最低賃金引上げへの対応策

中央最低賃金審議会より今年度の最低賃金改定への答申が8月4日に行われました。
令和7年度地域別最低賃金額改定の目安について|厚生労働省
答申では、引き上げ額の目安が全国加重平均で63円となり、目安通りの改定が実施された場合、すべての都道府県で最低賃金が1,000円を超える見込みです。21年度より過去最高の上げ幅を更新する流れが続いていましたが、今年もその流れは継続となります。
 
さて、最低賃金引き上げがなされると、毎年のように筆者のもとに以下のようなご相談が寄せられます。
 
 ・最低賃金を下回る正社員が出てきてしまう。どのように対応すればよいか
 ・このペースで引きあがると、来年には最低賃金が初任給を上回ってしまう
  …etc.
そこで今回は、上記のような課題に対する対応策を本ブログでいくつか紹介したいと思います。
 
<ケース1>10月の適用日までに賃金調整を行う必要がある場合
当たり前ですが、10月に控えている新しい最低賃金の適用日には最低賃金を上回る賃金まで引き上げなければいけません。しかし、ほとんどの企業では、昇給月を春先に設定していることでしょう。したがって、イレギュラーなタイミングにおいて、どのような考え方・方法で最低賃金以上の賃金まで調整を行うかがポイントです。
オーソドックスな方法としては、以下のような方法が考えられます。
 

1. 最低賃金を下回る社員に調整手当を臨時で支給した上で、次の昇給で調整手当を基本給に組み入れる

2. 最低賃金を下回る社員の基本給を臨時で引き上げる(号俸を引き上げる など)

 
シンプルな方法ですので、これまでこのような方法で調整してきたという企業は多いのではないでしょうか。ただ、この方法をとる際には、イレギュラー対応を行った社員とその他の社員の間で給与バランスが損なわれないかを必ずチェックするようにしましょう。対応を行う社員は、恐らく入社歴が浅い社員になると思います。対応した結果、入社歴の近い社員と給与が横並びになってしまうと不公平です。このような場合は、最低賃金を下回ってしまう社員と入社歴の近い社員も同じように調整をする。もしくは一時的な期間は横並びを許容しても次の昇給月に解消するようにする。といった対応をとりましょう。
 
<ケース2>来年以降の引き上げに備えて対策が必要と考える場合
現時点では最低賃金を下回ることはなくとも、近年の改定ペースを踏まえると来年以降が気がかりであるという問題意識への対策をお話しします。
最低賃金への対応は、最低賃金を下回る(またその恐れがある)社員の賃金を上げるだけでは完全な対策にはなりません。ケース1でも少し触れましたが、他の社員との給与バランスを損なわないような調整も必要となります。したがって、社員間の給与差を全く崩さない形で最低賃金対応を行う方法は、引き上げ相当分のベースアップを行うことが最も素直な解決策となります。ただ、この解決策を行うとかなりの人件費アップが予測されます。25年の答申を踏まえて、月間所定労働時間160時間と仮定した一人当たりのベースアップ額を試算すると、
最低賃金引上げ額63円×月間所定労働時間160時間=10,080円
となります。来年以降を見据えた対策を行うことを想定すると、この2~3倍以上のベースアップを行う必要となるでしょう。また、ベースアップとなることで、賞与や退職金の増額となる可能性があり、人件費への影響は多大といえます。
そのため、ケース2での対策を考える場合、
 
 A:人件費上昇をいかに抑えるか
 B:社員間の給与バランスを維持できるか
 
という2点を考慮して解決策を講じることが肝要です。
 
上記2点を押さえた具体的な解決策を紹介すると、以下のようなことが挙げられます。
 
①賞与の一部を基本給化することで、時間単価を引き上げる
残業代を考慮しなければ、理論上年収を変えずに月給が引き上がります。実際には、時間単価が上がることで残業代も増えるため、その分の人件費上昇を招きますが、単純なベースアップでの対策と比べると人件費上昇を抑えられます。本手法のメリット・デメリット、留意点の詳細に関しては、弊社所属のコンサルタントが別ブログにて解説しています。ご関心ある方はそちらもご一読ください。
賞与の一部を基本給化する際のメリット・デメリットと留意点 | 人事戦略研究所:人事制度改革
 
②固定残業代の一部(もしくは全額)を基本給化することで、時間単価を引き上げる
新卒・中途採用時の募集賃金を高く魅せるために固定残業代を支給している企業もあると思います。このような場合、固定残業代の一部を基本給に組み込むことで、月給総額を変えないまま時間単価を引き上げることが可能です。ただし、①と同様に時間単価が上がることで残業代も増え、人件費が上がります。また、賞与を基本給比例で支給している場合は、賞与原資も増えることに注意が必要です。また、社員からすると、月給の内訳が変わるだけで総額は変わらないためメリット感が薄く、「物価上昇等に対応した措置」といった打ち出しができないことがネックです。こういったデメリットもありますが、単純なベースアップによる対策と比べると、人件費上昇は抑えられる可能性があり、有効な対策の1つといえるでしょう。
 
③所定労働時間を短くする
人手不足を抱える企業にとっては難しいかもしれませんが、休日増やす・休憩時間を延ばすことで所定労働時間を短くすることも、来年以降の引き上げに備えるという意味では対策の一つとなります。勿論、業務への影響も大きく、下手をすると残業時間だけが増えるといったリスクも想定できます。したがって、こういったリスクを回避できるか否かを慎重に議論を重ねた上で判断を下すようにしましょう。
 
来年以降を見据えた対策を3つ紹介しました。どれか1つの解決策で対応するのではなく、複数の策を組み合わせて対策することも視野に入れるようにしましょう。また、実際に取り組む際には様々なシミュレーションを行いながら検討を行うことが重要です。なお、①②は人件費上昇を回避する点を重視した対策です。したがって、根本的な解決策ではない点に留意しましょう。
今回は最低賃金引上げへの対応策に関してお話ししました。ケース1・2と分けてお伝えしましたが、ケース1に当てはまる企業は少なく、ほとんどの企業ではケース2を検討する局面になっているのではないでしょうか。「そろそろ検討を進めないと・・・」と考えておられた企業にとって本ブログが参考になれば幸いです。

執筆者

岸本 耕平 
(人事戦略研究所 マネジャー)

前職では人的資本の最大化の実現を目指し、人事管理ソフトの開発・保守業務に従事。新経営サービス入社後は、50社以上の支援実績をもち、人事評価・賃金制度構築や教育制度構築、中期経営計画策定、管理職研修など幅広いコンサルティングを手掛けた。
昨今トレンドとなっている人的資本経営・人的資本開示に関する研究も深めており、その知見を活かしたコンサルティングに定評がある。
ISO30414リードコンサルタント/アセッサー

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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