高い賃上げが可能な会社づくりを行う
〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑮〕
戦略的人事
過去3回のブログ(賃上げ問題について社員と共有するその1~その3)で、賃上げというテーマについて論じる際は、自社の企業規模や収益性をふまえた上で、①「自社の賃上げ水準」、②「賞与などの金額水準」、③「自社の労働分配率水準」という3つの視点を社員と情報共有し、考えていくことが大切であると述べました。
上記3つの視点について、適切な情報や基準を社員と共有することができれば、ニュースなどでトピックス的に掲げられる金額等について冷静に捉えることもでき、いたずらにモチベーションを下げることも避けやすくなります。
また前回のブログでは、労働分配率という指標をもとに、会社が稼いだ利益に対して、人件費が何割を占めるのかを常に把握しておくことの大切さや労働分配率が70%以上を超え、高い割合となるほど、数年先の経営が厳しくなりやすいことについても述べました。
加えて、統計調査のデータから、
大企業の労働分配率は40%以下なのに賃金水準が中小企業と比べて高く、大企業よりも賃金水準が低い中小企業の労働分配率は70%以上となっているという傾向があること、言葉を換えれば中小企業は大企業よりも利益や付加価値を稼げていない状態となっていることについても紹介しました。
勿論、企業によっては、ビジネスモデルそのものが下請け側の立場で価格決定権を持ちづらく、結果として高い利益を得づらいといった事情もあるかと思います。
しかしながら、どのような理由があるにせよ労働分配率が高くなっている企業ほど利益額が増えなければ、賃上げの余裕がなくなってしまいます。
■人事評価賃金制度の面から賃上げ実現に寄与できること
このブログを執筆している現時点でも、人事コンサルティング業界に対して、賃上げに伴う賃金制度の見直しや再策定のご相談は相変わらず多いようです。弊社でも様々な仕組みやルールの再設計を行い、若手人材の採用力の向上やその他の問題解決のご支援を行っています。
但し、仕組みやルール設計を変更することで対応可能なこともありますが、会社の利益や財務状況から見て、賃上げに対する余力がない会社ほど賃金制度のルール変更だけでは問題解決に限界があることも事実です。
そして、どのような企業であっても、働き手が不足する時代環境の中で賃上げを今後も実施していくことを真剣に考えた場合、どうしても最終的には社員1人当たりに対して、会社が稼ぐ利益額をいかにして大きくできるか?というテーマに行き着いてしまいます。
前段が長くなりましたが、
今回のテーマは、会社が稼ぐ利益額を大きくするために『パーパス(purpose)』をふまえた人事評価賃金制度をどのように設計し、継続的に機能させると有効であるのか?
(会社の利益増加のために『パーパス(purpose)』や人事制度が継続的な好影響を及ぼすために必要なこと)について、7つの視点で述べていきたいと思います。
■高い賃上げを実現するために企業戦略として、社員と協働して取り組むべき7つの視点
新しい1年がはじまるタイミングでもありますので、以下の7つのポイントについて、社員と共有し、地道に(但し、しっかりと中長期的に)取り組み・実践していただければ会社が稼ぐ利益額の増加に好影響を及ぼすことができると思います。
そして7つのポイントを人事評価賃金制度のKGIやKPI等の指標に連動させて、組織全体で評価(どの程度できているかを測定・チェック)し、フィードバックし、改善・高度化を図っていくと有効です。
<7つの視点>
1.『値上げ』を実現できる戦略構築
2.市場構造を考えて、「やるべきこと」・「やらないこと」を明確に整理し、実行する
3.他社との差異性をつくるため自社の強みを磨き、進化させる
4.人が育つ会社とする
5.業績意識(利益・コスト意識)が高い組織風土をつくる
6.現場からの気づき、発見を主体的に発展させ、組織のダイナミズムへ活かしていく
7.上記を具体的な行動促進項目、測定・評価項目として、人事制度にも反映させ、組織のPDCAサイクルを回す。
(利益増加のための継続的な取り組み活動を人事制度と連動させ、一貫性を持ってPDCA管理する)
それでは、1つ目の視点から取り上げていきたいと思います。
1.『値上げ』を実現できる戦略を考え、構築する
戦略という言葉は様々なところで語られ、多くの企業で『戦略』という名のもとに様々な取り組みや計画等が作成されています。
賃上げの余力が大企業よりも少ない中小企業を例に挙げた場合、最も重要な戦略を一言で言うならば、『値上げを実現できる』戦略だと思います。(利益額を大きくしたい場合、コストカットだけでは限界もあるため)
賃上げに限らず人材採用の問題においても、値上げを可能にできる企業ほど社員の賃上げも可能にでき、人材採用力も高くすることができます。
あらためて『値上げ』をできる力(値上げができる要素・条件等)を自社はどれほど持っているか?を真剣につき詰めて分析してください。そして、すぐ実行できることは着手しつつ、『値上げ』をできる力(値上げができる要素・条件等)の強化について中期的な戦略を構築することが大切です。
「当たり前の話を今さら・・・」と思われる方も多いかもしれませんが、コンサルティング現場での実感としては、
『自社の値上げ力』についての分析も取り組みの精度もまだまだ詰め切れていない企業も少なくないように思います。
裏を返せば、『自社の値上げ力』を徹底的に高めることにおいて、競合他社が発展途上の状態となっている間は、自社にとって『値上げを実現できる実力』を高めるチャンスや時間的余裕がまだ残されていることになります。
そして、あらためて大事なこととなりますが、大企業のように資本力が大きくない中小企業ほど基本的に薄利多売の戦略は避けるべきです。(薄利多売において大企業と勝負をしても構造的には勝ち目がほとんどありません。)
原則として、中小企業は高い粗利を稼ぐ商品やサービスで勝負することが戦略の前提となります。言葉を換えれば『高い粗利を稼げる価格設定でビジネスを成立させる』ことが企業の存続や発展の前提となります。
但し、これは単に『値上げのための交渉力を高める』ということだけを述べているのではありません。
『高い価格でも指名買いしていただける品質やサービスを提供できるようにし、高い粗利を稼ぐ』ことを実現するための戦略を構築するという意味です。
『競合他社より高い価格でも買っていただけるように我々は何に焦点を当てて取り組みを重ねるべきか?』ということを社員全員で考え、そのためにできる取り組みに注力すべきです。
この取り組みは中期的な継続活動・時間の中で成果が生まれていくものが多いため、自社の『パーパス(purpose)』と連動させ、自社が中期的にこだわる1つの軸として人事評価賃金制度や教育制度にブレイクダウンしていくことが大切です。
※今回のブログテーマは『値上げを可能とする実力をもった会社』を社員とともにつくっていくこととも言えますので、2.以降の項目についても『高い価格でも買っていただける品質やサービスを持つために大切な視点・取り組み事項』となります。
(尚、『値上げのための交渉力』についても不足している人も組織もまだまだありますので、それらを強化するための取り組みを整理し、評価制度の指標に取り入れることも有効です。その場合も定量的な指標で交渉結果を評価することだけでなく、値上げ交渉に必要なプロセス行動を明確化して、それらの行動をどの程度遂行できているかを評価し、フィードバックすることも有効です。)
2.市場構造を考えて、『やるべきこと』・『やらないこと』を明確に整理し、実行する
『高い価格でも買っていただけるように我々は何をすべきか?』を具体的に詰めていく際に、自社をとりまく市場の構造や状況をふまえて、『やるべきこと』・『やらないこと』を明確に整理するステップを踏むことが大切です。
皆さんもご存知のように10年前とは経営環境が大きく変化しました。しかしながら、未だにいかに売上を大きくしていくか?という視点で経営戦略や経営計画を立てられている企業も少なくないように思います。
人材市場という1つの分野を例にとっても、生産年齢人口が減少し、働き手が足りない!という環境となってきていますので、
中小企業ほど売上の大きさよりも利益の大きさを優先して、自社の経営戦略や経営計画を立てるほうが時流適応もしやすくなります。
なぜなら、売上が増えればそれに伴い、対応すべき人員も必要となるビジネスモデルとなっている企業がまだまだ多いのですが、そのような構造となっている企業は、売上アップすればするほど人員の採用・補充も実施しなければなりません。
ところが以前と比べて現在、1人当たりの人件費も年々上昇していますし、採用に関わるコストもかなり高くなってきています。入社後から戦力化するまでの人件費コスト、教育コストも必要です。
もし、粗利率が低いビジネスモデルであった場合、売上が拡大するほど、人材確保の採用コスト、人件費、入社後の教育費用などが大きな負担となってしまい、営業利益率が悪くなってしまうことも少なくありません。また、何らかの原因で売り上げが少しでも落ちた途端、収益状況が一気に悪化してしまうということも起こり得ます。
このようなこともふまえて、自社の戦略を定め、『やるべきこと』・『やらないこと』をはっきり整理して、組織のマネジメントサイクルを回していくことが大切です。
経営資源は限られています。あれもこれもやりたい。と足し算的に取り組みを増やすと全て中途半端となり結果がでません。焦点を当てることを絞り込み、明確にして、できるだけスピーディーに必要な取り組みに着手しましょう。
そして、人事評価賃金制度との連動においては、自社の戦略を推進することを具体的な評価のしくみに落とし込むことが大切です。(評価指標において、売上よりも利益率、利益額を重要指標とした形で設定し、評価とフィードバックのサイクルを回すなど)
以上、『高い賃上げを実現するために社員と協働して取り組むべき7つの視点』の1.2.について解説しました。
新しい1年がはじまりますので、あらためて自社なりの『値上げ』を実現できる戦略を考えて、『やるべきこと』・『やらないこと』の整理をしてみてください。
次回も引き続き、『7つのポイント』をテーマに解説していきたいと思います。
<関連リンク>
■賃上げ問題について社員と共有する(その1)
https://jinji.jp/hrblog/14510/
■賃上げ問題について社員と共有する(その2)
https://jinji.jp/hrblog/14854/
■賃上げ問題について社員と共有する(その3)
https://jinji.jp/hrblog/15479/
<関連サービス>
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※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
バックナンバー
- 賃上げ問題について社員と共有する(その3)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑭〕
- 賃上げ問題について社員と共有する(その2)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑬〕
- 賃上げ問題について社員と共有する(その1)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑫〕
- 組織の問題は3年前に意思決定したことから(その2)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑪〕
- 組織の問題は3年前に意思決定したことから(その1)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑩〕
- 企業がパーパスを策定し、機能させた場合のメリットについて(その8)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑨〕
- 企業がパーパスを策定し、機能させた場合のメリットについて(その7)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑧〕
- 企業がパーパスを策定し、機能させた場合のメリットについて(その6)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑦〕
- 企業がパーパスを策定し、機能させた場合のメリットについて(その5)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑥〕
- 企業がパーパスを策定し、機能させた場合のメリットについて(その4)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する⑤〕
- 企業がパーパスを策定し、機能させた場合のメリットについて(その3)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する④〕
- 企業がパーパスを策定し、機能させた場合のメリットについて(その2)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する③〕
- 企業がパーパスを策定し、機能させた場合のメリットについて(その1)<br>〔ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する②〕
- ヒトと組織の戦略に『パーパス』を活用する①
