現場で使えるコーチング ~コーチングを始める前に~
教育・能力開発
前々回に、コーチングを実践する上で、最も大事なことは「相手を受け入れること」。もっと言えば、「心の耳を傾けて、相手の心を理解しようとする姿勢」が一番重要であるというお話をさせていただきました。 コーチングが現場で機能するかどうかは、つまり「部下をとことん信じる気持ち」「部下の成長を心から願う気持ち」が一番大事であり、この前提が上司にあるかどうかにかかっています。
部下の中でも、割と自分と価値観が合う部下なら、何を言ってもすぐに対応してくれるし、反対意見があればざっくばらんに話して意見を言い合うことができるでしょう。コーチングをする場合でも、信頼関係がありますから、上司の言う言葉に対して「真剣に考えよう」という姿勢ができています。
問題はそうではない部下の場合です。例えば、普段から反発する部下であったり、思うように動かない部下、あまりやる気のない部下の場合です。 こんな時、上司自身がそういうレッテルを貼ってその部下を見てしまい「どうせ言っても仕方がないから」と自分から距離をおいて付き合ってしまう、ということが起こっているのではないでしょうか?指導するときも高圧的な態度を示したり、始めから話を聴く気がなくて、自分の言いたいことだけを言ってすませてしまう。 そんな関係の部下に、いきなりコーチングの質問のスキルだけを使って、「君はどうしたいの」「具体的にそれを達成する方法は?」と聞けば、部下は「詰問されている」としか受け取れないのではないでしょうか。その時の部下の心理としては、「なんとかこの場を逃れよう」とか、「あたりさわりのない事を言っておこう。」もしくは心の中で「また始まった、うるさいなあ・・・」などと思っているかも知れません。
人は自分の味方だと思えば、心を開きますが、危険だ(ひどくなると「敵だ」)と思えば、心を開いて話すことなどできないものです。そんな相手からされる質問に対して、真剣に考えようという気にはなれないものですよね。心の扉がしまった状態だからです。
想像してみて下さい。自分の頑張ったことをちゃんと見てくれていない上司、話の腰を折る上司、顔を合わせば怒っている上司、最後まで話を聞かずに「お前の言ってる事は・・・」と上から指示・指導だけをする上司、一切褒めてくれたことのない上司。 そんな上司の下で働いていたらどうでしょうか?その上司の言葉を真剣に聴こうとするでしょうか?あるいは、話を聴いてもらう気になれるでしょうか?
以前にある人材派遣会社の方から、あるアルバイトのスタッフについて、こんなお話を伺いました。
ある工場で働く、20代前半のアルバイトの男の子のお話です。見た目は茶髪でピアスをしているけど、表情は暗く、始めの頃は挨拶もろくにできないし、態度も最悪のスタッフだったそうです。 でもその子に会う度に、「○○君、おはよう!」と名前を呼んで、目一杯の笑顔と大きな声であいさつをし続けたそうです。すると2~3週間経ったころから、「おはようございます」と下を向いたまま、小さな声だけど、あいさつをしてくれるようになったそうです。そしてそれを同じように続けていると、しばらくして笑顔で目を見てあいさつしてくれるようになったのだそうです。今では、仕事やプライベートの悩みも相談してくれるし、仕事も不器用ではあるけれど、少しずつ慣れてきたようで、頑張ってくれているそうです。
ありがちなお話かもしれませんが、私はこのお話を聞いて、始めは相手の心の扉が閉ざされている状態であっても、こちらが信じて歩み寄り、期待を掛け続ければ、いつかは心の扉が開くものだと改めて感じました。
心の扉を開ける鍵とは、「部下をとことん信じる気持ち」と「部下の成長を心から願う気持ち」なのだと思います。
そのためには、今までの既成概念を排除して、自分の価値観や常識を脇において、まずはその部下のことを「心から受け入れる」ことが重要なのでしょうね。
コーチングを始める前に、まずはその部下との信頼関係の状態がどの位あるのか、一度振り返ってみて下さい。
執筆者
川北 智奈美
(人事戦略研究所 マネージングコンサルタント)
現場のモチベーションをテーマにした組織開発コンサルティングを展開している。トップと現場の一体化を実現するためのビジョンマネジメント、現場のやる気を高める人事・賃金システム構築など、「現場の活性化」に主眼をおいた組織改革を行っている。 特に経営幹部~管理者のOJTが組織マネジメントの核心であると捉え、計画策定~目標管理体制構築と運用に力を入れている。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。
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