「管理者」の残業代問題に対する実務的対策アプローチ(1)

1.看過できなくなった「管理職」の残業代問題
今年の1月に、某大手外食チェーンの管理職残業代問題に1つの区切りがついた。具体的には、店長である管理職をいわゆる労働基準法上の「管理監督者」とみなさず、その結果として時間外手当の支給を命じる判決が下された。多くのメディアがこの判決を大々的に取り上げていたことからも、単なる企業法務の域を超えた、社会的問題としての様相を有していることが伺える。
 
企業の人事労務担当者であれば、上記の判決が意味する”重み”を痛いほど認識しているはずである。今までグレーゾーンであった「管理者」の残業代問題に、(結果として)世間を巻き込む形で一定の法的見解が示されたからである。もちろん、過去にも類似の裁判は数多く実施されており、これらの裁判を通じて当該問題に対するある程度の法的解釈は確立されていたが、今回の裁判は当該法的解釈の重要性や社会的認知度を一層高めることにつながっている。要は、今回の判決によって、企業の人事労務担当者は、「管理職」の残業代問題に対して、従来のように「見て見ぬ振り」をできなくなってしまったのである(※もちろん、従来から、当該問題に対して真摯な対応を取ってきた企業も多数存在していることは、筆者も承知している)。
 
我々人事コンサルタントは、当然に仕事としてクライアントから様々な問合せや相談を受けるが、中でも特に多い相談が、この「管理職」の残業代問題に関してである。特に、小売業や外食業のお客様からは、仮に弊社の支援内容が当該テーマに直接的に関連していない場合であっても、決まってこの問題についての相談を受ける。しかしながら、企業の人事労務担当者と同様に、我々人事コンサルタントにとっても有効的な解決策を見出しにくいテーマであることも、残念ながら否定できない事実である。
 
当該問題は、法律論だけではなく、賃金論やマネジメント論、財務的観点等、多様な視点・観点から考察するべきテーマであると筆者は感じている。そうすることによって、問題をより本質的な次元で解決するための有効的施策が見出せるようになると考えるからである。ただ、前述において「有効的な解決策を見出しにくいテーマ」と確言してしまったのは、そのような本質論的アプローチに至るまでの初期段階で、如何せん「法律の壁」ぶちあたってしまうからである。すわなち、法令や通達、判例等を通じて既に確立されている具体的解釈を踏まえると、問題の本質論を深く追求しようとしても、法律的解釈を一旦否定しない限り、その先に議論が進まないのである。
 
今回の某大手外食チェーンに関する判決を受けて、当該問題に対する本質的な議論の余地は、より一層狭まったと言えるのではないだろうか。だからと言って、当該判決の主旨を否定する訳ではない。また、企業の現場で今なお深刻な問題となっている長時間残業について、是正に向けて当該判決がもたらす効果は非常に大きい。従って、今後は是々非々関係なく、「管理職」の残業代問題において、法律論的なアプローチが進んでいくことは間違いない。事実、幾つかの大手企業は既にその行動に踏み切っている。
 
それでは、当該問題の対処に依然として頭を悩ませている多くの人事労務担当者は、今後、どのような具体的対応を実践していけばよいのであろうか。以降では、はじめに当該問題に関する法律的要件を整理し、その後、当該要件に沿う方向性での実務的な対策アプローチを示すものとする。
 
2.「管理職」と「管理監督者」の違い
多くの人事担当者が誤解しているのが、世間一般的に広く使用されている「管理職」の定義と、労働基準法が法的要件として規定している「管理監督者」の定義は、”似て非なるもの”であるという点である。具体的には、いわゆる「管理職」の定義と法律上の「管理監督者」の定義の関係は、
               「管理職」>「管理監督者」
 
と簡易的に示すことができる。一般的に使用されている「管理職」の定義よりも、労働基準法上の「管理監督者」の定義の方が、より限定的であり狭義的となっているのである。
 
「管理職」とは?
それぞれの具体的定義についてであるが、まず、世間一般的に使用されている「管理職」の定義は、おおよそ、以下のポイントの全てもしくは一部を包括的に捉えたものであると考えられる(※筆者私見)。
 
・部下を有する職位/等級にある者、もしくは、それと同等の職位/等級にある者
・企業内において機能的/形式的な組織をマネジメントする職位/等級にある者、もしくは、それと同等の職位/等級にある者
・課長以上など、各企業内で相対的な上級職位にある者
 
「管理監督者」とは?
一方の、労働基準法上で定める「管理監督者(※正確には「監督若しくは管理の地位にある者」)」の定義についてであるが、当該定義を理解するにあたっては、まず以下の通達の内容・主旨を理解することが重要となる。
 
<監督又は管理の地位にある者の範囲>(※重要箇所のみ掲載)
法第41条第2号に定める「監督若しくは管理の地位にある者」とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即した判断すべきものである。具体的な判断にあたっては、下記の考え方によられたい。
 
(1)原則
・・・・・企業が人事管理上あるいは営業政策上の必要等から任命する職制上の役付者であればすべてが管理監督者として例外的取扱いが認められるものではないこと。
 
(2)適用除外の主旨
これらの職制上の役付者のうち、労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない、重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間の規制になじまないような立場にある者に限って管理監督者として法第41条による適用の除外が認められること。従って、その範囲はその限りに、限定しなければならないものであること。
 
(3)実態に基づく判断
一般に、企業においては、職務の内容と権限等に応じた地位と、経験、能力等に基づく格付けとによって人事管理が行なわれている場合があるが、管理監督者の範囲を決めるに当たっては、かかり資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があること。
 
(4)待遇に対する留意
管理監督者であるかの判定にあたっては、上記のほか、賃金等の待遇面についても無視し得ないものであること。
この場合、定期給与である基本給、役付手当等において、その地位にふさわしい待遇がなされているか否か、ボーナス等の一時金の支給率、その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇措置が講じられているか否か等について留意する必要があること。
なお、一般労働者に比べ優遇措置が講じられているからといって、実態のない役付者が管理監督者に含まれるものではないこと。
 
(5)スタッフ職の取り扱い
・・・これらスタッフの企業内における処遇の程度によっては、管理監督者と同様に取扱い、法の規制外においても、これらの者の地位からして特に労働者の保護にかけるおそれがないと考えられ、かつ、法が監督者のほかに、管理者も含めていることに着目して、一定の範囲の者については、同法第41条第2号該当者に含めて取扱うことが妥当であると考えられること。
 
(昭和22.9.13発基17号、昭和63.3.14基発150号)
 
通達レベルでは上掲の内容にとどまるが、より具体的な定義を明確化するべく、「管理監督者」性について争われた過去の判例からそのポイントを整理すると、以下のようになる。
 
・企業全体の経営方針等の決定に参画する権限を有している
・労働条件の決定及びその他労務管理に関して、経営者と一体的な立場にある
・企業経営上の重要な職務権限と責任が付されている
・労働時間について実態として厳格な制限を受けず、自由裁量性がある
・賃金等の待遇面において、他の一般労働者に比べて相応の優遇措置が講じられている
 
過去の判例から考察する限りにおいては、いわゆる「管理者」が法律上の「管理監督者」であると認められるためには、上掲のポイントを全て有しておかなければならない可能性が高いと推測される(※筆者私見)。
 
以上の通り、多くの企業において一般的に使用されている「管理職」の定義と、法律が求める「管理監督者」の定義とでは、その視点及び解釈範囲に大きな差異があることが明白である。そして、この差異がグレーゾーンとして放置されてきたことが、管理職の残業代問題をより根深いものにしてしまったのではなかろうか。。。
 
しかしながら、繰り返しになるが、今回の某大手外食チェーンの判決により、このグレーゾーンを今までのように放置しておけない社会的環境・風土が構築・醸成されつつある。各企業においては、寝首をかかれないようにするために、当該問題の抜本的解決に向けた迅速な対応が求められることになる。
 
次回の章では、各企業の人事労務担当者の問題解決立案に少しでも資するような、実務的な対策アプローチについて解説していきたい。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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