みなし残業代制度の活用方法について考える(2)
労務関連
今回は、月給の削減を伴うみなし残業代制度の活用方法について検討していきます。
前回も触れましたが、残業代を除いた現在の月給総額に、みなし残業代を上乗せするだけであれば、純粋に月給が増えるだけですので問題ありません。ただ、この場合は残業時間が一緒であればこれまでと変わらないか、残業時間が少ない月などは逆に払いすぎてしまうという点でデメリットになります。
そこで、これまでの月給の一部をみなし残業代として充てるという方法が浮かびますが、この方法を採用するには大きなハードルがあります。要は、基本給や諸手当を減額改定することになりますので(また、これらが減額になることで残業代単価も下がります。
みなし残業代は残業代単価に含めなくてよいことになっています)、就業規則の不利益変更の問題(労働契約法10条)が生じることになります。ご存知のように、就業規則の不利益変更については対象となる社員全員の個別合意が原則であり、それが得られない場合には、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況等、総合的に見て変更が合理的であるかどうかが判断されることになります。
もっとも、裁判実務上、こうした不利益変更が認められるケースは多くないことや、給与の一部をみなし残業代に充てることが、上記の観点から合理性があるかどうかという点では、理屈としては弱いというのが実態でしょう。
この点、こうした方法を必ずしも不利益とは言えないと論じるものもあります。
確かに、みなし残業代を設定するときに給与の一部を充てる場合でも、月給自体がアップしているのであれば、残業代の有無にかかわらず固定給として支給されるのですから、残業時間が少なければ逆に社員にとってメリットになることもあります。こうした点を踏まえ、「潜在的な割増賃金請求権が喪失されたからといって、当該法定外みなし割増賃金制を一律に無効とするのは疑問であるというべき」と論じています(村林・中田『未払い残業代をめぐる法律と実務』144頁)。
そして、例えば「名ばかり管理職」の問題に会社として対応する場合に、非管理職として扱うことによる人件費の増加と業績への影響を回避する目的から、就業規則変更の必要性が高いと言えるような場合に、「名ばかり管理職の地位の管理監督者該当性の程度や、時間外労働の実態、当該企業の経費削減の必要性・窮状、労働者の過半数代表者や他の労働者の動向と業界水準等を総合的に考慮して、個別具体的に有効性を判断すべき」とするものもあります(岩出『実務労働法講義(上)』389頁)。
以上から、給与の一部をみなし残業代に充てる方法は、経営の観点からはメリットの大きい施策であり、実施できる可能性がありますが、法的なリスクを十分に認識する必要があります。具体的に採用する場合には、会社としての必要性が存在することはもちろんのこと、例えば賃金制度全般の改定の中で実施することによって、全体としての不利益感を和らげる(みなし残業代の設定により基本給、諸手当が実質減額になる程度を小さくする、人によっては純粋にみなし残業代が給与に上乗せになるケースをつくるなど)ことができるように留意してください。
執筆者
森中 謙介
(人事戦略研究所 マネージングコンサルタント)
人事制度構築・改善を中心にコンサルティングを行う。業種・業態ごとの実態に沿った制度設計はもちろんのこと、人材育成との効果的な連動、社員の高齢化への対応など、経営課題のトレンドに沿った最適な人事制度を日々提案し、実績を重ねている。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
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