「転勤させにくい時代」に企業はどう向き合うべきか
労務関連
これまで国内外に複数拠点を持つ多くの企業において、転勤は成長機会やキャリアアップのための登竜門として長年機能してきました。特に、金融機関や小売チェーンなどの広域展開をする企業においては、転勤が昇格・昇進の前提条件として位置づけられていることも少なくありませんでした。
しかし近年、様々な社会変化により転勤について改めて考える企業が増えてきています。本ブログでは、転勤を行う目的の再定義や目的を踏まえて取り組むべきポイントについて整理しています。
本ブログのポイント
✓ 転勤の目的は「越境学習による成長促進」「組織の活性化・ノウハウ共有」「欠員補充」の3つに整理できる
✓ 社員が納得して転勤できる仕組みを構築するために、①対象者の選定と期待役割の明確化、②評価・手当設計、③キャリア接続の設計の3つを一体的に整備することが重要
✓ 転勤するのが当たり前」という前提から脱却し、自社にとっての転勤の目的を明確にすることが制度見直しの出発点となる
1.転勤をめぐる環境変化
転勤について改めて考える企業が増えてきている背景には、複数の社会変化が同時に進行しているという実態があります。
まず、コロナ禍で多くの職場でリモートワークが定着したことにより、転勤の必然性そのものを社員自身が考え直す機会が増えています。加えて、共働き世帯の増加により、パートナーのキャリアに直接的に影響する転勤に対するハードルが上がっています。同様に、高齢化により親の介護が必要な社員も増加しており、特に40代半ば以降の社員においてこの問題は深刻さを増してきています。また、自分自身でキャリアを設計する、いわゆる「キャリア自律」の考え方が若い世代を中心に広がり、そもそも会社都合の異動に対する抵抗感を感じる社員も増えてきています。転職市場が活発化していることも、転勤を理由とした離職・転職につながっており、企業側としても転勤を打診するのが難しくなってきている大きな要因になっています。
| 環境変化 | 環境変化が社員に与える影響 |
| リモートワークの定着 | 転勤の必然性を考え直す機会が増加する |
| 共働き世帯の増加
親の介護の増加 |
パートナーのキャリアや親の介護の制約により転勤のハードルが上がる |
| キャリア自律志向の拡大 | 会社都合の異動への抵抗感が増大する |
| 転職市場の活発化 | 転勤拒否、転勤を理由とした離職・転職のハードルが下がる |
こうした変化によって、社員一人ひとりの価値観は多様化・個別化してきています。転勤が当たり前でない世の中になりつつある今、企業としては転勤の目的を改めて整理し、社員が納得できる形で向き合っていくことが求められています。
2.転勤を行う目的の明確化
転勤を行う主要な目的として、以下の3つの軸で整理ができます。
目的① 疑似的な越境学習による成長の促進
学習・成長の機会を意図的に設計するために転勤を行います。
慣れた環境から離れ、新しい顧客・文化と向き合うことで多角的・多面的に物事を捉える視点が養われます。また、人間関係をゼロから構築しながら成果を出すことが求められるため、適応力やコミュニケーション能力も高めることができます。マネジメント層を育成する観点では、組織全体の業務を俯瞰する機会にもなります。
目的② 組織の活性化・ノウハウ共有
組織の健全性を維持しながら、知識やノウハウを循環させるために転勤を行います。
特に、長期にわたって同一拠点に人が固定化すると、業務の属人化や顧客との癒着、改善意識の低下といったリスクが生じやすくなります。拠点間で人を動かすことで、外からの目線による課題発見・改善提案が生まれやすくなるほか、他拠点でのベストプラクティスが人を介して横展開され、拠点を越えた協力関係や情報共有も促進されます。
目的③ 人員配置の最適化
拠点の人員不足や急な退職への対応だけでなく、社員の志向や適性を踏まえてより力を発揮できる環境に配置するために転勤を行います。
ただし、本人が「自分でなくてもよかったのでは」と感じてしまうと、モチベーションの低下につながる可能性があります。この目的で転勤を命じる場合でも、目的①②などと紐づけながら「今あなたにお願いしたい理由・期待していること」を明確に本人に伝えることが重要です。
| 目的 | 主な効果・意義 |
| ①疑似的な越境学習による成長の促進 | 多角的・多面的視点の獲得、適応力・コミュニケーション力の向上、マネジメント層の育成 |
| ②組織の活性化・ノウハウ共有 | 属人化解消、癒着防止、ノウハウの横展開、横断的な協力関係・情報共有の促進 |
| ③人員配置の最適化 | 人員不足解消、志向・適性を踏まえた適材適所の配置 |
実際の転勤の多くは、どれか一つの目的で行われるわけでなく複合的に絡み合うのが実態です。大切なのは、上記の3つの軸を意識しながら、自社にとっての転勤の優先順位を明確にするとともに、本人にとっての転勤の意味合いを丁寧に設計・説明することです。
3.転勤を行う目的を踏まえて企業が考えるべき3つのポイント
転勤の目的を明確にした上で、以下の3つのポイントを体系的に整備することにより、社員が納得して転勤できる仕組みを構築します。
ポイント1 対象者の選定と期待役割の明確化
転勤によって達成したい目的に照らして、対象となる人材層を特定します。
成長促進を目的とする(上記目的①)場合であれば、将来の幹部・マネジメント候補者や、特定のスキル・経験の習得が必要な人材を抽出します。組織活性化を目的とする(上記目的②)場合は、長期間同一ポジションにいる管理職や、他拠点にノウハウを横展開できそうな人材が対象となります。いずれの場合も「なぜこの人を選んだか」を明確に説明できる根拠を持つことが重要です。
あわせて、転勤の対象外となる社員、いわゆる勤務地限定社員を会社として認める場合には、昇格機会や給与水準の差を設計することや、申告・変更の仕組みを整備することが求められます。
ポイント2 転勤時の評価・手当設計
組織全体に転勤へのネガティブな印象が広がらないように、適切な評価・手当の設計を行います。
評価に関しては、転勤する社員・輩出する拠点・受け入れる拠点のそれぞれへの配慮が必要です。赴任直後は関係構築や業務習熟に時間がかかるため、成果が出にくいことは避けられません。赴任直後はプロセス評価を重視し、数値目標の達成率には一定期間は緩和措置を設けることで、いわゆる「転勤ペナルティ」を防ぐ設計が考えられます。また、優秀な人材を送り出した輩出拠点の目標設定にも配慮しつつ、人材を育てたことを管理職評価に反映する仕組みを設けることも重要です。受け入れ拠点においても、新たな視点や知見を組織に取り入れる取り組みを積極的に評価する仕組みが求められます。
| 評価対象 | 設計例 |
| 転勤する社員 | 赴任直後はプロセス評価を重視し、数値目標の達成率には緩和措置を設ける |
| 輩出する拠点 | 人材を育てたことを管理職の評価に反映する |
| 受け入れる拠点 | 新たな視点や知見を組織に取り入れる取り組みを積極的に評価する |
手当に関しては、「転勤する可能性に対して払うか、転勤した実績に対して払うか」という観点があります。前者は転勤の可能性があること自体に対して手当を支給する考え方で、配置の機動力を確保しやすい反面、実際に転勤者が少ない場合には単純なコスト増につながります。後者は転勤が発生した場合に、赴任期間中に限り月額一定額の手当を支給する考え方です。転勤という負担に対して実態に即した補填ができる一方、赴任期間中のみの支給となるため、帰任後に手当がなくなることで収入が下がるという別の問題が生じる可能性があります。そのため、この二つを組み合わせた設計を採用するケースも見られます。
ポイント3 転勤後のキャリア接続の設計
転勤経験を本人のキャリア形成の一部として位置づけることが、転勤の動機づけのカギになります。
転勤経験を活かす上で重要なことは、個別の人材育成計画と紐づけて管理・推進することです。「転勤を通じて何を習得しキャリア形成にどうつなげるか」について異動前後で上長と対話する機会を設けることで、本人にとって意味のある経験として積み上げることができます。昇格要件へ転勤経験の反映を検討することも一つの選択肢になります。
また、転勤後の定期的な面談を通じて本人の新しい環境への適応状況や今後のキャリアに対する考え方を継続的に確認・把握することも重要です。その上で、「今後どのようなポジションでキャリアを歩んでもらうか」を会社として事前に検討しておくことは、本人の不安と不信を招かないためにも欠かせません。
4.転勤制度見直しのステップ
転勤制度の見直しは、前述のポイント1~ポイント3を一体的に設計することが重要ですが、実際に進めるにあたっては以下のようなステップで進めるのが有効です。
| 見直しのステップ | 内容 |
| Step1 現状把握 | 社員アンケートや面談を通じて、転勤に対する社員の意識・意見を把握する |
| Step2 目的の再定義 | 経営層を中心に、自社の事業戦略・人材戦略と整合した転勤の目的を明確化・言語化する |
| Step3 制度見直し | 対象者選定、評価・手当、キャリア接続の観点で一体的に制度を見直す |
| Step4 浸透・定着 | 制度内容を全社に対して丁寧に説明する。見直し導入後も定期的に実態の調査・効果検証を行い、継続改善を行う |
なお、どのポイントに重点を置くべきかは自社の状況によって異なります。転勤頻度が高い大企業であれば評価・手当といった制度の整備・標準化が特に重要になりますが、転勤件数が年数件程度の中小企業であれば、制度よりも対象者一人ひとりとの丁寧なコミュニケーションの方が効果的なケースも多いです。まずは自社の転勤の実態を把握したうえで、注力すべきポイントを見極めることをおすすめします。
まとめ
転勤制度は単なる人員配置の仕組みではありません。会社が社員に期待する成長や求める貢献と紐づけた、多様な働き方と向き合う企業としての価値観表明です。
「転勤するのが当たり前」という前提から脱却し、まずは自社にとっての転勤の意味づけを明確にすることから始めてみましょう。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
