業績連動賞与の評価指標選定のポイント

ここ最近、「業績連動型の賞与制度設計」に関するご相談を受ける機会が増えています。「月給の〇ヵ月分」といった固定的な運用から、業績と厳密に連動する運用に変更することで効率的に人件費コントロールを図りたい、といった経営サイドの意図が背景にあるようです。
業績連動型の賞与制度を設計するに際しては幾つかの論点がありますが、中でも賞与原資を算出するための「業績指標」に関するご相談が多くあります。本稿ではその点について、筆者のクライアント先事例を参考にしながら解説を行います。

 

◆企業で一般的に採用されている業績指標
まずはじめに、業績連動型の賞与制度を導入している企業で一般的に採用されている業績指標について確認しておきましょう。日本経団連が発表している「東京経営者協会会員企業の賞与・一時金総額(原資)の決定方法」の調査結果によると、営業利益を採用している企業が最多で60.2%となっており、標準的な指標になっていることが分かります。※1

 

業績指標

※1  日本経済団体連合会が、企業会員および東京経営者協会の会員企業349社を対象に調査を行った「2021年夏季・冬季 賞与・一時金調査結果」より引用https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/044.pdf
 
営業利益の採用率が最も高い理由としては、経営サイド、社員サイドの両方にとって「分かりやすい」指標である、という点に尽きます。本業での会社の実力・成績を最も分かりやすく表すものであり、業績に応じた人件費コントロールという点では会社にとって扱いやすい指標ですし、社員にとっても営業利益で賞与の総額が変動する(会社が儲かったから賞与が増える、逆もしかり)という説明は比較的納得しやすいと言えます。例えば営業職であれば、自身の営業成績がよりダイレクトに賞与に反映されやすくなり(そうなることがより理解しやすくなり)、固定的な賞与制度よりも頑張り甲斐が出るケースもあるでしょう。
実務上、業績評価指標として営業利益を用いる場合には自社の営業利益が全社的にオープンになっていることが望ましいと言えます。この点、上場企業などでは営業利益を指標とすることが適していますが、筆者のクライアントである中小企業の多くでは社内で詳細な営業利益を公開していないケースも珍しくありません。このような場合、「社員にとっての分かりやすさ」という点では営業利益を業績指標とすることに対して課題が残るため、中小企業では営業利益以外の業績指標を設けている例もあります。

 
◆限界利益を業績指標に設定した事例
ここでは、「営業利益以外」の業績指標を用いて、業績連動型賞与制度を効果的に活用している中小製造業の事例を簡単に紹介します。
同社では元々、決算書を含めて会社の業績指標を一般社員に公開していません。賞与制度としては基本給に連動した「固定的な」支給を長年行ってきましたが、近年では業績の変動が大きく、固定的な賞与支給が経営を圧迫するリスクが生じてきていたことから、業績連動賞与への切り替えを検討することになりました。
具体的な検討過程では、前述のように「営業利益」が最も分かりやすい指標として候補に上がりましたが、現時点で営業利益を社内で公表することはやはり難しいとの経営判断があり、他の業績指標を検討する必要が生じました。
業績指標として社内に公開することができる指標として候補にあがったのが、「売上高」と「限界利益」の2つでした。分かりやすさの点では売上高が勝っていましたが、経営トップの想いとして「社員には製造原価をはじめとした変動費にも意識を向けてもらいたい」ということが強くあったため、最終的には売上高から変動費を差し引いた「限界利益」を指標として設定することになりました。
 
◆業績評価指標選定の上でチェックすべきポイント
業績連動型の賞与制度では営業利益を業績指標に用いることが一般的であると紹介しましたが、前述の企業事例のように制約条件がある場合には、営業利益以外の指標が適している場合もあるため、各社ごとの状況に応じた最適な指標を選択することが重要になります。具体的な検討にあたっては以下の観点を必ずチェックするようにしてください。
 
⓵経営視点:人件費コントロールの機能として扱いやすい指標であること
経営サイドの視点では、業績に応じて賞与原資を増減できる機能(=人件費コントロール)を賞与制度に持たせることで適切な利益調節が可能になる、という点が一番のメリットになると考えられます。
この点、前述の調査資料では「営業利益」を賞与原資決定にあたっての業績指標として用いる企業が最も多く、次いで「経常利益」が多くなっています。一般的に企業として扱いやすい(人件費コントロールの機能として)指標であることから、優先的に検討の土台に上げるべきでしょう。但し、当然ですが一般的に使われているからという理由だけで選ぶのではなく、自社の実態に適しているか、について慎重に検討するようにしてください(例えば本業以外での営業外費用の変動が大きい会社であれば、業績指標として経常利益を選ぶ方が適している場合もあるでしょうし、逆に営業外費用の影響で賞与原資がマイナスに変動しすぎると、社員の納得感は得られにくいというデメリットも考えられます)。
 
⓶社員視点:業績達成意識を向上させやすい、分かりやすくて業務成果との関連性が高い指標を選ぶこと
社員にとって賞与に影響する業績指標が分かりやすく設定されており、また自身の業務成果との関連性も高い状態(例えば人事評価の基準を通じて分かりやすく明示されているなど)になっていることは非常に重要です。自らの頑張りによって賞与額がアップすることを意識しやすくなるため、モチベーションが向上し、結果として会社の業績向上に寄与することも大いに期待できます。
逆に社員にとって分かりやすい指標を公開しにくい(できない)状態なのであれば、会社側の都合だけで不透明な業績連動型賞与制度を導入することが社員の納得性を下げ、モチベーションにも悪影響を及ぼす危険性もあります。それならば固定的な賞与制度も部分的に残しておくなど、慎重な検討が求められます。
 
上記2点のポイントを踏まえつつ、自社において最適な指標を選択するようにしてください。
 
いかがでしたでしょうか。本稿では業績連動型の賞与制度を導入するにあたっての業績評価指標の選定方法について解説してきました。
尚、制度導入後も事業環境や経営環境の変化を踏まえ、定期的に指標の見直しを検討することも重要です。本稿が少しでもお役に立てれば幸いです。

執筆者

鈴江 遼 
(人事戦略研究所 コンサルタント)

大学では人事組織経済学を専攻し、人的資本や行動経済学等の理論を学ぶ。企業内の人事ヒアリング調査を行った経験から、「人事制度の構築・運用のいろはを学び、会社経営の支援がしたい」という思いを持ち、新経営サービスに入社。
常に論理性と一貫性を保ち、本質を突いたアドバイスができるコンサルタントを目指し、日々挑戦している。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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