商社・卸売業 人事制度の構築ポイント

-もくじ-

  1. 商社・卸売業の人事制度を構築するにあたって
  2. 構築のポイント
  3. 商社・卸売業における人事制度 事例

1.商社・卸売業の人事制度を構築するにあたって

 旧来型の卸売業では、主要な職種として「営業職」「仕入職」が挙げられます。しかし、現在の卸売業では、一人の人材(多くは営業職)が、販売物流から企画提案、商品開発(商品開拓)といった、事業モデル全般に関わることが求められてきています。

 事業モデルを可視化する際に利用される「バリューチェーン」に照らし合わせてみて、どの領域が自社の事業の強みか、またその強みを発揮するために人材に求められる技能・成果業績を見極め、人事評価・処遇制度を設計する視点が必要です。

2.構築のポイント

業績評価の設計

 卸売業で主要な職種となる「営業職」の業績評価要素としては、売上、粗利益、売掛金回収、新規顧客開拓などが挙げられます。問題は、それぞれの要素をどのように評価するかです。
「売上」という要素を評価するには、大きく分けて、
 ①目標・予算に対する達成度
 ②前年(あるいは過去)実績に対する伸長度
 ③業績や指標の絶対額
という3つの基準があります。

 例えばルートセールスなら、「①目標・予算に対する達成度」を中心に置くことが多いでしょう。それぞれの担当先や各種条件を加味できる点はメリットですが、目標設定に対する納得性がより重要となります。

業績評価3つの基準のメリット/デメリット

業績評価の観点 メリット デメリット
目標達成
  • 分かりやすい
  • 社員の目標意識を高める
  • 全員が目標達成すれば
    会社の目標も達成できる
  • 目標設定方法に不信感や不公平感を
    抱かせる可能性がある
  • 自己目標を低い水準で立てる
    可能性がある
前年伸長率
  • 分かりやすい
  • 対比する基準が明確である
  • 全員が前年実績を上回れば、
    昇給原資ができる
  • 過去に実績を伸ばした社員ほど
    厳しい基準となる
  • 外部環境の変化を反映できない
  • 担当替えなどの場合、評価しにくい
絶対値(額)
  • 貢献度を反映しやすい
  • 会社の期待する水準や金額を
    意識させることができる
  • 基準値をどの程度にするのかが難しい
  • 実績の低い人のやる気を損なう
  • 担当先の影響を大きく受ける
賃金制度の設計

 商社・卸売業においては、営業職を中心に「成果主義」を取り入れる企業が多かったものの、行き過ぎた個人実績の評価スタイルを見直す動きもあり、最近ではむしろ「優秀な若年層が魅力を感じ、わが社に長く定着してもらうための賃金制度」が必要となっています。そのために、「単なる年功主義ではない、実力に応じた賃金決定の仕組み」が必要となる一方、「長期的かつ安定的に昇給・昇格が期待できる制度設計」も重要となります。

複線型人事制度の導入

 社員数が拡大している企業であれば、一定期間営業で実績を重ねた人には管理職としてのポストが用意できます。しかし、組織規模の拡大にブレーキがかかっている企業では、何年も前に昇進した管理職が長期間居座るようになり、それに続く世代の全員が管理職を目指すキャリアは描きづらくなっています。
そこで、マネジメント適性のある一部の人は管理職となり、営業力に優れた人は営業専門職を目指すという複線型のキャリアパスを用意する必要があります。

 運用の留意点としては、専門職コースが、社内で「マネジメント力の無い人のコース」というネガティブな捉え方をされないこと、また、専門職の人材が良くない意味で「個人商店化」しないようにするための工夫が重要になります。

3.商社・卸売業における人事制度 事例

事例① 複線型コースを設定した人事制度

【制度改定の背景】

  • A社は、機械器具卸として全国に拠点をもつ、上場企業の100%子会社である。社員数は180名で、その多くは、各拠点の営業職、営業事務職となっている。
  • 同社においては、1~8等級中、5等級以上を管理職として定義していたが、同等級内に、拠点を統括して部下をもつライン管理職と、部下をもたない管理職が混在しており、賃金にほとんど差がついていない状況であった。部下を持たない管理職については、担当顧客に対する数値責任を追っているものの、いわゆる1プレイヤーとして動いている状況にあった。このことから、拠点の統括責任をもつライン管理職から、不満の声が上がっていた。また業績は近年、競合の台頭により低迷が続いている状態であり、新規顧客の開拓が大きな課題となっていた。
  • 親会社から、改革推進派の新社長が着任し、まずは組織改革を始めることとなった。具体的には、あいまいであったライン管理職とラインではない管理職の役割を定義し、それぞれに求められる成果を明確にした上で、担っている役割に応じた処遇制度を目指すことになった。
■ 等級制度

 まず課題となっていた拠点の統括管理を担う管理職と、プレイヤーとして活動する専門職を分けた複線型の等級フレームを設定した。管理職は8等級、専門職は7等級まで昇格することを可能にし、それぞれの役割を明確に定義した。ただし、専門職とはいえ、実際には管理職になれない人の受け皿としての要素が強く残した形での移行となった。今後数年かけて徐々に本来の専門職としての役割を担うことができるようにスキル強化を目指すことになった。
 また現時点では管理職との給与も大きく差をつけることは、現実的ではないことから、数万程度の差をつける形で設計している。

<等級フレーム>

<等級フレーム>

 等級基準書は、管理職と専門職の役割を明確に定義している。管理職は、部門全体の管理、専門職は顧客対応を中心とする営業プレイヤーとしての役割を中心に設定した。これにより、マネジメント志向をもつ人材と専門職志向を持つ人材、それぞれが目指すべき方向性が可視化された。

<等級基準書例>

<等級基準書例>

■ 評価制度

 営業職の業績評価については、売上額に加え、値引き受注予防策として、粗利額を評価項目として設定している。また課題としている新規開拓については、成果指標として「新規訪問件数」を設定している。
 また売上と粗利益については、「支店」と「個人」の2つに区分し、それぞれ評価することにしている。ウェイトを支店業績で40%、個人業績60%として、個人業績に重点をおいているものの、①支店内での担当地域の割り振りが、必ずしも平等ではない点、②1人で受注に至るわけではなく、支店内での相互協力が重要であるという点を考慮し、支店全体で収益を上げていくことにも意識をもってもらえるような比率で設計した。
 これらの評価項目につき、0~100までの11段階で評価できるように設定している。評価基準を細かくしておくことで、営業職に少しでも多くの数値を上げよう、という意識づけを図ることを目指した事例である。

<営業職の業績評価例>

<営業職の業績評価例>

■ 賃金制度

 給与制度については、オーソドックスな給与テーブルを設計したものの、「営業活動の活性化」を図るため、別途報奨金制度を設けた。毎月の売上目標達成に加え、3か月連続達成することで、さらに加算されるしくみである。これまでは個人の頑張りが大きく反映されることはなかったため、この報奨金に対する営業職の納得度は高く、現場の活性化につながった。また部門全員を対象にした報奨金も取り入れることで、部門全体で達成しよう、という意識づけにもつながった。
 尚、間接部門の報奨金に関しては、一定の営業利益目標を達成した場合、その達成率に応じて利益配分を行うしくみとなっている。

<報奨金制度>

1:売上高目標達成賞(個人賞)※営業職のみ

目標達成率 100%以上 105%以上 110%以上 120%以上
月次達成賞 10,000円 15,000円 20,000円 30,000円
3か月連続達成賞 30,000円

2:売上高目標達成賞(部門賞)※部門全員が対象

目標達成率 100%以上 105%以上 110%以上 120%以上
月次達成賞 5,000円 7,500円 10,000円 20,000円
3か月連続達成賞 20,000円

3:新規開拓賞(個人賞)※営業職のみ

新規開拓件数 1件 2件 3件以上
新規開拓賞 10,000円 20,000円 30,000円
事例② 年功的な処遇体系から、メリハリのある処遇へ転換した事例

【制度改定の背景】

  • B社は、全国に拠点をもつ食品卸売会社である。社員の多くは各拠点の営業職であり、主に小売業の本社との商談や小売店のサポートを行っている。そのほか商品開発職、業務職、配送職、営業事務職などの職種がある。
  • B社においては、長年創業者が強烈なリーダーシップで営業面、商品面を牽引し、業績も順調に拡大を続けてきた。しかし近年では、業界が大きな転換期を迎え、また創業者も高齢となり、会社自体が一時期の勢いをすっかり無くしていた。社員一人一人の力を結集し、難局を乗り切るべき時だが、長年“上からの指示待ち”で動いてきた風土から抜け出すことは簡単ではない。さらに、創業初期からの社員も高齢になり、従来通りの年功序列で運用してきた賃金制度により、人件費比率も上昇していた。
  • 世代交代の時期を迎え、創業者の長男である新社長の就任を期に、これまでの企業体質の改善に取り組むべく、年功的な処遇体系から、メリハリのある処遇体系への転換に向け、人事制度改定に着手することになった。若くても、やる気のある社員を積極的に引上げ、活躍できる土台をつくることに主眼をおいた制度改定例である。
■ 等級制度

 これまでは、一定の経験を積めば昇格させるような年功的な形をとっていたが、これを刷新。職種別に求めるレベルを具体化した等級基準書を作成した。これをベースに全社員の等級格付けを行い、現在の能力レベルに応じた等級へ配置する大改革を行なった。経験年数に関わらず、やる気のある社員が早期にキャリアアップすることが可能なしくみにすることで、組織の活性化を目指すことになった。
 また同時に、地域限定職(エリア職)を導入することに踏み切った。これは、①長年の年功的な昇給により、人件費が高騰しており、労働分配率が非常に高くなっていたことの対策として、また②厳しい採用環境下において人員を確保するため、地元志向の強い人材にアプローチことを可能にするためである。
 エリア職の処遇として、①転居をともなう転勤がない、②昇進・昇格に上限を設ける、③給与は、総合職(地域限定をしない社員)と一定の差を設けた。その上で、エリア限定するか否か、については社員側が選択する形をとった。これにより、社員一人ひとりが「自身の働き方」を選択し、納得する形でコース別の等級制度を導入することができた。

<等級基準書例>

<等級基準書例>

<総合職とエリア職のコース分け>

<総合職とエリア職のコース分け>

■ 評価制度

 評価制度においては、会社が求めたい社員像を改めて具体化し、職種別の評価表に落とし込みを行った。以下は配送職のプロセス評価の事例である。配送職は「車両管理」、「安全管理」や「運転技能」に加え、「顧客対応力」や「商品知識」なども項目として設定している。これは、従来の「荷物を届けるだけのドライバー意識」から、お客様とのよりよい関係づくりや一定の商品案内ができるような「配送サービス職」としての役割を担ってほしい、という新社長のメッセージを明確に示すことにつながった。他の職種においても、それぞれに求めたいことを行動レベルで具体化しながら評価表を作成している。

<配送職のプロセス評価例>

<配送職のプロセス評価例>

■ 賃金制度

 基本給は、総合職とエリア職の2つの基本給テーブルを設計した。この際、初任給水準・昇給ピッチについては、総合職とエリア職で一定の水準差を設けているものの、号俸数や昇給方式に違いは設けていない。仮にコース転換をする場合は、同等級同号俸にてスライドする形で移行することができるように設計した例である。
また評価結果を7ランクに区分し、頑張れば大きく昇給できるようなメリハリのある給与改定基準を設計した。
 さらに、基本給テーブルは、各等級で給与レンジ(支給範囲)が決まっているが、等級間で金額が一定の範囲で重なる部分がある。例えば、総合職1等級の30号俸は2等級の6号俸と同じ金額となっている。これは、少し昇格が遅れても、一定期間は定期昇給を可能にするための年功的な考えによるものである。しかしながら、ここで起こる問題として、昇格対象となる社員自身の給与がこの「重複している部分」にある時、例え昇格したとしても、給与額は上の等級における同額の号俸に横すべりで移行され、基本給自体はほとんど上がらないことである。このしくみでは、「早く上へあがろう」という昇格意欲をもたせることは難しくなる。この問題を解消するために、「等級手当」を設け、昇格時に相応の昇給ができるしくみとした。「これまで以上に昇格への意欲をもってもらいたい」という新社長の意図を組み、設定した事例である。

<基本給テーブル:総合職>、<基本給テーブル:エリア職>

<給与改定基準>

評価 評価点目安 改定基準
S 75点以上 +7号
A 65点以上75点未満 +5号
B+ 55点以上65点未満 +3号
B 45点以上55点未満 +2号
B- 35点以上45点未満 +1号
C 25点以上35点未満 ±0号
D 25点未満 ー1号

<等級手当>

等級 支給額
1等級 10,000円
2等級 20,000円
3等級 30,000円
4等級 40,000円
5等級 100,000円
・・・ ・・・・

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