昇給させる

依然として厳しい経済環境が続く中、経営者や人事責任者の頭を悩ませている問題の一つに、 「来春の昇給をどうするか」というテーマがある。賞与とは異なり、昇給は人件費の固定化につながるため、先行き不透明な現況下では「できれば昇給を見送りたい」と考えている経営者も多いと推察される。実際のところ、大手シンクタンク等の来春の賃上げ予測を見ても、横ばいもしくは前年割れの結果となっている。
 
人件費コントロールの観点から考えると、固定費の増大につながる昇給実施については、より慎重な判断が求められることは確かである。しかしながら、社員のモチベーションの観点から考えると、昇給は非常に重要な意味を持っている施策であると断言したい。極論すれば、賞与を不支給にしてでも昇給は実施するべきである(※これについては、筆者の個人的な見解である)。
 
なぜそこまでして昇給を実施すべきなのか?
 
一つの理由としては、昇給は月例給与の引き上げにつながるからである。月例給与は社員の生活にダイレクトに直結するものであるため、そういう意味で昇給を望んでいる社員も多い。
 
しかしながら、大きな理由は別のところにある。それは、昇給を「会社からの期待値」として捉える社員が多いということである。具体的に言うと、昇給は将来に向かっての人件費配分であり、想定される期待行動や期待成果を織り込んで給与をアップさせる施策である。このため、昇給が実施されないと、「昨年以上の働きを会社は自分に対して期待していないのか?」というような疑問を社員が持つきっかけになりやすい。
「業績が悪いから昇給を見送る」という事実に対して、総論では理解・納得しながらもモチベーションが下がってしまう本質的な要因は、この辺りにあると考えられる。
 
一般的に、賃金は動機付け理論で言うところの「衛生要因」として捉えられている。簡単に言えば、「あって当たり前」のものなのである。昇給についても、それを実施したところで大きな動機付け要因にはならないかもしれない。しかしながら、もし実施しないと、社員のモチベーションを大きくさげることになりかねない。
 
厳しい経営環境の中で、昇給をさせづらい状況にあることには間違いないが、「昇給をさせる」ことで社員のモチベーションをつなぎとめておくことは、苦境からの脱出には必要不可欠な施策であると考える。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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