人事制度における裁量設計のススメ ~社員のモチベーションを高めるための処方箋~

「公正に評価しているつもりなのに、社員の納得感が得られない」

「必要に応じて社長判断で例外処遇をしているが、社員からは“なぜあの人だけ?”と不満の声が上がっている」

中小企業でよく起きるこれらの「あるある」は、制度の中に適切な「裁量」が組み込まれていないことが原因かもしれません。

 

本ブログでは、社員の努力を正しく処遇へ反映し、モチベーションを高めるための裁量設計の考え方と実践ポイントを解説します。

 

本ブログのポイント

  • 裁量は「自由」ではなく、ルールと同様に設計・明文化してこそ機能する
  • 中小企業の制度運用では、ルールと裁量の適切なバランスが社員の納得感を高める
  • 裁量は範囲・基準・割合・フィードバックの4点を明確にすることで効果を発揮する
  • 裁量を取り入れることで、社員の努力や貢献を柔軟に処遇へ反映し、モチベーション向上につながる

 

1.なぜ「裁量」の設計が重要なのか

人事制度と聞くと、多くの方が思い浮かべるのは「ルール」ではないでしょうか。

等級基準・昇格ルール、評価基準、昇給・賞与ルールなどはいずれも明文化され、社員に対して公正に適用されることを前提として設計されています。

 

しかし、特に中小企業では一人ひとりの役割幅が広く、業務内容も変動的です。一律のルールだけでは実態にフィットしません。

一律のルールで運用しようとすることにより、実情に合わないと感じる場面が増え、不満や制度の形骸化につながりやすくなります。その結果、社員のモチベーションが下がることも少なくありません。

 

ここで重要になるのが「裁量」です。

裁量とは、制度の枠組みの中で、経営者や管理職が状況に応じて判断を下す余地のことであり、適切に設計・運用することで、社員の努力や貢献を柔軟に処遇へ反映でき、モチベーションを高める力を持っています。

 

ただし、最初に強調しておきたいのは「裁量=自由」ではないということです。

裁量もまた、ルールと同じように設計・明文化されることで効果を発揮します。

 

2.「裁量」と「ルール」の関係性

ルールと裁量は対立する概念ではありません。

ルールを「公平性を支える基盤」、裁量を「個々の貢献を反映し、モチベーションを高めるための余白」と捉えて両者をかみ合わせることで、制度は形だけの仕組みではなく、社員の納得感を伴う運用の仕組みに変わります。

 

たとえば昇給制度を考えてみましょう。

評価ランクに応じて昇給額が自動的に決まると、公平性は高まりますが、「突出した成果を上げても処遇が変わらない」という不満が出やすくなります。

一方、裁量だけで処遇を決めると、不公平感が募り、制度への信頼を損ないます。

 

そこで有効なのが、「ルール」と「裁量」の組み合わせです。

ルールの中に適切なバランスを取りながら裁量を組み込んで運用することこそが、中小企業の制度運用における重要なポイントであるといえます。

 

3.裁量設計・運用における4つのポイント

社員のモチベーションを高めるためには、やみくもに裁量を導入するのではなく、適切な裁量の設計と運用が不可欠です。

以下に押さえるべき4つのポイントを示します。

 

(1)裁量の範囲を明確にする

まず、「どの項目に対して、誰が、どの程度」の裁量を持つかを明確にします。
裁量の範囲が曖昧なままで運用すると、裁量の必要性や程度について都度確認する必要があり、制度運用の混乱を招いてしまいます。
例えば昇給制度において「評価ランクに応じた昇給額をベースとして、役員会は±●%まで増減できる」などを明文化しておくことが重要です。

 

(2)裁量の行使基準を定める

どういうときに裁量を使えるのかを決めておきます。
同じ業績や貢献でAさんとBさんの賞与が違うといったことが発生すると、社員からすると「好き嫌い」で裁量が行使されたと捉え、不満や不信感が生まれてしまいます。
例えば賞与の加算を裁量で行う場合、「個人業績が一定基準を超えた場合」「特別な貢献をした場合」などを明文化しておくことが重要です。

 

(3)裁量とルールのバランスをとる

全体に占める裁量の割合を定めます。
裁量の割合が大きすぎると、「結局、社長の一存で決まってしまう」など、ルールの形骸化に直結します。
例えば、昇給額・賞与額を決定する場合に「ルールによって9割の処遇を決定し、残りの1割を裁量で決定する」といった、目安を設定することが必要です。

 

(4)裁量の内容をフィードバックする

裁量がどう反映されたかを社員にフィードバックする運用を徹底します。
例えば、昇給額・賞与支給額に裁量で上乗せをしたとしても、上乗せした理由を社員に伝えなければ、「なぜか給与(賞与)が増えた、ラッキー!」で終わってしまいます。人事制度運用のプロセスの中で、なぜ裁量が行使されたのかを伝えることで、社員の努力を承認し、さらなるモチベーション向上につなげます。

 

4.裁量の設計例

ここでは、給与制度と賞与制度を例に、裁量設計の具体例を紹介します。

 

4-1 給与制度における裁量設計例

・等級ごとに基本給レンジを設定

(単位:円)

等級 1等級 2等級 3等級 4等級 5等級 6等級
基本給

レンジ

200,000

~240,000

220,000

~260,000

240,000

~280,000

270,000

~330,000

330,000

~390,000

410,000

~470,000

 

・昇給額は基本的に評価ランクに応じて決定

(単位:円)

評価 昇給額
1等級 2等級 3等級 4等級 5等級 6等級
A 6,600 7,200 7,800 9,000 10,800 13,200
B 5,500 6,000 6,500 7,500 9,000 11,000
C 4,400 4,800 5,200 6,000 7,200 8,800
D 3,300 3,600 3,900 4,500 5,400 6,600
E 2,200 2,400 2,600 3,000 3,600 4,400

 

ただし、役員会の判断によって最大15%までの加算を可能【→裁量】とする。

 

4-2 賞与制度における裁量設計例

  • 賞与原資は当期業績および前期賞与原資(実績)を踏まえ、役員会にて決定
  • 原資の95%は以下のルールで配分
    • 【計算式】基本給 × 業績係数 × 評価係数
    • 【評価係数】S=2、A=1.1、B=1.0、C=0.9、D=0.8
  • 原資の5%を裁量で配分
    • 役員会が各部門へ裁量分配金額を決定
    • 部門長が個別社員の配分案作成→役員会にて最終決定

 

5.まとめ

人事制度における「裁量」について整理してきました。

裁量は制度を不安定にするものではなく、社員のモチベーションを高めるための仕組みとして活用できます。重要なのは、むやみに自由度を広げることではなく、ルールと裁量のバランスを見極め、意図をもって設計することです。

貴社の人事制度にも、適切な裁量の導入を検討してみてはいかがでしょうか。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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