を考慮して基本給化する賞与を調整する(上記例では、E列の月額給与への加算額目安においてDを15で除す)ことも一案です。

 

以上、賞与の一部を基本給として支給していく際のメリット・デメリットと留意点について紹介しました。賞与の基本給化を検討される際にご参考にいただけますと幸いです。

執筆者

辻 輝章 
(人事戦略研究所 コンサルタント)

自らの調査・分析を活用し、顧客の想いを実現に導くことをモットーに、国内大手証券会社にてリテール営業に従事する。様々な企業と関わる中で、社員が自ら活き活きと行動できる企業は力強いことを体感。"人(組織)"という経営資源の重要性に着目し、新経営サービスに入社する。
第一線での営業経験を活かして、顧客企業にどっぷりと入り込むことを得意とする。企業が抱える問題の本質を見極め、企業に根付くソリューションを追及することで、"人(組織)"の活性化に繋がる実践的な人事制度構築を支援している。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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