“ジョブ型”の機運が高まる今、あえて「年齢給」を活用すべきケースとは
賃金制度
■はじめに
昨今ではジョブ型人事制度への関心が高まっていますが、同様に賃金制度においても、仕事の種類や役割の大きさを根拠にした「役割給・職務給」を導入する企業が増えています。ジョブ型人事制度とは、社員ではなく「職務・役割」を基準に管理・処遇を行う考え方であり、その考え方を給与に落とし込んだものが職務給・役割給です。これは社員が担う職務の大きさ・難しさ、または役割責任に給与が紐づくという考え方です。
まず、世間的な賃金制度において「職務給・役割給」へのシフトが進んでいる様子をご紹介します。以下の図は2019年時点の調査ですが、2018年の時点で役割給・職務給の割合が20年前に比べて大きく増加しており、管理職層では8割近く、非管理職層でも半数以上で導入されていることがわかります。
出典元:第16回 日本的雇用・人事の変容に関する調査結果 | 調査研究・提言活動 | 公益財団法人日本生産性本部
ここで、上記調査において「役割・職務給」と対比されている「年齢・勤続給」はどうでしょうか。20年前に比べると、管理職層では3割に満たない程度で変わらず少数派です。非管理職層では割合を大きく落としているものの、それでも5割近くの企業に導入されています。役割給・職務給の増加と裏腹に割合は落ちているものの、特に非管理職層では、近年においてもまだ一定の存在感があるといえます。
今回のブログでは、このうちの「年齢給」に、あえて着目したいと思います。
年齢給とは、その名の通り社員の年齢に対して支払われる給与です。「同じ年齢であれば同じ金額」という考え方はシンプルで、全員に平等でわかりやすいといえます。一方で、個人ごとの能力やパフォーマンスの差を表現しないという特徴もあります。昨今では「脱終身雇用」として個人のキャリア形成への関心が集まっているため、特にパフォーマンスが高い人材や成長意欲のある人材からは、
①「若手より年長者の方が高額な給与がもらえるのは納得できない(年齢の差による不公平)」
②「仕事の内容や出来が違っても給与が同じであることが不満(職務の差による不公平)」
という声が寄せられることがあります。実は一人の働き手として私自身も、何年も長く勤めた後に給与が増えるより「今の自分の仕事」への報酬の方が手ごたえと納得感があって嬉しい、という感覚があるのも確かです。
しかし、実際のところ、年齢給は本当に時代遅れな考え方なのでしょうか。筆者としては、確かにジョブ型や職務給が注目されるトレンドに逆行する部分があることは認めつつも、目的と場合によっては積極的に選ぶ理由が十分あるものだと考えています。
そこで、年齢給の考え方をもとに特徴を整理することで、年齢給を有効に活用できるのはどういった場合かをお伝えします。本稿を通じて、ジョブ型に流されずに年齢給を残す、または改めて導入することに一考の価値があることをご理解いただければ幸いです。
■年齢給の主なメリット
それでは、年齢給のメリットとはどういったものでしょうか。まず主なメリットとして3点ご紹介します。
① 給与に安心感をもたせられる
② 社員の定着・長期就労を後押しする
③ 賃金制度の運用と管理が容易である
メリット① 給与に安心感をもたせられる
年齢給は年齢を根拠とするため、実績や評価によらず毎年決まって昇給することが保証されます。そのため社員目線では、たとえ目先ですぐに結果や実力が発揮できなくても、安定的に増加が見込める、安心感のある給与として受け取られやすいでしょう。先々の支給額が公開されている場合は将来の給与の見通しも立てやすく、さらに安心できる要素となります。
別の考え方では、年齢給を「生計費を保証する給与」と捉えることもできます。一般に生計費が結婚や出産など特定のライフイベントに伴って増加することを踏まえ、2~30代などライフイベントが増加する年齢帯で年齢給の増加額を大きく設定することで、社員の生活ニーズの高まる時期に昇給カーブを沿わせることができます。
もっとも、個人ごとにライフスタイルが多様化した昨今では、一概に年齢とライフイベントの有無が結びつかないとも考えられるため、子ども手当や住宅手当など個々の条件に応じた手当を支給する方がより個人や時代に即した対応である点には注意が必要です。
メリット② 社員の定着・長期就労を後押しする
年齢給は年数が経つにつれ給与額が増加することから、社員の定着や長期就労を下支えできます。そのため、「一定の年数をかけて長く組織で勤めてほしい」「専門性の高い技術やスキルを伝承してほしい」といった意図がある場合に適した給与であるといえます。
また、同じく個人の「年数」を根拠とする給与に「勤続給」がありますが、こちらは組織の経験年数に沿う点が違っています。例えば勤続給の場合、同じ年齢でも中途入社者の場合は金額が少なくなります。そのため、中途入社が多く組織内の経験年数が仕事ぶりに影響する場合には年齢給よりも勤続給の方が適しているといえます。
例えば、業態や商材や業務内容が特殊である場合、特定の機具やツールの習熟が必要である場合、または社内外のステークホルダーとの関係性の蓄積が重要である場合など。そういった「持ち運びができない会社独自のスキルやノウハウ」が仕事の成果や出来に影響する場合は、年齢ではなく勤続年数を給与の根拠とする方がよいでしょう。
メリット③ 賃金制度の運用と管理が容易である
年齢給では給与改定のための個人ごとの評価を行う必要がなく、運用の工数を抑えることができます。また、対象者全員の昇給タイミング(年1回)と金額が予め決められるため、何年後に人件費がどれだけ変化するかという将来の人件費予測も容易に立てることができます。
これらのメリットから、以下に当てはまる場合、また以下のようなメッセージを社員に打ち出したい場合には年齢給(または勤続給)の活用が適しているといえるでしょう。
・安心感を得て自社で長く働いてほしい。
・時間をかけてじっくりと経験やスキルを身につけてほしい。
・賃金管理や人件費予測をシンプルに行いたい。
■年齢給のデメリット低減方法
次に、実際に年齢給を導入する上で工夫したいポイントとして、冒頭に述べた年齢給のデメリットの低減方法を合わせてご紹介します。
前述のように年齢給の主なデメリット(想定される社員からの不満の声)として、
①「若手より年長者の方が高額な給与がもらえるのは納得できない(年齢の差による不公平)」
②「仕事の内容や出来が違っても給与が同じであることが不満(職務の差による不公平)」
が挙げられます。これらのデメリットは、年齢給の特徴である「処遇の安定性・平等性」の裏返しで、「個人ごとの差異(年代ごとの期待役割・成果・能力の違い)」を反映しないことに起因します。そのため、これらを低減するためには、対象社員ごとに年齢給の比重を調整する、または他の給与に置き換えることで違いを持たせる方法が有効です。
具体的な方法は以下の通りです。
①「若手より年長者の方が高額な給与がもらえるのは納得できない(年齢の差による不公平)」
・社員の年代ごとに違いを持たせる。
・若手社員には、処遇の安定感や安心感を与えることで入社初期の定着や育成を重視するため、年齢給の割合を大きくする。また毎年の給与額の変化を実感しやすいように昇給ピッチを十分に確保する。
・ベテラン社員には、処遇の安定感を与えるよりも業務の成果やパフォーマンスを求めるため、年齢給の昇給をストップ(または年齢給を減額・廃止)し、職務給や職能給の割合をより大きくする。
②「仕事の内容や出来が違っても給与が同じであることが不満(職務の差による不公平)」
・役職や職種、能力ごとに違いを持たせる。
・一定期間の熟練が求められたり、当たり前のことを当たり前に継続することが求められたりするような職種(例えば製造職など)においては、年齢給を導入する。
・役割責任や具体的な業務の成果を求める職種(例えば管理職や営業職)においては、年齢給の割合を小さくする、または年齢給を導入せずに、職務給や役割給、または成果・業績に連動する給与やインセンティブを軸とした給与体系とする。
■まとめ
いかがでしたでしょうか。今回はあえて年齢給を活用できるケースをご紹介しました。
年齢給の導入是非を検討する際の参考にして頂ければと思います。
次回の記事では、今回お伝えした内容に沿い、実際の企業様のご支援事例として「年齢給を部分的に取り入れることで処遇の公平性・納得感と安心感を両立する制度の設計方法」をご紹介します。
人事制度の目的と企業組織・業務の特性を踏まえ、あえて年齢給を活用することを決めた経緯とその具体的な制度設計のポイントを解説したいと思います。
執筆者
増田 あかり
(人事戦略研究所 コンサルタント)
大学卒業後、一社目は製造業で生産管理を経験。前職では大学生の就職支援に従事する中、人と仕事、人と組織の課題に向き合うことの難しさとやりがいを実感。より中長期的な視点で組織と人の成長を支援したいという想いから新経営サービスに入社、顧客の想いに寄り添うコンサルタントを目指し日々活動している。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。