人事評価制度の運用が“しっくりこない”、本質的原因(1)
人事考課(人事評価)
本格的なAI活用時代に問われる、人事評価制度の価値とは
「どんな制度・仕組みでも完璧なものはない」と言われますが、企業における人事評価制度もその類の一つではないでしょうか。適正な社員評価を通じてモチベーションを高めたり、給与・賞与を最適に分配したり、人事制度全体の中でも根幹を占める重要な仕組みであることは間違いありません。しかし、実情はというと、「評価基準が不透明」「評価結果に納得できない」「上司が好き嫌いで評価している」といった社員の不満が後を絶ちません。何十年単位で人事評価制度を運用している企業でも、ずっとこの議論が続いています。
人事評価制度の運用で一番頭を悩ませているのは経営者でも人事部門でもなく、実際現場で中心となって評価を行う管理職者であろうと思います。よく聞かれる意見をまとめると下記のようになりますが、
■ 普段の仕事だけで忙しく、評価に割ける時間がどうしても足りない
■ 評価が作業化しており、部下の満足度もいまひとつで、手応えが感じられない
■ 評価者研修など定期的にあるが、スキルアップしている感じがしない
■ 周囲の管理職との温度差があるため、自分だけ頑張っても、とも思う
■ 今の制度にも慣れていないのに、もう評価制度の内容が変わるのか 等
彼ら/彼女らにとって評価制度が“しっくりこない”ことはもはやデフォルトであり、一応制度として運用できているだけで御の字、「人が人を評価するということに完璧はない」と達観する者もいます。
こうした中、本格的なAI活用時代を迎え、社員数の減少、また社員が行う仕事の価値の見直しも急速に進んでおり、人事評価制度としても大幅な変革期を迎えています。今後は社員の人事評価をAIが行うことが主流になるかもしれませんし、その方が(人が主観的に評価するよりも)合理的で適正な評価になるというならそうすべきと考える者も多く出てくるでしょう。
ただ、人事評価制度の本来的な価値とは社員の仕事ぶりや成果を客観的かつ厳密に評価し、処遇に結びつけるという「査定機能」を中心とした価値だけなのでしょうか。それだけで良いということであれば、よりAIの精度が高まってくれば、それこそ人が人を都度評価するような仕組みは不要になっていくのでしょうが、AIだけでは不十分な、人が人を評価することの価値を出していける要素がまだあるのではないか(それを引き続き従来的な人事評価制度と呼ぶべきかどうかも含め)、そういったことを少し考えてみたいと思います。
「待ち」の人事評価から、「攻め」の人事評価への転換
誤解を恐れずに言えば、従来型の人事評価制度は直接的には「賃金査定」のためだけに用いる仕組みであったと言えます。下の図をご覧ください。予め定められている「目標」の達成度、あるいは定性的な仕事の基準を満たしているかどうかを事後的に判定し、出来栄えを「昇給・昇格」や「賞与」といった処遇に反映させる仕組みです。
これ自体は組織運営や人材開発にとって必要な機能であることは間違いなく、経営サイドとしても活用できるにこしたことはありません。ただその運用イメージは言うなれば「待ちの人事評価」であり、諸々の活動が「終わった後」の振り返りにすぎません。そうすると、評価に対して評価者ごとの解釈が挟み込まれる余地が残るでしょうし、目標自体は達成度で評価されることから客観的で合理的な評価ができると思われるかもしれませんが、企業一般に「目標管理制度」があまり上手くいっていないことは周知の事実です。今後もこのスタイルのみで人事評価制度の運用を続けていく限りにおいては人事評価制度が従来から抱える根本的な課題が前向きな意味で解決されていくことはないでしょう。
ではどうしていけばよいのか。
AI時代においても人が人を評価することの価値を見出していく、その方向性の一つが「攻めの人事評価への転換」です。
次回はこの内容について見ていくこととしましょう。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

