高い賃上げが可能な会社づくりを行う③
〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑰〕

■大手企業は今年も5%を超える賃上げ

経団連より今年の春闘をめぐる大手企業の集計結果が発表されました。

(2026年春闘の回答・妥結状況(第1回集計)5月27日発表記事より)。

このデータによれば、定期昇給を含む月例賃金の引き上げ率(加重平均)は、物価高や人手不足を背景に5.46%と、3年連続で5%を超えるとともに、金額ベースでも1万9964円で、比較可能な集計結果(1976年以降)では最も高いものとなりました。

 

このブログでも何度も触れていますが、いわゆる大企業の労働分配率は中小企業に比べると低いこともあり、賃上げ自体の余力はまだまだあると言えます。

おそらく多くの大企業は来年以降もこれまでと同じペースで賃上げを続けていくのではないかと思います。

 

一方で、労働分配率が70%以上など高い水準となっている企業では、賃上げを実施する際に、付加価値額も大きくする取り組み徹底もあらためて大切です。もっとも、すぐにできることには限りがありますが、中長期的な視点で「利益を稼ぐ力」を大きくしていくことは益々重要なテーマとなってきています。

 

■ヒトが育つ組織をつくる

今回のブログでは、『社内の人材が育つことで会社の利益を大きくしていく』ことをテーマに述べていきます。

(当たり前の話となりますが、企業はヒトによって成り立っています。一方で、AIなどの仕組みによって、ヒトを増やさなくても対応できること、省力化や自動化などできることはどんどんそれらのしくみへと置き換えていくことも大切です。今回のブログでは、AIなどを駆使していく時代・環境もふまえつつ、組織内の人材育成について基本的な整理の仕方や実行のポイントについて述べていきたいと思います)

 

近年、『人的資本』というキーワードが改めて脚光を浴びています。これは人材を単なる『コスト(人件費)』としてみなすのではなく、人材を『資本』として捉え、中長期的な企業価値の向上を目指していくという考え方です。

より具体的に言えば、企業を支える人材の能力や経験、モチベーションを最大限に引き出すために積極的に人材に対する投資(採用、教育、定着率やエンゲージメントなどへの様々な投資)を行い、企業価値の向上を持続的に図っていく経営手法と言えます。

ただ、『人的資本』というキーワードはかなり認知されてきているものの、企業経営の現場における具体的な取り組みについては、まだまだ発展途上の部分もあったり、企業によっての取り組み度合いや実現度合いの差も未だ大きいようにも感じます。

 

社内の人材が持つ適性、能力、経験、モチベーションを最大限に引き出し、かつそれらの人材が適材適所で力を発揮する状態を持続的に図ることができれば、組織としての成長も企業としての付加価値創出力(=利益を稼ぐ力)も高めていくことが可能となっていきます。

このような文脈で考えた場合、まず取り組みテーマとして挙がりやすいのが『社員教育』です。

 

企業における社員教育の重要性はこれまでも言われ続けてきましたが、未だ中小企業等においては、大企業のように階層別、職種別の教育なども実施されていない企業も少なくなく、経営陣や現場リーダーの方々などとお話をしていても、『わが社にとって、人材教育については長年の悩みのタネとなっています』という声をお聞きすることも少なくありません。

 

今回はそのような企業現場の実態もふまえて、構造的に人材育成を実現していくための『人事のしくみ』について、実際の事例なども交えて紹介していきたいと思います。

 

 

■社員教育を行う上で注意すべき組織の問題点

人材育成や社員教育を実現していくために、まず整理しておくべき問題点から説明したいと思います。

社員教育が発展途上にある多くの企業において、しばしば出てくる障壁の1つが『そもそも人を教育している余裕が現場にはない!』という状況です。

 

管理者層であれ、一般社員層であれ、目の前にある業務を回すだけで精一杯で余裕がない、教育の時間もとりづらければ学んだことを実践する時間もとりづらい、日々目の前の仕事に追われてしまう、といった状況です。

 

このような状況になっている組織では、往々にして現場を最も回すことのできるプレイヤーが管理者になっていることが多く、彼らが勤務時間のほとんどをプレイヤー業務に費やすことで現場の業務が回っているという構造になりがちです。

そのため、彼らがプレイヤー業務を外れると途端に現場の生産性が落ちたり、トラブルが発生してしまいやすく、彼らに変わって現場を回すことができる人材も育っていないことが多いため、管理者が現場のプレイヤー業務から離れられず、結果として、マネジメント業務や新たな改善業務に対して、取り組む時間がとれないという悪循環にはまりがちです。

このような状況に陥っている組織では、各社員が目の前の仕事を回すことばかりに意識を向けがちになり、社員全員がなんとなく現状業務の延長線でキャリアを重ねてしまいやすくなります。

結果として、管理者やリーダー候補の人材が輩出されにくい風土となりがちです。

 

このような問題をよく整理しないまま、社員教育の必要性に駆られて、場当たり的に教育を実施してしまい、研修を実施したものの効果があまり見られなかった…というケースもしばしばあるように思います。

会社としては、なんとか時間と費用を捻出して、研修機会を設けたにもかかわらず、思っていたよりも効果が乏しいように感じ、そのため『研修の内容や受講者自身の心構えに問題があるのだろうか?』といった方向で議論が展開されることも少なくないでしょう。

そもそも、どんな人でも何かを学んだだけでは身につきません。学んだことを現場で実践し、反復訓練を行う中で、学んだ内容に対して、理解が深まったり、実践ができるようになるものです。

教育の内容も大切ですが、新しいことを学ぶ時間的余裕と学んだことを試行して、身に着ける時間的な余裕を確保できる体制づくりが大切です。

例えば、管理者を育てようとした場合は、管理者候補がこれまで行っていた業務や役割責任について、組織の中で代わりに担う人材も育てておく必要があります。

この視点で、組織の体制を整理すると便利です。具体的には組織の階層別に役割や業務遂行の実力レベルをMAPのように図表に表して整理すると、企業ごとの組織の問題が把握しやすくなり、将来計画も立てやすくなりますので、是非お試しいただければと思います。例えば、管理者が不足している組織を下記のMAPに落としてこんで分析すると、管理者クラスの人材層が薄いことに加えて、1階層下のクラスの人材層も薄い組織になっていることが見えてくることがしばしばあります。

 

図表1:組織開発の計画

 

組織がこのような構造になっているときは、管理者層にマネジメント教育を実施し、管理者層には今後は現場のプレイヤー業務を減らし、マネジメント業務に携わる時間を増やそうと計画しても、そもそも代わりに業務を回せる人材がいない(もしくは育っていない)ことが明確になるケースが結構あります。

管理者への教育実施と同時並行で、代わりに業務を回す人材を育成したり、採用などで外部調達したりする必要があります。このようなことを同時並行で実施しても、管理者が管理者として組織をマネジメントし、管理者を支える現場業務の中核者(プレイヤー)が配置されている状況をつくるためには、早くても2~3年の時間を要することが多いと思います。

 

逆の見方をすれば、競合他社でも組織構造を整えていくためには2~3年単位の取り組み時間が必要であるとも言えますので、自社が早めに取り組めば競合他社よりも早く成果を実現できる可能性があるとも言えるでしょう。

 

■ヒトを育てるためには構造的なアプローチが大切

人材の育成含めて、組織の問題を解決するためには2~3年単位の取り組みが必要ですので、場当たり的な対応ではなく、構造的なアプローチが求められます。

 

かつては、『即戦力人材の採用』という言葉も流行りました。ヒトはすぐに育たないため、必要なスキル・経験をすでに持つ人材を外部から採用することで、組織の問題を解決しようするやり方です。

しかしながら、皆さんもご承知のように人材採用市場において、『即戦力』となるような人材の採用は非常に難しくなってきています。そのため、3年前後の中期的な期間で人材の採用と育成を同時に進めていく必要があります。

 

このような時代環境もふまえて、今回ご紹介したような組織の体制や配置状況を構造的なMAPに落とし込んで整理し、どの階層、どのポジションの人材をターゲットに人材採用を行うべきか?人材採用ができなかった場合も想定して、どの社員を育成して(重要な育成対象として)、育成のための期間を割り出し、現場に育成のための余裕を持たせるためには具体的にどんな施策が必要なのかを整理して、取り組むことをおすすめします。

 

例えば、皆さんの会社で、管理者は現場のプレイヤー業務を減らして、よりマネジメント業務を実施する体制へと組織変革したいと考えたとしましょう。

その際に、現在の管理者に代わって、現場の業務をこなせるベテランプレイヤーとしての人材を育てなければ、管理者がいつまでたっても現場業務から抜け出せないという状況があったとします。

現場で新たなベテランプレイヤーを育てるためには、対象者となる人材に新しい役割業務を習得させることに加えて、当人がこれまで携わっていた業務を他の社員に引き継ぐことも必要となってきます。

ところが、対象となる人材自身も新たな役割業務をうまく実践できない期間があったり、その人材から引き継ぎをまかされた他の社員自身も業務をうまく回せない期間が生じやすいものです。

結果として、このような権限移譲や業務の役割分担の変更を行った場合、一時的に現場の生産性が落ちてしまうことがしばしばあります。(会社としての売上げや利益が一時減ってしまうこともしばしば発生します)

短期的な利益と中長期的な利益は相反することが多いものですが、そのような局面では、中長期的な経営方針からの視点が大切です。しかし実際には、中長期での経営方針、計画のない企業ほど『現場に影響が出るから、とりあえずはしばらく現体制に戻そう』という意思決定がなされがちです。

この場合、組織の人材育成の問題も適正な役割配置に対する問題も先送りされただけで、時間がたつほど問題が深刻化し、対応が難しくなりがちです。

だからこそ早期着手が鍵となります。一定の取り組み時間が必要なテーマほど、まず着手できることから着手し、取り組むだけでも効果があります。

 

会社として利益を稼ぐ力を大きくするためにも、時間を要する人材育成に対して構造的に整理して、アプローチしていきましょう。

次回は、今回ご紹介した組織の階層別の人材配置MAPの構造も含めて、社員を育成するための教育や人事のしくみについて述べていきます。

 

<関連リンク>
■賃上げ問題について社員と共有する(その1)

■賃上げ問題について社員と共有する(その2)

■賃上げ問題について社員と共有する(その3)

■高い賃上げが可能な会社づくりを行う(その1)

■高い賃上げが可能な会社づくりを行う(その2)

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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