我が社にも賃上げが必要? 具体的方法① ~賃上げの目的や対象者に応じて手段を考える~
賃金制度
昨今の物価上昇や人材不足の環境を受けて、メディアでは連日様々な企業の賃上げに関するニュースが報道されています。そのなかでも、特にベースアップによる賃上げにスポットライトが当てられています。しかし、賃金テーブルそのものを書き換えるベースアップは、不可逆に近い全体的な賃上げということも踏まえて、経営リスクが相対的に大きくなることは否めません。本稿では、賃上げをベースアップありきで考えるのではなく、目的や対象者に応じて相応しい手段を選択していくためのアプローチを紹介していきます。
1.目的を定める ~なぜ我が社で賃上げを実施するのか検討する~
まずは、我が社が賃上げを行う目的を検討していきます。これは、後に賃上げの対象者や手段を判断するにあたって、定めた目的が重要な判断軸になってくるためです。
では、具体的にはどのような目的があるのでしょうか。昨今の環境を踏まえると、例えば、下記のような目的がよく見られます。
A:物価上昇に対応するため
B:採用競争力を向上させるため
C:社員定着率を向上させるため
D:社員(組合)要望に対応するため 等
これらの目的は必ずしも1つに絞る必要はありませんが、目的が複数にわたる場合には、限られた賃上げ原資を効果的に活用していくためにも優先順位を整理しておくことが肝要です。自社の状況に応じて整理していきましょう。
2.対象者を考える ~目的を踏まえて、どの層の賃上げが必要なのか検討する~
次に、定めた目的を踏まえて、賃上げの対象者を検討していきます。前述のよく見られる目的A・Bをサンプルに、考え方の例を見ていきましょう。
<目的A:物価上昇への対応を目的とした場合>
対象者 | 考え方の例 | |
パターン① | 全社員 | 物価上昇の影響は全社員が等しく受けていると考えたため |
<目的B:採用競争力の向上を目的とした場合>
対象者 | 考え方の例 | |
パターン② | 全社員 | 全体的な底上げを図ることで採用競争力の向上を図りたいと考えたため |
パターン③ | 特定の階層 or 職種 | 特定の階層 or 職種(例えば、リーダー層 or 開発職)において、特に採用競争力の向上が必要であると考えたため |
対象者を検討するにあたっては、
➢目的と矛盾がないこと(例えば、上記パターン①において、物価上昇への対応を謡っているのに賃上げ対象外の社員がいるということがないようにする 等)
➢考え方の説明に合理性があること(例えば、上記パターン③において、特定の職種のみを賃上げ対象とした背景が合理的に説明できる 等)
といった点が押さえられていることが肝要です。
3.手段を考える ~目的と対象者を踏まえて、賃上げの手段を検討する~
最後に、定めた目的と対象者を踏まえて、賃上げの手段を検討していきます。前述のよく見られる目的C(社員定着率を向上させるため)をサンプルに、代表的な3つの賃上げの手段(基本給・手当・賞与等の一時金)について考えていきたいと思います。
<目的C(社員定着率を向上させるため)における判断軸例>
基本給 | 手当 | 賞与等の一時金 | ||
効果性の判断軸 | 社員定着率の向上 |
【○】 安定的であり、 社員の安心感に繋がりやすい |
【△】 支給対象から外れる可能性もあり、左記と比較すると社員の安心感は低い |
【×】 業績により減額される可能性もあり、社員の安心感には繋がりにくい |
実現性の判断軸 | <制度面>
導入工数 |
【△】 諸調整に一定の工数を要する (基本給テーブルの書き換え等) |
【△】 諸調整に一定の工数を要する (対象者、要件、支給金額等) |
【○】 一時的な対応となるため左記と比較すると工数は小さい |
<運用面>
可逆性 |
【×】 基本給を下げることは難しい |
【△】 支給対象から外れれば減額可能だが、慎重な対応が求められる |
【○】 賞与のため業績に応じて コントロール可能 |
手段を検討していくにあたっては、効果性と実現性の観点から判断軸を設けて、評価していくことが肝要です。必ず押さえておかなければならない観点は何なのか?優先順位をつけながら我が社の状況に応じて検討を進めていくと、基本給ベースアップ以外の選択肢も見えてくるかもしれません。世の中のトレンドに流されることなく、我が社の状況に合わせた賃上げの手段をご検討いただければと思います。
以上、本稿では、賃上げの目的や対象者に応じて相応しい手段を選択していくためのアプローチについて紹介しました。次稿では、賃上げの手段を定めた上で、具体的な賃上げのアプローチについて触れていきたいと思います。
執筆者
辻 輝章
(人事戦略研究所 コンサルタント)
自らの調査・分析を活用し、顧客の想いを実現に導くことをモットーに、国内大手証券会社にてリテール営業に従事する。様々な企業と関わる中で、社員が自ら活き活きと行動できる企業は力強いことを体感。"人(組織)"という経営資源の重要性に着目し、新経営サービスに入社する。
第一線での営業経験を活かして、顧客企業にどっぷりと入り込むことを得意とする。企業が抱える問題の本質を見極め、企業に根付くソリューションを追及することで、"人(組織)"の活性化に繋がる実践的な人事制度構築を支援している。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。