その”賃金カット”は、本当に必要ですか??

世界的な金融危機に伴う日本経済の低空飛行状態は、依然として続いている。一部の経済指標では明るい兆しが出てきているようだが、実態経済が真の回復軌道に乗り始めるには、まだまだ時間を要するのではないかと思われる。
 
日本経済に不景気の波が押し寄せてから早1年が過ぎようとしているが、この間、多くの企業が目先の業績確保のために、挙って人件費の削減に着手した。最近は下火になりつつあるが、一時はほぼ毎日のように、大手企業の人件費削減に関する記事が新聞等で取り上げられていた。”派遣切り”のように、企業の倫理観が問われるようなこともあったが、より大局的な観点から今回の状況を俯瞰すると、「100年に一度と言われるような経済危機だから、人件費削減もやむを得ない」というムードがどこか漂っていたように感じる。かつての平成大不況の頃は、企業の人件費削減策に対する世間の目は、今よりももっと厳しかった。
 
もちろん、企業にしても、何のためらいもなく人件費削減に踏み切ったとは考えにくい。大手企業であれば当然に組合交渉が必要になるし、そうではない中小企業であっても社員への影響をある程度は考慮したはずである。しかしながら、人件費の削減やその程度を極力抑えるために、本当の意味で十分な努力をした企業は、いったいどれくらいあったであろうか?今回の企業の動向を見る限りでは、そのような十分な努力をした企業はごくわずかではないかと感じている。
 
多くの企業において、人件費は総コストの中で大きなウェイトを占めている。また、原材料費と人件費と比べた場合、原材料費を下げると直接的に品質に影響しやすいが、人件費を多少下げたとしてもそれがすぐに品質悪化を生むケースは少ない。このような人件費の特性から、業績が悪くなると、どうしても企業は人件費に手をつけたくなりがちである。
 
人件費を下げること自体は、不況下における経営施策としては避けることのできない一手段である。しかしながら、安易な人件費削減は、結果として企業に大きなダメージを与えることになりかねない。なぜなら、人件費を削減することは、企業の根源的活動要素である「人材」に対して、ほぼ必ず負のインパクトをもたらすからである。
 
たとえば、賃金カットをこれから検討している企業があるとする。毎月の給与を一定割合カットすれば固定費の削減につながり、コストインパクトは期待できる。しかしながら、その一方で、月例給与のカットは社員の日常生活にダイレクトに影響を与えることになる。その結果として、社員のモチベーションが下がったり、優秀な社員が離職したりしてしまうと、企業活動全体に影響が及び、人件費削減効果が吹き飛んでしまうことも十分に考えられるのである。
 
賃金カットの前に、今一度、他のコストに目を向けてみると、実はまだまだ削減可能な経費が放置されていたりする。全てのコストをゼロベースで見直すことが重要である。固定観念やつまらないしがらみで、手付かずになっているコストはないだろうか?
 
人件費は、コストであると同時に投資でもある。人件費を下げることは、企業にとって最も重要な人的投資を抑制することを意味しているのである。この不景気を乗り切るためにも、また、その後の回復過程で他社との競争に打ち勝つためにも、安易な人件費削減に陥ることのないように願いたい。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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