「職群別」人事制度で賃金競争力と定着率の向上を目指した事例
賃金制度
近頃は構造的な人手不足を背景に、中途採用市場の活況が続いています。職種によっては賃金相場が高騰し、既存の賃金水準では採用ができないという場合も多いようです。筆者の支援先からも、同様の理由で賃金制度の見直しに関する相談をよく伺います。
賃金水準を世間相場と合わせる手段として、例えば職種手当を設ける方法があります。これにより、特定職種に絞って賃金水準を引き上げることができます。
ただしこの方法では、昇給や賞与のあり方は既存制度と変わらないことに注意が必要です。もし既存制度の昇給・賞与の考え方が職種特性に合わない場合、入社後にモチベーションを下げてしまい、早期の離職を招く懸念があります。
したがって、人材の採用だけでなく定着を考慮に入れると、単純な賃金アップだけでなく、職種に適した人事制度を構築することも重要であるといえます。
○「職種共通」人事制度から「職群別」人事制度に見直したX社
採用競争力だけでなく社員の定着率向上を両立するためには職種特性に応じた制度設計が必要である、という考えのもと、X社では「職種共通」の単一の人事制度を「職群別」の複数の人事制度へ改定を行いました。
本稿ではX社の事例をもとに、人事制度を複数に分けて設計するポイントをご紹介します。
■X社の設計事例
設計では、まず賃金水準の近い職種を以下2つのグループに区分しました。
これらの「職群」単位で人事制度を分け、賃金水準や昇給・賞与の考え方に職群ごとの違いを設ける方向としました。
A:企画職群(商品企画職、技術職、営業職)
B:業務限定職群(事務職、製造職)
ポイント1:職種でなく「職群」で区別した理由
ここで職種ではなく「職群」という区分を行った理由は、賃金水準以外にも3つあります。
1点目はX社では職種の数が多く、職種ごとに分けると制度体系が複雑になりすぎるためです。
2点目は、経営における人材の位置づけが職種間で共通していたからです。X社では元々、A(企画職群)に含まれる職種は中核業務を担う将来の幹部候補、B(業務限定職群)に含まれる職種は特定業務を安定的に遂行する人材、という位置づけがありました。
このように、異なる職種でも経営的な位置付けが共通するため、人事制度ではまとめて区分し、それぞれの位置付けに合わせた処遇を行うのが良いと判断しました。
3点目は、X社では制度改定前から賃金水準の近い職種で一括採用を行っており、人事制度にも同様の区分を用いることがスムーズだと判断したためです。
ポイント2:人事制度設計における職群A・B双方の違い
定着率向上を図るため、賃金水準以外の観点でも職群A・B双方の人事制度に違いを設ける方向としました。
A(企画職群):評価や昇格によって昇給額が大きく変わり、メリハリがある
B(業務限定職群):安定的に昇給するが、評価や昇格によるメリハリは抑える
②昇格上限
A(企画職群):積極的に管理職を目指す位置づけのため昇格の上限はなし
B(業務限定職群):現場の管理職まで昇格可能(それ以上の昇格は不可)
③評価方法
A(企画職群):目標管理制度を採用して、成果を評価する(行動評価はなし)
B(業務限定職群):行動評価を採用して、過程を評価する(目標設定はなし)
④部門間異動の制限
A(企画職群):経営視点を広く身につけることを目指すため、異動を実施する
B(業務限定職群):特定業務の習熟を目指すため、異動は実施しない
いかがでしたでしょうか。
今回の記事では、社員区分ごとに複数の人事制度を設けたX社の事例をご紹介しました。 賃金水準だけでなく昇給や賞与、昇格や評価など人事制度の考え方を職種特性に合わせることで、賃金面の競争力だけでなく社員の納得性を向上させることを目指しました。
社員目線の理解しやすさや運用管理の手間を考えると、人事制度はなるべくシンプルであることが望ましいといえます。しかし上記事例のように採用・定着を強化したい場合など、制度を使い分けるメリットが大きい場合には制度を複数持つことを検討してもよいかもしれません。もし当てはまる企業があれば、ぜひ参考にしてみてください。
執筆者

増田 あかり
(人事戦略研究所 コンサルタント)
大学卒業後、一社目は製造業で生産管理を経験。前職では大学生の就職支援に従事する中、人と仕事、人と組織の課題に向き合うことの難しさとやりがいを実感。より中長期的な視点で組織と人の成長を支援したいという想いから新経営サービスに入社、顧客の想いに寄り添うコンサルタントを目指し日々活動している。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。