キーエンスに学ぶ平均年収の引き上げ方
労務関連
物価上昇の波が押し寄せる中、政府も賃上げ企業への税制優遇など、給与水準引き上げへの後押しを継続しています。しかし、一部の大企業では賃上げ方針を打ち出しているものの、中小企業も含めた全体の底上げには程遠い状況です。経営者の多くは、できることなら社員の待遇改善をしたいと思っているものの、経営環境の先行き不安がぬぐい切れず、なかなか思い切ったベースアップに踏み出せないでいます。
日本人の平均年収は、1990年代をピークに下がり続けてきました。これは非正規雇用の増加が主な要因ですが、正社員の給与水準も上がっていません。ようやく最近になって、最低賃金の引上げなどで、底打ち感は出てきたものの、反転上昇とは言えない状況です。
これは世界でも日本だけの現象で、「なぜ日本の給与水準は上がらないのか」という議論は幅広く行われているものの、効果的な改善策は打たれていません。
とはいえ、全ての会社の給与水準が低迷しているわけではありません。近年、上場企業の平均年収ランキング上位には、M&A仲介会社や総合商社がズラリと並びます。そんな中、製造業でありながら常にランキングトップをうかがう位置に顔を出すのが、大阪に本社を置くキーエンスです。たとえば、同社の2022年3月期の有価証券報告書では、社員平均年収は2,182万円となっています。
では、なぜキーエンスは、このような高賃金を支払えるのでしょうか?
それは、一言でいうと、社員の生産性が高いからです。生産性とは、社員1人当たりの付加価値高で表せます。付加価値高の計算方法は複数ありますが、ここでは単純に売上高から、仕入高、原材料費、外注費といった外部購入費用を差し引いた額を付加価値高として計算します。すると、同年のキーエンスは、1人当たり付加価値高が1億8,000万円を超えているのです。
1億8,000万円と言われてもピンとこないかもしれませんが、中小企業も含めた平均値は、1,000万円程度ですので、その20倍近くに達します。1人当たり人件費の平均値は500万円程度ですが、これには社会保険料なども含まれるため、年収では400~450万円程度ということになるでしょう。ちなみに、全上場企業の平均年収は600万円程度です。
よく日本企業の平均年収が上がらない理由として、「企業が利益をため込んでいるから」「株主への還元ばかり引き上げて、社員への分配を増やさないから」といった意見が出てきます。あるいは、「日本人は賃金交渉もしないから」「転職して給与を上げようとしないから」と言う人も居ます。それぞれ、原因の一端であるかもしれませんが、根本的には社員の生産性が高まらないからです。その証拠に、同社に限らず年収水準上位の企業は、押しなべて1人当たり付加価値高が高い会社ばかりです。
キーエンスは逆に、付加価値高からの賃金への分配率だけで捉えれば、最も低い部類に入るでしょう。これだけの年収水準を支払っても、社員1人当たり1億5,000万円程度の経常利益を稼ぎ出しています。すなわち、社員の平均年収を更に増やそうと思えば、それが可能なだけの十分な原資があるということです。一方、1人当たり付加価値高が1,000万円では、業種にもよりますが、500万円程度の年収水準が精一杯となってしまいます。
結論としては、日本企業の年収を上げるには、社員の生産性すなわち1人当たり付加価値高を上げるしかない、ということになります。生産性が高まらないのに、給与水準を上げてしまっては、利益を削るだけで、長続きできません。
さて、皆さんの会社で、自社の1人当たり付加価値高を把握している社員は、どの程度の割合を占めるでしょうか。自社の売上高や社員数くらいは覚えていても、1人当たり付加価値高を理解しているケースは、極めて少ないと思われます。しかし、それでは自分たちの給料が上がらないことに文句を言うだけで、社員の前向きなアクションにはつながりません。
1人当たり付加価値高を向上させるには、①売上高を上げるか、②付加価値率を上げるか、③人員を減らすか、あるいは④その組み合わせといった選択肢しかありません。まずは、経営者と社員が自社の生産性を正しく理解し、どうすれば改善するかを真剣に考え、具体的な活動に移していくことが重要なのです。
執筆者
山口 俊一
(代表取締役社長)
人事コンサルタントとして20年以上の経験をもち、多くの企業の人事・賃金制度改革を支援。
人事戦略研究所を立ち上げ、一部上場企業から中堅・中小企業に至るまで、あらゆる業種・業態の人事制度改革コンサルティングを手掛ける。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
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