人的資本ROIとは

1.人的資本ROIとは?

人的資本ROIとは、人的資本投資の効率性を示す指標と位置付けられ、賃上げ・人材育成などのヒト・組織に対する取り組みが会社の価値向上にきちんとつながっていたかを定量化する指標と捉えることができます。※ROIは「Return On Investment」の略。投資に対してどれだけ利益を上げたかを表す指標。

人的資本開示に関する国際規格であるISO30414でも開示推奨58指標の1つと位置付けられています。なお、ISO30414では算出式を以下のように定義されています。

人的資本ROI=営業利益÷人件費

参考までに、経済産業省「企業活動基本統計調査」をもとに、2019年度~2022年度までの人的資本ROIの業種別水準を算出すると、下図のようになります。

 

図①:人的資本ROIの3か年推移

 
人事領域においては、「各種施策の取り組み成果を定量化しづらい」「定量化できたとしても、全社業績にどれだけ貢献できたかが分からない」といった認識がこれまで一般的でした。ただ、人的資本ROIの登場により、こういった認識は徐々に時代遅れになってくるかもしれません。実際、人的資本経営が注目されている中で、人的資本ROIをKGI設定・社外へ開示する先進企業が徐々にでてきます。※算出定義は、各社独自に設定。
 
2.社内で活用するための留意点
人的資本経営の成果性・効果性を可視化できるという点では、人的資本ROIを人事部門の管理指標として活用することは有効です。ただし、このようなメリットを活かすには、活用の留意点をきちんと押さえておく必要があります。
 
【留意点①】算出定義を吟味し、必要に応じてカスタマイズする
ISO30414の定義では、営業利益÷人件費という算出式により人的資本ROIの計算が可能です。しかし、人的資本ROIを実効性の伴う指標とするためには、算出定義を吟味することが不可欠です。具体的には、以下のような観点からの検討が必要です。
・取り組み成果を測定する上で、INPUT指標(分母)は人件費が適切といえるか?
(人件費には一般的に含まれない採用コストや教育研修費等の扱いをどうするか)
・自社の事業モデル・収益構造を踏まえると、OUTPUT指標(分子)は営業利益が適切か?
(外的要因による変動幅が大きい等の事情があれば、別の業績指標への差し替えも検討)

【留意点②】結果だけでなく、プロセスにも着眼する
人的資本ROIの位置づけは、KPIというよりKGIです。実際の活用シーンでは、図①のように経年推移をもとに成果性を考察していきます。その際、「上がった・下がった」という結果を見るのではなく、プロセスが伴っていたかを検証することも重要です。そのためには、採用・教育・評価といった人事プロセスごとにKPIを予め設定することが理想的です。例えば、以下のようなイメージです。

 

画像名称

 
3.人的資本ROIとの向き合い方
今回のブログでは、人的資本ROIという新たな指標をご紹介しました。前述の留意点を踏まえると、人的資本ROIを活用するには相応の準備や導入後のトライ&エラーが必要になってきます。現時点では活用企業も少なく、ポピュラーな指標とは言えない点が活用の難しさを物語っているのかもしれません。ただ、①成果性や効果性を定量的に捉える②業績へのインパクトを捉えるという点に関しては、企業人事においてこれまでにはなかった視点です。すぐに活用できる企業は少ないかもしれませんが、人事課題と日々向き合うにあたって、この指標が与えてくれた視点を意識しながら向き合っていきたいものです。

 

執筆者

岸本 耕平 
(人事戦略研究所 シニアコンサルタント)

「理想をカタチにするコンサルティング」をモットーに、中堅・中小企業の人事評価・賃金制度構築に従事している。見えない人事課題を定量的な分析手法により炙り出す論理的・理論的な制度設計手法に定評がある。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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