固定残業制度を会社が一方的に廃止することはできるのか?

~目次~

1.固定残業制度とは?

2.固定残業制度の基本運用ルール

3.統計にみる、固定残業制度の運用実態

4.固定残業制度のメリット、デメリット

5.固定残業制度を会社が一方的に廃止することはできるのか?

(1)最新判例の紹介

(2)社員の合意を得るためのプロセス

 

<結論>

・近時の判例から、固定残業制度を会社が一方的に廃止することは法的に非常に難しい

・固定残業制度を廃止する場合には、対象となる社員の合意を得ることを大前提として、激変緩和のための移行措置を設けるといった工夫が求められる

 

 

1.固定残業制度とは?

 

実際の時間外労働時間数に係わらず一定の金額を「時間外手当見合い」として支給する賃金制度の種類があり、固定残業制度、みなし残業制度、定額残業制度などと呼ばれています。

一律定額を毎月の手当で支給する方法が一般的ですが、「1ヶ月30時間分の時間外手当として支給する」といった形で社員ごとに固定残業代の支給額が異なるスタイルもあります。他にも、役職手当の一部を固定残業代とする、基本給の一部を固定残業代とする、などさまざまパターンがありますが、いずれの場合であっても、

 

・固定残業代>実際の時間外労働に対応する時間外手当である場合にも、固定残業代は満額支給すること

・固定残業代<実際の時間外労働に対応する時間外手当である場合には、不足分を別途支給すること

 

が必要になります。例えば、固定残業代が5万円(1ヶ月30時間分)という賃金制度があり、ある月の社員Aさんの実際の時間外労働が15時間、残業代が2.5万円であるとします。この時も、Aさんには5万円の固定残業代が支払われます。

逆に、Aさんの実際の時間外労働が35時間、残業代が6万円であるとすると、Aさんには固定残業代との差額1万円が別途残業代として支払われることになります(6万円+5万円=11万円にはならず、固定残業代5万円+別途残業代1万円=6万円となる)。

 

 

2.固定残業制度の基本運用ルール

 

固定残業制度自体は、そうした方法が直接法律で規定されているわけではありませんが、時間外手当の支給形態の一種として、企業で運用されるようになってきています。特に近年、固定残業制度をめぐる最高裁レベルの判決が複数出たことを受け(テックジャパン事件:最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決、日本ケミカル事件:最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決)、

 

 

「支給する賃金項目が時間外手当としての性質を有するものであること」

「通常の労働時間の賃金にあたる部分と、時間外手当にあたる部分を判別できること(計算方法が明示されていること)」

「実際の時間外労働に対応する法定の時間外手当が固定残業制度で予め設定されている

金額を超える場合には超える分について別途支給すること」

 

という要件が就業規則その他で明示・周知されていれば、基本的に固定残業制度として適正に運用することができる(合法的に運用できる)、というルールが標準化してきていると言ってよいでしょう。

 

 

3.統計にみる、固定残業制度の運用実態

 

労務行政研究所の調査によれば、定額残業手当(固定残業制度と同義)の最新の実施率は「23.3%」となっており、2010年の「7.7%」から大幅に増加しています(図表1参照)。

定額残業手当で設定されている1ヶ月あたりの時間数は「30時間」が最も多くて「37.7%」、次いで「20時間」が「14.8%」となっており、この2つで過半数となっています(図表2参照)。1ヶ月の平均勤務日数を仮に20日とすると、1日あたり1~1.5時間程度の残業時間と対応する残業代が設定されていることになります(実際の残業時間が予め設定された時間未満でも全額支給され、超えた分は別途支払われる前提)。

 

 

図表1 定額残業手当の実施率推移

※事業場外みなし労働時間制や裁量労働制によるものは除く

 

<最新の実施率(企業規模別、業種別)>

全産業

製造業 非製造業
規模計 1,000人以上 300~999人 300人未満
23.3% 20.7% 22.9% 26.4% 19.5% 25.7%

出典:労務行政研究所「人事労務諸制度の実施状況【前編】(労政時報4038号/2022.7.8)」

 

<実施率の推移>

2010年 2013年 2018年 2022年
7.7% 10.7% 12.5% 23.3%

出典:労務行政研究所「人事労務諸制度の実施状況【前編】(労政時報4038号/2022.7.8)」

 

図表2 定額残業手当の時間数(1ヶ月当り)

 

10時間 15時間 20時間 30時間 40時間 45時間 その他
6.6% 9.8% 14.8% 37.7% 4.9% 11.5% 14.8%

※その他は16時間、22時間、23時間 など。

出典:労務行政研究所「人事労務諸制度の実施状況【前編】(労政時報4038号/2022.7.8)」

 

 

4.固定残業制度のメリット、デメリット

 

以上のデータからも、固定残業制度自体はさほど珍しい仕組みではなくなっていると言えますが、ここ1~2年、逆に固定残業制度を廃止したいという企業の声が増えてきています。これはあくまで筆者のコンサルティング経験の範囲内での感触であり、統計データ等で確認できるレベルではないものの、特にコロナ禍以後、働き方の変化により時間外労働が減少傾向にあることが直接的な原因になっていると推察しています。

固定残業制度の廃止について検討する前に、改めて固定残業制度のメリット/デメリットについて整理しておきます(図表3参照)。

まず、固定残業制度の導入により、社員ごとの時間外労働の管理負担が一定程度減少したり、実際の時間外労働に係わらず支給されるという性質から、時間外労働を減らすほど社員にとっては得になることから、時間外労働の抑制に繋がる点は大きなメリットと言えます。また、固定残業代ありきで最初から賃金制度を見直すことができれば(例えば基本給の一部を固定残業代として運用するなど)時間外手当の抑制に繋がることや、あるいは固定残業代を含めることで固定給を高く見せることができるため、採用時に有利になる(実際には残業代の前払いですが)、といったメリットも考えられます。

反面、実際の時間外労働が固定残業制度で設定している時間数よりも大幅に短くなれば、固定残業代としてはコスト高になります。標準的に1ヶ月20~30時間分の固定残業代を支給しているということですから、仮に残業代の単価を平均2,000円とすれば、1人当り40,000円~60,000円程度が支払われていることになりますので、極端に言えば、時間外労働がほぼ0時間の会社であれば、固定残業制度を運用するメリットは全くありませんし、あるいは社員ごとの時間外労働の差が大きくなれば、逆に社内で不公平感を生じさせてしまうデメリットが生じます(時間外労働をする方が損になる)。

 

図表3 企業視点でみる、固定残業制度を運用することのメリット/デメリット

メリット(一例) デメリット(一例)
・総じて時間外労働<固定残業時間である場合、社員1人1人の時間外労働を管理する負担が減る

・時間外労働<固定残業時間の場合でも固定残業代は支給されるため、社員に時間外労働を減らした方が得という意識を持たせやすい(結果的に時間外労働の削減に繋がる)

・現在の賃金水準を変えずに固定残業制度を導入する制度改定ができれば、時間外手当の抑制に繋がったり(基本給の一部を固定残業手当にするなど)、管理監督者(時間外手当の対象外)との賃金逆転現象を抑制することにも繋がる

・総じて時間外労働<固定残業時間の場合、コスト高になる

・社員ごとの時間外労働の差が大きく、またそれが社員にコントロールできない状態の場合、固定残業制度の運用に関して不公平感を感じさせてしまう場合がある(優秀な社員に業務と時間外労働が集中してしまい、逆に業務負荷の低い人が固定残業制度の下で得になってしまうなど)

・予め時間外手当が含まれているという賃金体系が社員の意識に対してネガティブに機能する場合がある(能力や成果の評価に対してではなく、労働時間、労働量に対する処遇である点から)

 

 

 

5.固定残業制度を会社が一方的に廃止することはできるのか?

 

(1)最新判例の紹介

 

上記のように、固定残業制度を運用することのデメリットが大きくなってくれば、固定残業制度を廃止したいという企業が出てくることも当然です。では、ここでタイトルに戻りますが、一度導入した固定残業制度を会社側は一方的に廃止することはできるのか?ということを法的な側面も踏まえて押さえておく必要がります。

この点、企業サイドからすると、固定残業制度はあくまで「時間外手当見合い」として支給するものであり、実際に時間外労働が発生するかどうかは支給時点では分かっていないのだから、固定残業制度自体は会社側が一方的に廃止しても対象者に不利益はないのではないか、と考えるかもしれません。

しかしながら、この論法は通用しないと考えられます。なぜならば、固定残業制度というのは通常、実際の時間外労働<固定残業時間の場合であっても固定残業時間分の満額を支給するという性質の仕組みであり、その点では実際の時間外労働に係わらず固定残業代は権利として発生しているものと考えられるからです。その意味では、あくまで私見にはなりますが、会社側が固定残業制度を一方的に廃止することはできず、労働契約法上の不利益変更の問題として扱われることになり、少なくとも対象者の合意が必要になると思われます。

本件テーマに係わる裁判例も出てきていますので、ここで紹介します。インテリム事件(東京高裁令和4年6月29日判決、東京地裁令和3年11月9日判決)は年俸者に対する一方的な賃金減額が争われた事案であり、年俸構成の中に含まれていた固定残業手当を会社側が一方的に、かつ数回にわたり減額した措置に対して、「年俸額決定権の濫用にあたり違法」との判断が下されています。

本件は東京地裁と東京高裁で判断が異なっており、この点が特徴的です。

まず、東京地裁判決では、「・・・割増賃金の支払については、労働基準法37条その他関係規程により定められた方法により算定された金額を下回らない限り、これをどのような方法で支払おうとも自由であるから、使用者が、一旦は固定残業代として支払うことを合意した手当を廃止し、手当の廃止後は、毎月、実労働時間に応じて労働基準法37条等所定の方法で算定した割増賃金を支払うという扱いにすることもできるというべきであり、いわゆる固定残業代の廃止や減額は、労働者の同意等がなければできない通常の賃金の減額には当たらないというべきである。」として、固定残業制度の廃止に伴う従業員の同意を不要としました。

 

これに対して東京高裁では、「・・・本件労働契約に係る年俸制の合意の内容は、職務給と同様に、みなし手当もその一部に含めるものであったというのであり、そうである以上、このような、みなし手当を減額できるのは、職務給の減額の場合と同様、Y社に最終的な年俸額決定権限を付与した本件賃金規程の定めに基づいて初めて可能であったものというべく、時間外労働等に従事していた時間がみなし手当で定められている時間より実際には少ないなどの理由から、Y社において自由に減額することはできない性質のものであったというべきである。」「・・・本件みなし手当は、本件労働契約において年額960万円として合意されていた年俸の一部を構成するものと位置付けられていたのであるから、これは、基本給の一部を構成する場合と同様に捉えられるものである。それにもかかわらず、Y社は、このような性質を有する「みなし手当」を、合理性・透明性に欠ける手続で、公正性・客観性に乏しい判断の下で、年俸決定権限を濫用して本件賃金減額・・・を行ったものであるから、このような一方的な減額は、許されないものといわなければならない。」として、東京地裁判決を変更しています。

 

 

(2)社員の合意を得るためのプロセス

 

上記のような最新の判例状況を見るに、企業サイドとしては、固定残業制度の一方的な廃止又は減額は認められないと考えておくのが良いでしょう。

そこで、実際には対象となる社員に丁寧に説明を行ったうえで合意を得ていく、またその過程で一定の代替措置を講じる、という方法が現実的かつ実現可能性が高いと考えられます。

例えば、全社的に「時間外労働>固定残業時間」という状態(=常に固定残業代以上の時間外手当が支払われている)であれば、固定残業制度を廃止しても対象となる社員に実質的な不利益は無いため、比較的対象者の合意は得やすいと思われます。

 

一方、逆の状態(時間外労働<固定残業時間)であれば、固定残業制度を廃止することで賃金が減額になる社員が出てくる可能性が高くなるため、対象となる社員に合意を得ることが難しくなります。ただ、会社側が固定残業制度の廃止を考えるときは後者の状態であるケースが多いと思われますので、対象社員の合意を得るために一定の工夫が必要になります。具体的には、固定残業制度を廃止してから一定期間の間は、「実際の残業代<固定残業代」となった場合(=賃金減額となった場合)には減額分を調整給として支給する、あるいは固定残業制度を廃止すると同時に他の賃金制度を見直して賃金減額分との調整を行う、といったことが考えられますが、そもそも固定残業制度を完全に廃止するのではなく、設定される固定残業時間数を減らしたり、対象となる社員層を変更する、といった方向性もありえます。いずれにしても、会社側が一方的に固定残業制度を廃止することはできず、対象となる社員の合意を得ていく前提で、各社の状況に応じた移行措置を講じることが必要になるでしょう。

 

 

次回は、固定残業制度の廃止に伴って人事・賃金制度全体を見直す際の注意点や、企業の状況に合った方法について、更に検討を進めていきたいと思います。

執筆者

森中 謙介 
(人事戦略研究所 マネージングコンサルタント)

人事制度構築・改善を中心にコンサルティングを行う。業種・業態ごとの実態に沿った制度設計はもちろんのこと、人材育成との効果的な連動、社員の高齢化への対応など、経営課題のトレンドに沿った最適な人事制度を日々提案し、実績を重ねている。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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