どのように賃金を引き上げればよいか? ~最低賃金の引き上げや採用競争に向けて~
賃金制度
1:賃上げの背景
昨今、特に賃金の上昇圧力が強まっています。多くの企業で影響が大きいのは、やはり最低賃金の引き上げでしょうか。この2023年10月に全国平均で、水準は1000円超、引き上げ額は43円にもなります。この引き上げ額について、仮に月の労働時間を170時間と想定すると、43円×170時間で7,310円にもなります。またこの最低賃金の金額は、将来的にさらに引きあがっていく可能性が否定できません。
さらに少子化が招く人手不足による採用競争の激化も、賃金の上昇に拍車をかけています。産労総合研究所による初任給調査では、68%の企業が初任給を引き上げ、また2022年度と比べた初任給額の増加率は全学歴で2%にも上っています。
ところで最低賃金や採用競争への対応において、主にターゲットとなるのは所定内給与(時間外手当等を除いて毎月固定的に支給される給与)です。最低賃金の対象となるのは毎月決まって支払われる賃金であり、賞与や残業代は除かれます。また多くの採用担当者の方から、応募者は主には所定内給与の数字を見て、残業代や賞与はあまり確認していないのではないかと聞きます。であるならば、最低賃金や労働市場に自社の所定内給与をいかに適合させるか(引き上げるか)、を考えることが重要となります。
しかしながら、このような賃金の引き上げに向けて潤沢な原資を振り分けられる企業は、そう多くはないでしょう。限られた原資を活用し、将来的な最低賃金の引き上げや、採用競争に対応していく必要があります。
それでは所定内給与の引き上げ、および人件費の高騰回避の両立に向けて、どのように取り組めばよいのでしょうか。いくつか方法はありますが、今回は、所定内給与を組み替える方法、あるいは賞与を含めて調整を図る方法の2つについて、筆者が実際に支援したケースを通じて具体策を紹介します。
2:賃金の引き上げの具体例
①所定内給与を組み替える方法:資格手当を基本給に統合
不動産業のA社は、最低賃金や初任給相場の上昇を踏まえて初任給を引き上げました。その際に検討の対象となっていたのが資格手当です。宅地建物取引主任者、通称「宅建」の資格取得が前提の業務となっていたため、1万円と高額の手当を設定し、取得に向けた動機付けを図っていました。とはいえ宅建の資格取得は多くの場合に入社後であり、場合によっては数年かかるケースもあることから、手当を抜いた金額で将来的な最低賃金の引上げや採用競争に対応していく必要がありました。しかし、引き上げた初任給に1万円の資格手当を上乗せすると、採用競合となる他社と比べて高くなりすぎてしまいます。
そこで初任給の引き上げに際して、資格手当を基本給に統合することにしました。それにより、若手の給与が必要以上に高くなることを回避して原資の高騰を回避しました。一方で資格取得者と未取得者で処遇差がないと、資格取得に向けた動機付けの効果が失われてしまうという懸念があります。そこで、あわせて資格未取得者は賞与支給額を一定引き下げるという工夫を通じて、年収面での格差を設けることにしました。賞与はあくまで貢献に対して支給される、さらに宅建未取得者は会社への貢献が限られるという理屈で説明したところ、社員からの納得も得ることができました。
②所定内給与以外(賞与)を含めて調整する方法:賞与を所定内給与に振替え
メーカーのB社も同じく、最低賃金や初任給相場の上昇を踏まえて初任給を引き上げました。その際に検討の対象となっていたのが賞与です。業績によって多少増減するとはいえ、年間で基本給の5か月分という高い水準で支払われていました。この賞与の支給月数の目安を年間で3か月に変更し、その分を所定内給与の引き上げ分の一部として振り替えました。仮に賞与の基礎額が30万円であれば、2か月分である60万円を所定内給与に割り振ることになるので、単純計算でその1/12である5万円の所定内給与引上げが、年収を維持したまま可能となります(ただし残業代の基礎額も増えるため、その分のコストは発生します)。
年に2回、それも会社の業績によって変動する賞与が手厚いことよりも、毎月安定して支給される所定内給与が手厚い方が望ましいとの社員の意見もあり、このような所定内給与の引き上げを実施することになりました。
以上、2つのケースを通じて、所定内給与の引き上げと、人件費高騰の回避を両立する具体策について解説しました。
3:賃上げ検討の際の留意点
上記のような賃上げ対応をされる場合の留意点として、いずれにおいても退職金に影響する可能性がある点は、注意が必要です。もし退職金の支給額が基本給と連動して決定されるのであれば、想定以上にコストが跳ね上がることがあります。そのような場合は、例えば退職金の支給額決定ルールをポイント制に切り替える等を検討されるとよいでしょう。
あわせて、ここでお伝えしたいのはあくまで人件費の「高騰」を抑制するための工夫だという点に注意してください。昨今の賃上げの風潮もあり、年収を変えないまま組み換えだけに終始する改定をしてしまうと、社員からはある種の誤魔化しという受け止めから、会社への不信感にもつながりかねません。既存社員について、年収水準を一定引き上げる、あるいはすでに一定の年収水準が確保されているという前提を踏まえて、参考にして頂ければと思います。
出典 産労総合研究所 2023年度 決定初任給調査
執筆者
田中 宏明
(人事戦略研究所 コンサルタント)
前職のシンクタンクでは社員モチベーションの調査研究に従事。数多くのクライアントと接するなかで、社員の意識改善、さらには経営課題の解決において人事制度が果たす役割の重要性を実感し、新経営サービスに入社。 個人が持てる力を最大限発揮できる組織づくりに繋がる人事制度の策定・改善を支援している。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
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