阪急トラベルサポート事件最高裁判決

添乗員の業務について、いわゆる「事業場外労働のみなし労働時間制(労働基準法38条の2)が適用されるか否か」が長らく争われていた事案で、1月24日に最高裁判決が出されました。結果は「適用されない」との判断になりました。
 
該当条文は次のようになっています。
 
第三十八条の二
「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」
 
外回りの営業マンが典型的ですが、直帰するような場合で実際に残業があったのかどうか、何時まで働いたか分からない場合には、会社の所定労働時間働いたものとみなす仕組みが法律上認められています。
 
ただ、何でも認められるわけではなく、例えば次の場合は制度が適用されないといった通達も過去に出されています(昭63.1.1 基発1)。
 
 (1)何人かのグループ行動で、その中に労働時間の管理をする者がいる場合
 (2)携帯電話などで随時上司の指示を受けながら働く場合
 (3)事業場で訪問先や帰社時刻など当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外
 
で指示どおりに働き、その後帰社する場合
 
阪急トラベルサポート事件は、まさにこの条文の適用が問題となった事例でした。ツアーガイドの仕事に関しては、通例としてみなし労働時間制として運用されていたということのようですが、今回の最高裁決定を受けて、業界では対応が必要になってくるものと思われます。最高裁の判断は概ね以下のような内容です。少し長くなりますがご紹介します。
 

…上記事実関係の下において,本件添乗業務につき,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるかどうかについて検討する。
 
本件添乗業務は,ツアーの旅行日程に従い,ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代行などといったサービスを提供するものであるところ,ツアーの旅行日程は,本件会社とツアー参加者との間の契約内容としてその日時や目的地等を明らかにして定められており,その旅行日程につき,添乗員は,変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更が起こらないように,また,それには至らない場合でも変更が必要最小限のものとなるように旅程の管理等を行うことが求められている。
 
そうすると,本件添乗業務は,旅行日程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかにして定められることによって,業務の内容があらかじめ具体的に確定されており,添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。
 
また,ツアーの開始前には,本件会社は,添乗員に対し,本件会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに,添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し,これらに従った業務を行うことを命じている。そして,ツアーの実施中においても,本件会社は,添乗員に対し,携帯電話を所持して常時電源を入れておき,ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には,本件会社に報告して指示を受けることを求めている。
 
さらに,ツアーの終了後においては,本件会社は,添乗員に対し,前記のとおり旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって,業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ,その報告の内容については,ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。
 
これらによれば,本件添乗業務について,本件会社は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で,予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。
 
以上のような業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等に鑑みると,本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。
 
当初、当該事件は東京地裁では会社側勝訴となっていたということもあり、判断が分かれていた事案でした。ただ、高裁・最高裁の判断は極めて現実的で当然という向きが現時点では多いようです。ツアーガイドの仕事に詳しいわけではありませんが、普通に考えると、先ほどの通達の(3)には該当するのではないでしょうか。
 
今回の件は業界にとっては重たい内容であることは間違いないでしょうが、それ以上に考えるべきは、当該法律とその解釈が今の時代に合っていないのではないかということです。営業マンもある程度仕事の指示は受けているでしょうし、携帯で定時連絡くらいはするでしょう。
 
事業場外労働の「時間管理が困難な場合」というのは、最近では少なくなってきているように思われます。にも係らず法律が今のままであれば、みなし労働時間制を適用している会社の多くが「法違反のリスク」が高い状態での運用を強いられることにもなります。
 
今回の最高裁判決を受けて更に議論が深まっていくことが予想されます。今後の動きに注視していきたいと思います。

執筆者

森中 謙介 
(人事戦略研究所 マネージングコンサルタント)

人事制度構築・改善を中心にコンサルティングを行う。業種・業態ごとの実態に沿った制度設計はもちろんのこと、人材育成との効果的な連動、社員の高齢化への対応など、経営課題のトレンドに沿った最適な人事制度を日々提案し、実績を重ねている。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、人事戦略研究所の公式見解を示すものではありません。

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