賃金制度を社員に公開する際の工夫

「処遇決定に対する社員の納得感を高めたい」という目的で人事制度を構築あるいは改定される経営者、人事担当者の方は多いのではないでしょうか。であればその納得感を高めるためには、自社の人事制度の内容を、丁寧な説明のうえで全て開示することが重要です。
 
しかしながら、自社の人事制度を社員に開示した結果、開示した制度の内容それ自体に納得が得られなければ本末転倒です。特に賃金制度は、原資という制約が課されるがゆえに、一部の社員に納得のいかないものとなってしまうこともあります。なお本記事では賃金制度のうち中核となる基本給のみを対象とし、またその基本給は一般的なレンジレート(基本給に等級毎の金額幅を持たせること)であることを前提として解説いたします。
 
例えば、基本給の水準が世間や同業他社の水準と比べて低い場合です。制度としての全社的な基本給水準を魅力的なところまで引き上げたくとも、そこまでの原資を振り分けられない場合もあるでしょう。そのような内容の制度を社員に開示した場合、社員の納得感が低下するリスクが生じます。
 
あるいは社内で適切な差がついていない場合も、一部の社員には納得がいかないかもしれません。代表的な例としては、等級や役職間での差が非常に小さく、残業手当を含めると上位等級と下位等級で逆転が生じている状態が挙げられます。業界内での初任給や最低賃金の上昇への対応に向けて、下位等級の引上げに原資を振り分けた結果、上位等級の引上げに使える原資が残っておらず、結果として等級間の差が縮まってしまう、そのような場合もあるでしょう。
 
いずれにしろ、このような場合は社員の納得感を失うことのないよう、基本給のレンジレートの上限・下限の開示は避けるべきです。ではこのような場合、何をどのように開示すればよいのでしょうか?ポイントは、社員に伝えたいメッセージ内容に合わせて開示の範囲や内容を検討することだといえます。
 
例えば、”賃上げ実施”を社員に伝えたい場合、「総額人件費や人件費上昇率の新旧比較」の開示が考えられます。総額を開示することで会社が実施した賃上げのインパクトを感じてもらいやすくなる、という効果があると想定されるからです。
 
また昇給額の引き上げ実施や明確化を伝えたい場合、「昇給テーブルや評価間格差指数」の開示が考えられます。何に対して給与が上がるのかが明確になり、かつその金額がこれまでよりも多くなる場合は社員にとってメリットの大きい内容でしょう。
 
また、社員に対して昇格を促したい制度設計の仕組みにしている場合、昇格によって昇給する仕組みのイメージを理解してもらう必要があります。例えば、「基本給レンジの下限額」、「等級間の基本給レンジ差のイメージ」あるいは昇格に伴う昇給額を設けているときは「昇格昇給テーブル」などを開示することが考えられます。
 
人事制度の開示にあたり、社員に何を伝えたいのかを念頭に置き、自社の賃金水準は世間や同業他社の水準と比べて高いか否か、社内で適切な賃金差がついているのかどうかということを勘案し、開示の範囲・内容を工夫するのが良いのではないでしょうか。

執筆者

長尾 拓実 
(人事戦略研究所 コンサルタント)

前職では、中小企業を中心とした採用支援事業に約3年間従事。
企業・求職者双方と接する中で、働き甲斐ある職場の実現において社員一人一人が活きる組織づくりが重要だと実感。
この経験を通じて「組織づくりを基軸に中小企業の成長に貢献したい」と想い新経営サービスに入社。
課題に対して粘り強く、企業の良さが活きるコンサルティングを心掛け日々活動している。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

バックナンバー