運輸業・物流業 人事制度の構築ポイント

-もくじ-

  1. 運輸業・物流業の人事制度を構築するにあたって
  2. 構築のポイント
  3. 運輸業・物流業における人事制度 事例

1. 運輸業・物流業の人事制度を構築するにあたって

 これまで物流業は経済の発展とともに大きく飛躍し、世界屈指の企業が数多くでてきました。また、他業種でも物流機能を持つ企業が増え、多くの企業・消費者にとっても欠く事のできない存在となり、流通の中の重要な機能となっています。しかし一方では、サービス・品質の向上を求められ、一方では価格の値下げ、原油価格の高騰、人材不足等、物流業を取り巻く環境は、特に厳しくなってきています。

 この厳しい経営環境を打破するために、物流業各社の取り組むべき課題は少なくはありません。コスト削減、業務の効率化、品質の向上、システムの構築等、さらに最近では業務形態の多様化による請負業務・派遣業務等、これらに従事する社員の処遇及び育成は、今、企業が取り組むべき最重要課題です。

2.構築のポイント

職位別の評価制度

 評価項目としては、仕事の成果を評価する『成果・業績評価』と、仕事に対する姿勢や能力およびプロセス、能力などを評価する『職務・プロセス評価』があります。成果・業績評価では、重点テーマ目標達成率、コスト削減率、在庫精度向上などの『仕事の結果』を評価します。また職務・プロセス評価では、保有する技術や技能、知識、また、仕事に対する取り組みなどの『仕事のプロセス』を評価します。

 当然ではありますが、部長、課長のような管理職と、新入社員はじめ、入社年数の浅い社員とでは求められる結果や行動は違ってきます。部長、課長クラスの管理職には、仕事の結果である、『成果・業績』のウェイトが大きくなり、求める成果・業績には責任も伴ってきます。一方入社年数や経験年数の浅い社員や新人社員には、仕事に対する意欲や取組み姿勢にウェイトを置くことになるでしょう。このように、評価制度を考える場合には、職位別に考えていくことが必要になります。

賃金制度の設計

 これまでの日本企業は、終身雇用を前提に、年齢や勤続年数などの年功的要素や、扶養家族・住居といった属人的要素を考慮した賃金制度が一般的でしたが、最近ではこれらの要素を排除するケースも多く見られるようになってきました。各企業の従業員に対する処遇方針の変化の表れでもあります。個人の会社への貢献度や能力に応じた処遇体系によって、適正な賃金支給の実現を図るとともに、企業体質変革への取組みとも言えます。ただし、これらの属人的要素は全く否定するべきものでもありません。チームとしての作業が多い職種や、経験年数と技術習熟度が比例する職種などは、勤続給や年齢給を活用して、個人の成長に合わせた処遇体系が実用的といえるでしょう。

 中でも、物流業では乗務員(ドライバー)の賃金体系をいかに効果的に設計できるかが重要なポイントであり、乗務員の人材不足が深刻であることとも相まって、各社とも知恵を絞っています。

 以下は、乗務員の賃金制度設計の一例です。(1)の区分は一般的な企業でもよく用いられる体系ですが、(2)の業績給などは乗務員固有の仕組みです。運転業務に対するコストパフォーマンスを定量的に評価し、ダイレクトに給与と連動させることで、優秀な社員のモチベーションアップに繋げる狙いがあります。

乗務職位別の評価制度 (1)年齢給、勤続給、経験給、能力給(職種別)
(2)業績給(使用燃料費/走行距離)×○○円
   時間外手当
   無事故手当(*)
   *車両事故:修繕費×○○%=自己負担

3.運輸業・物流業における人事制度 事例

事例 年功的な人事制度を見直した事例

【制度改定の背景】

  • A社は、とある地方都市に拠点を置く物流会社。正社員数は100名。ドライバー職50名、倉庫職40名、事務職10名といった構成となっている。
  • 20年前に導入した人事制度を長年運用してきたが、年齢や勤続年数といった年功的要素と役職手当で給与・賞与が決定する仕組みとなっていた。そのため、会社方針に前向きに取り組む社員とそうでない社員との間で処遇に差がつけられない状態となっており、経営陣は問題意識を抱えていた。
  • 収益性アップ、生産性アップといった会社方針を推進していくためには、社員一人ひとりの意識改革・行動変容が必要となることから、人事制度を改定することを決断。年功重視の賃金制度は踏襲しつつ、人事評価結果によって処遇面に多少のメリハリがつけられる仕組みを構築することを目指した。
■等級制度

(1)6段階の等級を設定

 各等級に求める仕事レベルが曖昧になっていた等級制度を一新。新しい等級制度では、等級数を6段階に再設定した上で、社員に求める仕事レベルを新たに定義した。(図表①)また、等級と役職の関係性も人事制度上で明確に表現した。(図表②)

図表①_等級ごとのレベル感

等級ごとのレベル感

図表②_等級と役職の関係性

等級と役職の関係性

(2)各等級に求める能力・行動を明文化した等級基準書を作成

 各等級に求める能力や行動を等級基準書として明文化。社員からみて、会社が何を求めているかが理解できる状態を目指した。等級基準書は、管理職・ドライバー職・倉庫職・事務職の単位で設定。それぞれの業務内容だけでなく、会社方針を踏まえて推奨したい行動や業務遂行上必要となる資格(例:運行管理者)も盛り込んだ。(図表③)

図表③_等級基準(ドライバー職)

項目 J6 J5 L4 L3
職種別項目 顧客との
関係構築
相手を不快にさせない顧客対応を行い、顧客との信頼関係を構築している 顧客との信頼関係を構築し、顧客からの要望などを受けた場合には速やかに社内にフィードバックしている 営業、業務改善につながる顧客情報を的確に上司に報告している 下級者から得た顧客情報をもとに、顧客との関係性の深耕につながる施策を立案し、実行している
クレーム対応 クレーム発生時には、速やかに上司・先輩に報告している クレーム発生時には、速やかに上司・先輩に報告し、上司・先輩からの具体的な指示の下、初期対応を行っている 現場からクレームの報告を受けた際は、現場への指示を的確に行っている 現場からクレームの報告を受けた際は、現場への指示を的確に行うとともに、必要に応じてクレーム対応に関して下級者への指導を行っている
運行管理 上司・先輩からの具体的な指導があれば、運行管理業務を問題なく遂行している 運行管理業務を問題なく独力で遂行している
車両管理 上司・先輩の指導の下、車両に異常が発生していないか、運転前後には必ずマニュアルに沿って確認を行っている 車両に異常が発生していないか、運転前後には必ずマニュアルに沿って確認を行っている 運行管理者として、現場で車両管理の徹底がなされているかを監督し、必要に応じて改善指導を上司・先輩の指導の下に行っている 運行管理者として、現場で車両管理の徹底がなされているかを監督し、必要に応じて改善指導を独力で行っている
安全運行 企業におけるコンプライアンスの重要性を理解し、配送業務を遂行している 企業におけるコンプライアンスの重要性を理解し、配送業務を遂行し、周囲の模範となっている
公的資格 運行管理者
共通項目 生産的な
業務プロセス
要求される品質レベル・納期・進めていく上で必要な段取りを抑えた上で業務を遂行している 要求される品質レベル・納期・進めていく上で必要な段取りを押さえた上でテキパキとスピード感を持って業務を遂行している 生産的な業務プロセスを率先して実践し、下級者のお手本となっている 所属部署において生産的な業務プロセスが徹底できているかを監督し、下級者への指導を率先して行っている
報告・連絡・相談 業務遂行における報連相の重要性を理解しており、抜け漏れなく実践している 適切な手順・手段・タイミングで報連相を抜け漏れなく実践している 適切な報連相を率先して実践し、下級者のお手本となっている 所属部署において適切な報連相を実践できているかを監督し、下級者への指導を率先して行っている
改善意欲・行動 同じ失敗や非効率を二度と繰り返さぬように、日々業務の振り返りを行っている 同じ失敗や非効率を二度と繰り返さぬように、日々業務の振り返りと改善に向けた取り組みを行っている 同じ失敗や非効率を二度と繰り返さぬように、改善に向けた取り組みの実践とその検証を行っている 所属部署における失敗事例・非効率とその改善事例を収集し、下級者の共有化を図っている
チームワーク 業務を円滑に遂行するため、自分の前後工程の社員とコミュニケーションを意識的にとっている 業務を円滑に遂行するため、周囲とのコミュニケーションを率先してとっている 個人としての生産性向上だけでなく、所属部署全体での生産性向上を考え、行動している 所属部署全体での生産性向上を目指した行動・考え方ができているかを監督するとともに、下級者への指導を率先して行っている
■評価制度

(1)業績・成果評価は管理職のみ実施

 仕事の成果が測りづらい職種であることを踏まえて、業績・成果面の評価は管理職のみとした。(業績・成果のほかにプロセス面も評価)なお、管理職の業績・成果評価については、営業所の売上高・営業利益の達成度や年度計画に対する取り組みテーマを目標設定する仕組みとした。(図表④)

図表④_人事評価表(管理職)

人事評価表(管理職)
人事評価表(管理職)

(2)等級基準の項目・基準内容を、プロセス評価として採用

 等級基準書の項目、基準内容をプロセス評価に採用。(公的資格など人事評価に適さない内容のみ評価項目から除外)各等級で求められている事を日ごろからどれくらい実践できていたかを人事評価でチェックする仕組みとし、会社方針の浸透・推進力を高める仕掛けを施した。また、各人の行動・取り組みについて、差がつきづらい職種であることも考慮して、評価点は5段階でなく3段階に設定。評価者が評価しやすいシンプルな人事評価表を目指した。(図表⑤)

図表⑤_人事評価表(一般社員・倉庫職)

人事評価表(一般社員・倉庫職)
■賃金制度

(1)年齢給、勤続給に加え、能力給を導入

 今回の改定では、これまで年齢給、勤続給で構成されていた基本給を見直した。具体的には、年齢給、勤続給を維持しつつ、その支給金額を縮小した上で、新たに能力給を導入した。なお、年齢給や能力給設計の考え方をまとめると以下の通りとなる。

①年齢給
 昨今の若年層の採用賃金アップの流れ、定着率アップを狙って、年齢給の昇給ピッチを見直した。(図表⑥)具体的には、若年層ほど年齢給での昇給額をこれまでより大きく設定。年齢を重ねるほど、昇給額が徐々に小さくなり、30歳でストップするような仕組みにした。

②勤続給
 経験の浅い社員の離職防止を意図して、毎年の昇給ピッチは一律とせず、勤続年数が短いほど昇給ピッチが大きくなるように設定した。(図表⑦)

③能力給
 能力給は、等級ごとに上限金額・下限金額を設定し、毎年の人事評価によって昇給額に差がつく仕組みとした。また、採用賃金が職種ごとに違うことから、能力給水準は職種共通とせずに、職種別に細かく水準を設定した。(図表⑧)

(2)階層ごとに昇給・賞与のメリハリのつけ方を工夫

 昇給・賞与のメリハリは、人事評価結果によって管理職は5段階、一般社員は3段階のランクによって決まる仕組みとした。メリハリの大きさは、業績・成果責任の明確な管理職は大きめに設定。一般社員は小さく設定した。(図表⑨)

図表⑥_年齢給の仕組み(※金額はイメージです)

年齢 年齢給金額 昇給ピッチ
18歳 100,000
19歳 105,000 5,000
20歳 110,000 5,000
21歳 115,000 5,000
22歳 123,000 3,000
23歳 126,000 3,000
24歳 129,000 3,000
25歳 132,000 3,000
26歳 135,000 3,000
27歳 138,000 3,000
28歳 141,000 3,000
29歳 144,000 3,000
30歳 144,000 3,000
31歳~ 100,000 0

図表⑦_勤続給の仕組み(※金額はイメージです)

勤続 勤続給金額 昇給ピッチ
1年 5,000
2年 10,000 5,000
3年 15,000 5,000
4年 18,000 3,000
5年 21,000 3,000
6年 22,000 1,000
7年 23,000 1,000
8年 24,000 1,000
9年 25,000 1,000
10年~ 25,000 0

図表⑧_能力給の仕組み(※金額はイメージです)

J5等級
職種 ドライバー 事務 倉庫
ピッチ 1,000 900 800
号俸
1 140,000 125,000 120,000
2 141,000 125,900 120,800
3 142,000 126,800 121,600
4 143,000 127,700 122,400
5 145,000 128,600 123,200
6 146,000 129,500 124,000








図表⑨_人事評価による処遇のメリハリ(左:能力給、右:賞与)

ランク 一般社員 管理職
S 5号棒アップ
A 3号棒アップ 3号棒アップ
B 2号棒アップ 2号棒アップ
C 1号棒アップ 1号棒アップ
D ―1号棒アップ
ランク 一般社員 管理職
S ×1.25
A ×1.05 ×1.10
B ×1.00 ×1.00
C ×0.95 ×0.90
D ×0.75

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