等級基準書の活用

等級制度を導入されている企業においては、各等級の定義を文章化したもの(以下、等級基準書として表現)を整備されていることと思います。
  
各等級に求める要件の違いを明確に表現するためにも整備すべき等級基準書ですが、実態としてはなかなか活用し切れずに、社員に浸透することなく形骸化してしまっているというケースも多いのではないでしょうか。
 
本シリーズでは、等級基準書の活用方法に触れた上で、社員に浸透させるためのポイントについて考えていきたいと思います。
 
 
【等級基準書の活用方法】
 
1.昇降格判定のために活用する

昇降格とは一般的に等級の上がり下がりを指す言葉として用いられますが、その昇降格の際に等級基準書を参考にするという活用方法が挙げられます。例えば、ある社員を上位等級に昇格させるか否かを検討する際に、上位等級の基準と照らし合わせて、”その基準を満たしているのか(もしくは満たす見込みがあるのか)?”をチェックしていくような活用イメージを持っていただければと思います。
 
 
2.人事評価の要素の一つとして活用する
等級基準書は各等級に求める要件を示したものであるため、その要件の実践度合いを定期的に人事評価としてチェックしていくという活用方法も挙げられます。但し、等級基準書の内容によっては、そのままでは人事評価には使いづらいといったケースも想定されるので注意が必要です。例えば、等級基準書の内容が”積極性”といったような情意的な内容を表現していたり、”クレーム対応力”といったような評価期間内に必ずしも発生するとは限らない事象が表現されていたりする場合には、評価の際の基準となる表現を追加したり、評価項目としては使わないといったような工夫を施しながら活用することをお勧めします。
 
 
3.人材育成のために活用する
評価者の方々とお話しする機会が多々ありますが、そのなかで、”人材育成のために部下にどのようなコミュニケーションを図れば良いのかが分からない”という悩みを耳にすることがよくあります。確かに何でも自由に指導してくださいとなると難易度が高いかもしれませんが、苦労して整備した等級基準書を活用しない手はありません。等級基準書には、会社が社員に求める要件が表現されています。等級基準書に記載された観点を参考にしながら部下の現状と照らし合わせると、必ず何かしらのギャップが生じるはずです(ギャップがないような優秀な部下の場合は、上位等級の基準と照らし合わせてギャップを生じさせましょう)。それらギャップをヒントとすれば、自ずと部下とのコミュニケーションの内容について焦点が絞られてくるはずです。
 
加えて、等級基準書は、被評価者自身が自らの成長のためにも活用できるということも押さえておかなければなりません。評価者が人材育成に活用するだけではなく、社員全員が自身の成長のために等級基準書を活用できている、そのような状態が理想であると言えるでしょう。

 
 

次に、等級基準書を社員に浸透させるためのポイントを5W1Hの観点で考えていきたいと思います。
 

【等級基準浸透のポイント】

 

1.Why ~何のために等級基準書が整備されているのかを押さえる~

等級基準書が形骸化してしまう理由の一つとして、そもそも等級基準書が何のために整備されているのかを社員が十分に理解していないことが考えられます。
 
心理学の世界では、「人の行動には必ず目的がある」と言われており、対偶を考えると、「目的がなければ人は行動できない」と捉えることもできます。
 
等級基準書を形骸化させないためにも、まずは自社が何のために等級基準書を整備し、何に活用していくことを意図しているのか、「Why」の要素を押さえることが肝要です。

 
 
2.Who ~どの層から浸透を図るのか~

全社員一律に等級基準書の浸透を図れるのであればそれに越したことはありませんが、思ったように浸透しなかったという企業も多いのでないでしょうか。その原因の一つとして、キーマンとなる管理職の協力が得られていなかったということが考えられます。
 
等級基準書の活用方法を踏まえると、浸透にあたっては評価者となる管理職の協力が不可欠です。言い換えると、管理職が等級基準書を活用しながら人事評価や人材育成に取り組んでいくと、部下にとっては必然的に等級基準書が身近なものとなっていくことが想定されます。

 
 
3.When ~どのタイミングで等級基準書を参照するのかを示す~

等級基準書は常に見るものではないため、見るべきときにタイミングを逸してしまったということが起こりがちです。下記表は、時間軸に沿って等級基準書を参照するタイミングの例を整理したものです。自社の状況に応じて整理し、社員に示しておくことも一案です。
 

タイミング

内  容

期 首

目標管理における自身の目標設定時、部下の育成計画立案時 等

期 中

上司と部下の定期面談時 等

期 末

人事評価のフィードバック面談実施時、部下の昇降格に関する判断時 等

 
 
4.Where ~どこで参照できるのかを示す~

等級基準書は常日頃から頻繁に見るものでもないため、例えば、紙で配布しているのであれば専用のファイルを個人ごとに作成して保管する仕組みを整備するとか、フォルダにアップロードしているのであれば格納場所の周知を徹底するとか、管理の工夫が求められます。このような工夫は、本来であれば社員一人ひとりが自身で実施していくことが理想的ですが、浸透に向けて会社が一定のレールを引いてあげることも一案です。

 
 
5.What ~等級基準書そのものをブラッシュアップしていく~

等級基準書が形骸化してしまう理由の一つとして、等級基準書の内容が実態に則していないといったことが考えられます。外部・内部環境の変化に伴って、社員に求める要素に変化が生じているのであれば適宜見直しを図っていくことが肝要です。
 
加えて、等級基準書を活用していくなかで社員にとって分かりづらい表現があるのであれば、より社員に馴染みのある表現や分かりやすい表現に見直していくことも一案です。

 
 
6.How ~中長期的に向き合う~

等級基準の浸透は一朝一夕で実現できるものではありません。地道に長い年月をかけて、ようやく習慣化していくものであることを押さえておかなければなりません。浸透を図る立場の経営陣や人事部は、一度伝えただけで伝えたつもりにならず、機会あるごとに根気強くアナウンスしていくことが求められます。等級基準を整備した当初の目的に立ち返りながら、中長期的に取り組むことが肝要です。
 
 
以上、今回は等級基準書の活用方法と、等級基準書を社員に浸透させるためのポイントについて紹介しました。想いを持って作成した等級基準書を有効に活用していくために、ご参考にいただけますと幸いです。

執筆者

辻 輝章 
(人事戦略研究所 コンサルタント)

自らの調査・分析を活用し、顧客の想いを実現に導くことをモットーに、国内大手証券会社にてリテール営業に従事する。様々な企業と関わる中で、社員が自ら活き活きと行動できる企業は力強いことを体感。"人(組織)"という経営資源の重要性に着目し、新経営サービスに入社する。
第一線での営業経験を活かして、顧客企業にどっぷりと入り込むことを得意とする。企業が抱える問題の本質を見極め、企業に根付くソリューションを追及することで、"人(組織)"の活性化に繋がる実践的な人事制度構築を支援している。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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