あえて「年齢給」を活用した給与制度設計事例
賃金制度
前回の記事では、一見トレンドに逆行するように見える年齢給について、有効に活用すべきケースをご紹介しました。
“ジョブ型”の機運が高まる今、あえて「年齢給」を活用すべきケースとは | 人事戦略研究所:人事制度改革
本稿では、上記の考え方を取り入れた企業A社の事例として「あえて年齢給を取り入れた給与制度」の設計方法をご紹介します。年齢給を取り入れた制度が実際にどのような背景のもとで設計されたのか、また検討における具体的な判断のポイントをお伝えします。
■給与制度改定の背景
今回紹介するA社は実力主義の社風であり、社員の発揮したパフォーマンスに基づいて給与を決めることを重視していました。しかし直近では「給与の低さ」や「十分な昇給の見込めなさ」を理由にした若手社員の離職が増加しており、問題になっていました。
そこで給与制度の改定として、給与項目の設計を見直すことでこの問題の解決を図りました。
制度設計では、上記の背景と課題認識から、以下の2点を改定のポイントと置きました。
①給与制度全体では「実力主義」の考えを重視し、属人要素よりも個人のパフォーマンスを根拠として、給与にメリハリをつけること
②ただし、若手社員に長く働いてもらい定着率を高めるため、一定の年齢までは安定的な昇給を保証し、給与への安心感を訴求すること
これらを踏まえ、以下ではポイントごとに実際の設計内容をご説明します。
■給与制度の設計方法
①社員の実力に報いるために役割給を採用
まず、実力主義の給与体系を実現するためには、基本給は役割給を用いることが望ましいと判断しました。役割給は会社が求める期待役割や責任の大きさに対して支払われる給与です。役割や責任は社員ごとの実力によって決まることから、役割給では社員ごとの実力差を給与に反映することができます。
一方でA社では、一定の成果を上げてより大きい役割を担うためには専門スキルの習熟が必要であるという業務特性がありました。そのため若手社員が多い下位等級のうちは成果が上がりにくく、この点が「給与が低い」「十分な昇給が見込めない」という不満につながっていると考えられました。
②若手社員を対象に、給与の安定感・安心感を確保するために年齢給を採用
A社のケースでは、前述のように役割給の「成果を上げられないうちは給与が低い」という点が若手社員の離職要因であると考えました。そこで、役割給でカバーできないこの点への不満を緩和するため、基本給の構成を「役割給+年齢給」としました。年齢給は年齢を根拠とする給与であるため、若手社員であっても実力や評価に左右されない安定した昇給が可能になります。このように役割給に年齢給を組み合わせて採用することで、個人ごとのパフォーマンスを反映しながらも毎年の昇給が担保される設計とし、給与の安心感を確保して若手社員の離職防止を図りました。また、年数が経つにつれて給与額が上がることも、社員目線で長く働くことへのモチベーションを下支えできるという考えです。
ただし、年齢給の導入はあくまでも若手社員の定着が目的であり、本来は実力によって給与が決まる構造が望ましい、というのがA社の方針です。そのため、年齢給の昇給上限は30歳とし、それ以降の年齢では給与は実力や成果によって決まるものとしました。
さらに、管理職や上位等級では基本給から年齢給をなくして役割給のみとし、純粋に仕事のパフォーマンスや成果によって給与が決まる仕組みにしました。このように、社員が目指すキャリアのゴールにあたる上位等級を実力重視の給与とすることで、A社の「実力主義」という方針を給与制度全体からも印象付けています。
■まとめ
今回紹介したA社の事例では、若手社員の離職理由である「給与の低さ」「昇給の見込みのなさ」に対し、年齢給の導入によって給与の安心感と勤続のメリットを強調する設計を行いました。
設計上のポイントは、「役割給と年齢給を組み合わせる」「ただし年齢給の昇給期間に上限を設ける」という仕掛けにより、給与が実力と年齢のどちらかだけでは決まらないように調整した点です。これにより、社員ごとのパフォーマンスや成果に報いるという考えを重視しながら、若手社員に対しては「昇給がある程度まで確保されている」「毎年の昇給がある」という給与への安心感を増すことができました。
人事制度の設計ではこのように、制度の目的や解決したい課題と手段を照らし合わせた上で検討を行います。その際、今回の年齢給のように一見時代に逆行してみえる手段や、考え方が相反する手段であっても、時に「部分的に取り入れる」「適用に条件を設ける」といった設計をすることで有効に活用できる場合があります。ぜひ参考にしていただけますと幸いです。
執筆者
増田 あかり
(人事戦略研究所 コンサルタント)
大学卒業後、一社目は製造業で生産管理を経験。前職では大学生の就職支援に従事する中、人と仕事、人と組織の課題に向き合うことの難しさとやりがいを実感。より中長期的な視点で組織と人の成長を支援したいという想いから新経営サービスに入社、顧客の想いに寄り添うコンサルタントを目指し日々活動している。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。