社員の自己研鑽に向けた非金銭的な支援について
教育・能力開発
日本人の社会人は世界一学ばない、ということが言われています。例えばパーソル総合研究所(2022)による「グローバル就業実態・成長意識調査」の結果によると、勤務先以外での学習や自己啓発活動について、とくに何も行っていないという回答の割合が、日本では52.6%で1位であり、2位のオーストラリアの28.6%の倍近くにのぼります。
実際に筆者がご支援を行っている会社においても、業務に必要となる基本的な資格でさえ、取得に向けた勉強を促すことに苦労するといった話を伺うことがあります。その対策として一般的なのは、金銭的な支援あるいは報酬を与えるものです。例えば資格取得に向けた通信教育にかかる費用、テキストの購入や受験等を会社が負担し支援する、あるいは重要な資格の取得に対して一時金や手当を支給したり、昇格要件としたりすることで報酬とする、等です。しかしながら、すでにこれらを実施していることも多く、効果は限られるようです。
一方で、上記のような金銭的な支援に加えて、非金銭的な支援を通じて成果を上げたという事例をご参考までにご紹介します。
この会社は建設業の中小企業であり、業務の受託や事業の拡大に向けて、施工管理技士をはじめとする社員の資格取得が課題となっていました。一方で社員の方からは、業務を終えて帰宅してしまうと、なかなか勉強する気になれない、業務の隙間時間を活用しようとしても集中できないし、会社で勉強するのはさぼっているようで気が引ける、という声がありました。そこで、かねてからの資格取得支援や資格手当の支給にくわえて、勉強会の時間を週に1時間確保し、就業時間内での学習を奨励したのです。また実技系の試験対策に向けて、上司や先輩にも自由に質問ができるようにしました。その結果、学ぶことがこれまでよりも社内に定着し、資格取得率も上したということでした。
一般的に、同僚間での相互監視による同調圧力をピア・プレッシャーと呼ぶことがあります。これが行き過ぎると社員のストレスとなりネガティブな影響を及ぼすことになりますが、適度なピア・プレッシャーは緊張感を維持させモチベーションの向上につながるといわれています。上記のケースではピア・プレッシャーをうまく活用した例といえるでしょう。
しかしこのやり方には、労働時間の増加、および残業代の発生というリスクが伴います。就業時間の一部を勉強等の業務以外に費やすと、業務量が変わらないのであれば当然ながらその分就業時間は伸びてしまいます。この点、働き方改革の流れとは整合せず、社員の不満を招く恐れがあります。また残業代について、週に1時間、月に4時間分と考えると、人によっては月に1万円を超えることになります。まだ資格を取得していない社員にこれだけの金額を支払い続けることを、投資と割り切って是とするのかは判断が分かれるところでしょう。
また運用の方法にも配慮する必要があります。参加を必須とした場合、人によっては自己研鑽のテーマを持ち続けることが難しい場合が出てきます。一方で自由参加としてしまうと、参加率が徐々に低下して形骸化するリスクもあります。また一度形骸化してしまうと、再度活性化させることは極めて困難となります。
このように思い切った施策を実施するには様々なハードルが伴います。しかしながら、重要なのはリスクを前にして尻込みするのではなく、社員に自己研鑽を促すことの目的を明確にすること、またその目的を踏まえた試行錯誤を続けることです。今回の事例を踏まえて、ぜひ社内で取り組まれてはいかがでしょうか。
執筆者
田中 宏明
(人事戦略研究所 コンサルタント)
前職のシンクタンクでは社員モチベーションの調査研究に従事。数多くのクライアントと接するなかで、社員の意識改善、さらには経営課題の解決において人事制度が果たす役割の重要性を実感し、新経営サービスに入社。 個人が持てる力を最大限発揮できる組織づくりに繋がる人事制度の策定・改善を支援している。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
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